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オールゼロの英傑継承者〜魔導学園で「期待外れ」皇子は、すべてを亜空間で無効化(ミュート)する〜  作者: はる吉
第1章:入学

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新緑の企て、自然な温もり

「我がヴァンダム新興商会が財閥を上回り、皇国の頂点へと上り詰めるのです。シャーロット、あなたにはそのための義務(マナー)と交渉術(色仕掛け)を叩き込んできました。分かっていますね? 相手がどれほど「期待外れ」と蔑まれる無能皇子であろうとも、いや、「期待外れ」なら尚更、操りやすく。皇族の、その身分を我が家のために利用し、完璧に籠絡して操り人形にするのです。そして、我が商会が後押しして皇帝にした時、我が家がメディチスに変わり頂点に立つのです。」皇室に、しかもメディチス財閥と直接関係ない皇帝の三男(蒼真)家に、娘と同じ歳の男の子が産まれたと知った瞬間から、謀略に囚われた両親からの言葉が、シャーロット・ヴァンダムの頭脳を支配していた。

彼女にとって、恋愛とは純粋な感情の交歓などではなく、実家をより高みへと導くための高度な「政治的取引」に過ぎない。だからこそ、聖アウグスト皇立魔導武官学園に入学して以来、彼女は一瞬たりとも令嬢としての完璧な仮面を外したことはなかった。

(ええ、分かっていますわ、お父様、お母様。あの焔光(こうえん)様はギフトの力に才能のない、『無能皇子』。ですが、次男(烈真)派閥と三男(蒼真)家が皇太子候補として激しく競り合っている今、メディチス財閥の烈真派閥と対立する蒼真家をヴァンダム商会が味方に引き入れる価値は十分にあります。この艶やかなライトグリーンの髪と、幼少期から叩き込まれた色仕掛けの基礎をもってすれば、あのような初心(うぶ)な少年を籠絡することなど、容易いことですわ――)

放課後の美しい中庭。シャーロットは知的なエメラルドグリーンの瞳を細め、狙いを定めた獲物――木陰のベンチで一人、読書に耽っている焔光の姿を捉えた。

今日は幸運なことに、あの恐ろしい専属侍女のミーナも、影のような専属執事の孔明も、そしていつもお兄ちゃんにべったりな双子の妹の風花もいない。大賢者ノエル様からの「焔光くんに何かしたら分かっているわね?」という笑顔の圧(世界最強クラスの気)を思い出すと胃がキリキリと痛むが、直接的な害を与えなければ問題ないはずだ。

「……ふう」

シャーロットは軽く深呼吸をし、動くたびに新緑のような爽やかな香りが漂うセミロングの髪をそっと整えた。そして、完璧に計算された「可憐で清楚なお嬢様」の笑みを浮かべ、焔光へと近づいていく。

「あら、焔光様。このような場所で読書ですの? 偶然ですわね」

鈴を転がすような美声。焔光は顔を上げ、シャーロットを見ると、いつもの頼りなげで無害な笑みを浮かべた。

「あ、シャーロットさん。こんにちは。偶然ですね」

「ええ。もしよろしければ、お隣、よろしいかしら?」

「ええ、もちろん。どうぞ」

(掴みは完璧。まずは親しみやすさを演出し、徐々に距離を詰めて――)

シャーロットは計画通り、焔光のすぐ隣へと腰を下ろした。衣服が微かに擦れ合い、彼女の体温と新緑の香りが焔光の五感を刺激する絶妙な距離。並の男子生徒なら、この時点で顔を赤くして狼狽えるはずだ。

しかし、焔光は「おや」と少し不思議そうな顔をしただけで、特に動じる様子もなく読書を再開しようとした。その底知れない落ち着きに、シャーロットは内心で僅かな焦りを覚える。

(……!? 流石は皇族と言うべきかしら。いいえ、それならこちらから話題を振るまでですわ!)

「焔光様、先日の武術大会、本当に素晴らしかったですわ。6回生のアルベール先輩を相手に、たまたま体勢を崩したとは言え、一撃を当てるなんて……まさに奇跡的な強運をお持ちですのね」

「あはは、本当に運が良かったよ。僕の光弾じゃ石礫程度だし、あの時は足を滑らせて焦っちゃって」

頭を掻きながら困ったように笑う焔光。その姿はどこからどう見ても、世間で噂される「期待外れ皇子」そのものだった。

(ふふ、やはり噂通りの無能。あのアルベール先輩を倒せたのは本当にただの偶然ですわね。それにしても、このプレッシャーの無さ……商家の娘である私を前にしても、まったく尊大に振る舞わない。これなら簡単に手のひらで転がせますわ)

シャーロットは勝利を確信し、さらに言葉を重ねようとした。

――その時だった。

「あらあら、ヴァンダム新興商会のお嬢様が、随分と熱心に「期待外れ」皇子様をお誘いしていますのね?」

高圧的で、ひどく耳障りな笑い声が、二人の背後から響いた。

シャーロットは背筋が凍りつくのを感じながら振り返る。そこに立っていたのは、数人の取り巻きを連れたクラスメイト――国家予算の3割を動かす巨大組織、メディチス財閥の支店長の娘だった。

彼女は扇子で口元を隠しながら、シャーロットを値踏みするように見下した。

「カトリーヌ妃殿下の御実家である我がメディチス財閥を上回ろうと、必死に色仕掛けですの? でも、やっていらっしゃることはただの『メディチス財閥の猿真似』ですわ。どれほど必死に皇族へ近づこうとも、ヴァンダムのような新興の成金商会では、財閥の足元にも及びませんのに。滑稽で哀れですわね」

「っ……!」

シャーロットの顔から一瞬で余裕の笑みが消え去り、血の気が引いていく。

実家からの「財閥を上回れ」という絶対的なプレッシャー。そして、それを嘲笑うかのように突きつけられる「メディチス財閥の猿真似」という残酷な現実。少しでも不手際があれば、両親から存在価値を否定され、家の利益のために見知らぬ貴族へ売り払われる――幼少期から彼女を縛り続けてきた、息の詰まるような恐怖と重圧が、彼女の華奢な肩に重くのしかかる。

「私は、そのようなつもりでは……」

弁明しようとするが、喉が張り付いて声が出ない。知的なエメラルドグリーンの瞳が不安で細かく震え、商家のお嬢様としての「素の脆さ」が完全に露わになっていた。

支店長の娘がさらに追い打ちをかけようと、意地悪な笑みを深めたその瞬間。

「――そこまでにしてもらえないかな?」

それまで静かに話を聞いていた焔光が、本をパタンと閉じ、静かに立ち上がった。

その瞬間、中庭を満たしていた空気が、一瞬だけ、世界の法則が書き換わったかのように凪いだ。

焔光はいつもの頼りなげな笑みを消し、だが決して怒る風でもなく、ただ圧倒的な「器の大きさ」を感じさせる静かな瞳で、財閥の娘たちを見つめた。

「学園内での生徒同士のプライベートな会話に、実家の商売の優劣を過剰に持ち込むのは感心しないな。メディチス財閥がどれほど巨大だろうと、ここは学ぶための学園だ。それとも君たちは、カトリーヌ妃殿下(おばあさま)の威光を笠に着て、学園の秩序を乱したいのかい?」

「な……っ!?」

支店長の娘の顔が驚愕で引きつる。

期待外れと噂される皇子が放った、明確で理路整然とした牽制。だが、それ以上に彼女たちを恐怖させたのは、焔光の背後に微かに見え隠れする、言語絶するほどの『神域の気』の残滓だった。それは、四英傑の力を無意識に宿す者が放つ、本能的な格の違い。

「……チッ。行くわよ!」

これ以上ここにいるのは危険だと本能が察知したのか、財閥の娘たちは忌々しげに足早に去っていった。

「ふぅ……。行ってくれたね。大丈夫かい、シャーロットさん?」

周囲に誰もいなくなると、焔光は一瞬でいつもの無害で優しい少年の顔に戻り、しゃがみ込んでシャーロットの顔を覗き込んだ。

「あ……、え……?」

シャーロットは、まだ震えが止まらない自分の手を、焔光の温かい手が優しく包み込んでいることに気がついた。

皇族としての高い身分がありながら、期待外れと蔑まれながらも、彼は誰よりも優しく、そして今、確実に自分を「家の謀略」と「財閥の重圧」という冷酷な世界から救い出してくれたのだ。

「ごめんね、僕のせいで実家のことまで引き合いに出されて、怖い思いをさせちゃって。でも、ヴァンダム商会がどうとか、メディチスの猿真似だなんて関係ないよ。僕はシャーロットさんとこうして普通に話せるのが嬉しいんだ。だから、そんなに一人で張り詰めなくて大丈夫だよ」

焔光の、裏表のない純粋な、そして包み込むような優しい器。

その温もりが、シャーロットの心の中にあった「計算」や「打算」といった氷の壁を、一瞬にしてドロドロに溶かしていく。

(何……これ。どうして、こんなに胸が苦しくて……温かいの……?)

トクン、と胸の奥で、今まで一度も鳴ったことのない音が響いた。

義務感でも、実家のためでもない。ただ目の前にいる、焔光という一人の少年に、どうしようもなく惹かれていく自分。

計算高いお嬢様としての仮面は完全に粉砕され、彼女の心に残ったのは、純粋で、ガチな、生まれて初めての『恋心』だった。

「あ……、ありがとう……ございます、焔光様……っ」

シャーロットの顔が、今度は計算ではなく、純粋な羞恥と恋心で、リンゴのように真っ赤に染まっていく。

「おや、顔が真っ赤だよ? 熱でもあるのかい?」

「な、なんでもありませんわ! ほ、ほら、少し風が冷たくなってきましたから! 失礼いたしますわ!」

あまりの恥ずかしさに、「ひぇっ……!」と小さく悲鳴を上げそうになりながら、シャーロットは焔光の手を振り切るようにして、猛ダッシュでその場から逃げ出してしまった。新緑の香りが、夕暮れの中庭に淡く取り残される。

一人残された焔光は、自分の手のひらを見つめながら不思議そうに首を傾げた。

「うーん……やっぱり熱だったのかな。心配だなぁ」

打算から始まった新緑の企ては、想定外の自然な温もりによって、完全なるガチ恋へと書き換えられたのだった。

すみません。だんだん文字数が増えてる気がする。

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