歓迎という名の洗礼ー返り討ちする模様
「――と、いうわけでね。可哀想な1回生たちのために、我ら最高学年である6回生直々の『入学歓迎会』を開催しようと思うんだ」
聖アウグスト皇立魔導武官学園、生徒会室。
窓からの柔らかな光を背に浴びながら、アルベール・ヴァルハイトは歪んだ笑みを浮かべていた。その手元では、パチパチと高出力の【雷】の火花が傲慢に弾けている。
対面に座る5回生の生徒会長であり、彼の異母妹でもあるクラリスは、冷ややかな視線を兄へと向けていた。
「お兄様、それは建前でしょう。本当の目的は何ですの?」
「ふん、察しがいいな。目的は一つ、あの蒼真家の期待外れ――焔光・フォン・アウグストのメッキを剥ぎ取ることだ。ついでに、1回生に実力差をわからせとくのよ。」
アルベールは傲然と胸を張った。
「皇后陛下のお気に入りというだけで、英傑どもに修行をつけて貰ったなどと生意気な。蓋を開けてみれば、石礫程度の力しか出せない無能ではないか。そんなゴミが我が烈真様、さらにメディチス財閥にとって邪魔になる可能性があるなど万死に値する。歓迎会という名目の『武術大会』で6回生が胸を貸してやる体にし、公衆の面前で徹底的に叩きのめして実力を見てやろうじゃないか」
「……」
クラリスは深く、深いため息をついた。
(お兄様、本当に何も分かっていらっしゃらないのね……)
クラリスとて、大賢者ノエル様がなぜか「期待外れ皇子」を溺愛しているのが気に入らず、内心では嫉妬の炎を燃やしている。だが、ノエル様から満面の笑顔で「焔光くんに何かしたら、分かっているわね?」と物理的な圧(世界の破滅一歩手前の気)をかけられているため、手出しなどできるはずがないのだ。
「私は止めましたからね、お兄様」
「ハハハ! 怯えるなクラリス! 一般属性最強たる俺の『雷』の敵ではないわ!」
妹の忠告をただの臆病だと切り捨て、アルベールは高笑いを響かせるのだった。
数日後。学園の広大な第一演習場にて、6回生主催の「1回生入学歓迎武術大会」が開催された。
(演習場は、結界が張られ外に影響がでない設計がなされ、さらに内部で受けたダメージは一定以上(死に繋がらない程度)で留まる用になっている。さらに今は大賢ノエル入学に伴い、ノエルの協力でノエルを超える力でもない限りは、治癒に関しては完璧仕様)
形式はシンプル。6回生の精鋭が「実力を見る」という名目で1回生と模擬戦を行う、事実上の合法的な新入生イジメである。演習場の観客席には、サボり癖のある大賢者ノエル(英傑の1人であるノエルに指導出来る教師等、そうそう居ないのだが。ノエル自身も年齢的な世間への建前と、本命は焔光との学園生活計画の為に学園に籍を置いている)が「焔光くんの応援」のために5回生ながらちゃっかり特等席に陣取り、担任のエドガーがダルそうに煙草を噛んで見守っていた。
だが、アルベールたちの目論見は、完全に瓦解することとなる。
「次、風花・フォン・アウグスト。前へ」
「はい!」
蒼真(三男)家の次世代の希望、風花が演習場に上がった。対するは6回生の武闘派男子。
「おいおい、皇室の風花様相手じゃ、俺の火属性ギフトも使いづらいなぁ――手加減…」
「お兄ちゃんを侮辱した派閥の人間は、全員バラバラにします。――「風」」
「ぎゃああああああっ!?」
名乗りを上げる暇すらなく、風花が無自覚に放った天災級の暴風により、6回生は文字通りゴミのように場外へと吹き飛ばされ、壁に激突して気絶した。
「次は私ですわね」
専属侍女のミーナが、上品な笑顔で演習場に立つ。
「おい、ただの侍女が学園の最高学年に勝てるわけ――」
「我が主の平穏を害する害虫は、すべて物理的にすり潰します❤」
ドン、と凄まじい衝撃音。ミーナの「木」の身体強化による常識外れの一撃(素手)を受け、6回生の盾持ちの重装戦士が、盾ごと演習場の床を滑っていき、そのまま白目を剥いて沈んだ。
「……私の番ですか」
続いて不気味な気配を纏って現れたのは、専属執事の孔明。
「おい、影に隠れるな! 正々堂々戦え――」
「もう終わっていますよ」
気がついた時には、孔明の「闇」によって6回生の足元が完全に拘束され、影から出現した無数の闇の刃が首筋に突きつけられていた。「参った」を言う猶予すら与えられない完全なる暗殺術の間合い。6回生は恐怖のあまり腰を抜かした。
「じゃ、次はボクだね! 派手にいくよー!面倒だし、5、6人でかかって来たら〜❤」
トドメとばかりに飛び出したのは、14歳の飛び級天才少女、ノア・メイリン。
「舐めるなガキがぁ!」
突撃してくる6回生達に対し、ノアは不敵に笑う。
「次元工廠、展開! 邪魔だから退いて!」
亜空間から一瞬で呼び出された、自身の体躯の数倍はある巨大な魔鋼製の可変式重導大槌。それを軽々と振り回したノアの一撃により、演習場の地面ごと6回生の精鋭たちがまとめて天高くへとカキーンと打ち上げられた。
「な、なんなんだあいつらは……!? 1回生が、6回生の精鋭を赤子同然に……!?」
静まり返る演習場。6回生が1回生に敵うわけがなかった。普通なら…だが今年は例外の年であった、なぜなら世界最強の英傑たちが関わって居るから。
「チッ、使えん雑魚どもめ! だが、本命は次だ!」
アルベールが、苛立ちを爆発させながら演習場へと飛び降りた。その視線の先には、平凡な、どこか頼りなげな笑みを浮かべる少年。
「おい、焔光・フォン・アウグスト! 貴様が直々に俺の胸を借りる番だ!皇族がまさか引き下がりはしないだろうな? その期待外れの無能っぷり、俺の『雷』で白日の下に晒してやる!」
「あはは……。お手柔らかにお願いします、アルベール先輩」
焔光は木剣を緩く構え、心の中でため息をついた。
(風花たち、いくら何でもやりすぎだよ……。これじゃ僕が普通に負けたら、蒼真家のバランスがおかしくなるじゃないか。よし、ここは「たまたま運良く勝てちゃった」風に見せかけて、適当にいなそう)
「死ね! 無能がぁ!」
アルベールが最高出力の【雷】を木剣に纏わせ、音速の踏み込みで焔光の首筋へ向けて鋭い一撃を放った。一般属性最強を自負する、容赦のない殺人剣。
だが、焔光の瞳には、その動きがまるで止まっているかのように遅く見えていた。
(気流の読みは『鍛神』の技術で完璧……。軸をずらして、あとは適当に剣を振り回しているように見せて――よし)
「わっ、ととと!?」
焔光はわざとらしく足を滑らせ、体勢を崩したように見せかけた。
「ハハハ、無様――ぶふぉぉっ!?」
次の瞬間、体勢を崩してデタラメに振り回されたはずの焔光の木剣が、アルベールの上段からの猛攻を綺麗にいなし、吸い込まれるようにアルベールの鳩尾へとクリーンヒットした。
ドゴォッ!!
「が、はっ……!?」
それは、ただの偶然の空振りなどではない。焔光が【絶技】によって「剣聖」の指向性と「鍛神」の力を乗せた、防護の雷属性すら完全に無効化する不可視の超重撃。
アルベールは雷をかき消され、内臓をひっくり返されるような衝撃に襲われながら、演習場の壁へと弾き飛ばされた。
「あ、あれ? 運良く当たっちゃいました。大丈夫ですか、先輩?」
焔光は慌てて駆け寄るフリをしながら、シレッとした顔で木剣を引いた。口から泡を吹いてピクピクと痙攣しているアルベールは、もはや立ち上がることすらできない。完全なる惨敗だった。
「お、お兄ちゃん――っ❤」
「焔光くーーんっ❤」
試合終了の合図が鳴るよりも早く、観客席から超絶美少女二人が音速で乱入してきた。風花と大賢者ノエルである。
「さすがはお兄ちゃんです! あの無礼者を一撃で粉砕するなんて、やっぱり世界一格好いいわ!」
「ちょっと風花、焔光くんに抱きつくのは私の特権よ! 素晴らしいわ焔光くん、やっぱり私の見込んだ焔光くんね! さあ、今日もチャージしましょう!」
「わわっ、風花、ノエル様、ちょっと離して、苦しいから……!」
豊満に成長したノエルの胸と、大好きな兄を渡すまいとする風花に左右から挟まれ、焔光は別の意味で限界突破寸前の悲鳴を上げる。その様子を、周囲の男子生徒たちが「あの期待外れ、大賢者様と三男家の神童、しかも学園トップ美女を両手に花だと……!?」と血の涙を流しながら睨みつけていた。
一方、ノア、ミーナ、孔明の三人は、もっか痙攣中のアルベールを完全に置き去りにしたまま、当然と言わんばかりの態度で腕を組んでいた。
「ふん、兄様が勝つのは当然だよね。あんな雑魚、兄様の万分の一の出力にも満たないよ」
「ええ、我が主に刃を向けるなど、身の程を知るべきですわ」
「まったくです。処刑されなかっただけ、感謝して欲しいものですね」
「……はぁ。どいつもこいつも、やらかしてくれたな」
演習場の騒然とした空気の中、担任のエドガー・レオンハートが、折れた煙草をガリガリと噛み砕きながら、盛大に頭を抱えて歩み出てきた。
エドガーは、焔光が完璧に「偶然を装ったチート絶技」でアルベールを沈めたことを見抜いていたが、周囲の混乱を収めるのが先決だった。
「おい、そこまでにしとけ色ボケ共。6回生はさっさとその雷男を保健室に運べ。――1回生、武術大会はこれで終了だ。各自、速やかに解散して教室に戻れ!」
宮廷府すら警戒するレオンハートの「単独工廠」の凄まじい威圧感に、演習場の一同はヒェッ、と息を呑んで一斉に動き出す。
エドガーの介入によって場は何とか収まったが、焔光は風花とノエルに引きずられながら、遠い目で天を仰ぐのだった。
(平穏な学園生活を送るはずが、初週から完全に目をつけられちゃったな……トホホ)
こうして、烈真派閥の企みは初手から完全に粉砕され、期待外れ皇子の隠蔽、無双劇は、さらに周囲を巻き込んで加速していくのだった。




