牙を隠した主従と、暴走する妹弟子
「じゃあ、次。そこの主従、自己紹介してくれ。めんどくせえから手短にな」
教壇に立つ担任のエドガー・レオンハートが、火のついていないクシャクシャの煙草をガリッと噛みながら、ダルそうに顎で促した。
聖アウグスト皇立魔導武官学園、1回生クラス。
皇国中の最高峰が集う教室の視線が集まる中、焔光の背後に控えていた二人が、一糸乱れぬ完璧な所作で一歩前に出た。
まずは、艶やかな髪を揺らした少女が、教室の男子生徒たちが思わず目を奪われるほどの愛らしい満面の笑顔を浮かべる。
「皆様、ごきげんよう。このたび、焔光様および風花様の専属侍女として共に入学いたしました、ミーナと申します」
鈴を転がすような美声。だが、その背後に渦巻く「気」の気配が、一瞬にして教室の温度を数度下げた。
「私のギフトは「木」。植物や生命の力を身体強化に転化することを得意としております。我が主である焔光様、風花様の平穏を害する不届き者、あるいは不穏な視線を向ける害虫がおりましたら――この能力をもって、骨の一本残さず物理的にすり潰し、排除いたしますわ。どうぞ、よろしくお願いいたします」
にこりと首を傾げるミーナ。笑顔は聖女のようだが、言っている内容は完全な猛獣のそれだった。教室のそこかしこから「おい、今笑顔ですごい物騒なこと言わなかったか……?」と戦慄の囁きが漏れる。
間髪入れず、その隣で一分の隙もない執事礼を取った少年――孔明が、冷徹な切れ長の瞳を一同に向けた。
「同じく専属執事を務めます、孔明と申します」
彼の声は静かで、どこか実体のない影のように教室の隅々にまで染み渡る。
「私のギフトは「闇」。影に潜む隠遁、および闇の壁による対象の絶対防衛を本領としております。主のお手を煩わせる雑務はもちろんのこと、我が主の影を冒そうとする不穏分子の「処理」は、すべて私が裏にて済ませておきます。……皆様、どうか主の前では、身の振り方にお気をつけくださいますよう」
元・皇宮直属特務機関「鵺」のエースである朧の愛弟子。その肩書きに違わぬ、一瞥だけで人を射殺せそうな冷徹な一礼に、クラスの空気は完全に凍りついた。主従そろって、主への忠誠心と戦闘力が完全にカンストしている。
そんな重苦しい空気を、文字通り「ぶち破る」ように、一人の小柄な少女が勢いよく手を挙げて立ち上がった。
「はーい! はいはーい! 次はボクの番だね〜!」
栗色の髪を実戦の邪魔にならないようツインおだんご頭にまとめた少女――14歳にして飛び級入学を果たした天才、ノア・メイリンである。彼女は制服を独自に改造した活動的な衣装の裾を翻し、爛々とした瞳で焔光を見つめた。
「ボクの名前はノア・メイリン! 14歳だけど、頭も技術も良すぎて飛び級で入っちゃいました! ギフトは「機」と「無」の2属性、 亜空間の武装格納庫から、いつでも魔鋼製の超重兵器を呼び出してドカンと一発お見舞いできちゃいます!」
小柄な体躯からは想像もつかない高火力を予感させる自己紹介に、生徒たちが息を呑む。しかし、ノアの視線はすでにクラスメイトではなく、最前列に座る焔光へと100%ロックオンされていた。
「それでねそれでね! そこに座ってる「期待外れ皇子」なーんて世間に言われてる焔光の兄様だけど! 兄様はね、本当は信じられないくらいすごーーーっく格好良くて、チートで、ボクの師匠の「鍛神」様もひっくり返るくらいの規格外の――むぐーっ!?」
「ノ、ノア! そこまでだ! ストップ、スト〜ップ!!」
ノアが焔光の「本質」を大声で暴露しかけた瞬間、焔光が音速で席を立ち、背後から彼女の口を両手でガッチリと塞ぎ込んだ。
「むぐー! んぐー!?(はなして兄様! ボクは兄様の凄さをこの馬鹿どもに教えてあげたいの!)」
「駄目だノア! 『徹底的な隠蔽』! 師匠たちとの約束を忘れたのか!?」
ノアの口を必死で塞ぎながら、焔光は冷や汗を流していた。
「むぐー! んぐー!?(はなして兄様! ボクは兄様の凄さをこの馬鹿どもに教えてあげたいの!)」
教室内がそのドタバタ劇に呆気にとられる中、最前列の席から、フンス、と鼻息荒く立ち上がる影があった。
焔光の双子の妹、風花・フォン・アウグストである。
「ちょっとノアちゃん、ずるい! お兄ちゃんが、後ろから抱きつくなんて破廉恥よ! お兄ちゃんが世界一格好よくて最強なのは風花が一番よく知っているんだから、あなたが自慢することじゃないわ!」
「むぐーっ!(ノアだって兄様の妹弟子だもん! 風花お姉ちゃんこそ独占禁止法違反だよ!)」
風花の背後から、怒りのあまり【風】の気がうっすらと立ち上り、教室のカーテンがバタバタと激しく鳴り響く。彼女は辺境伯出身の母と現・大賢を師に持ち、次世代の希望と目される神童。本人は無自覚だが、そのプレッシャーはすでにそこらの騎士を圧倒するレベルに達していた。
「風花、気を収めるんだ。教室が壊れてしまう」
焔光が冷や汗を拭いながら優しく声をかけると、風花は「う……。お兄ちゃんがそう言うなら……」と、不承不承ながらも風の気をスッと霧散させた。お兄ちゃんに言われれば逆らえない。しかし、焔光への愛が強すぎるあまり、その視線はまだノアを牽制するように尖っている。
「……ふふ、本当に仲がよろしいことですわね」
窓際の席から、艶やかなライトグリーンの髪を揺らして微笑みかけたのは、シャーロット・ヴァンダムだった。
エメラルドグリーンの瞳を細め、知的な笑みを浮かべる彼女は、内心で冷徹な計算を巡らせていた。
(「期待外れ皇子」と聞いていたけれど、あの専属主従の異常な気配、そして飛び級の天才少女。ただの無能にしては、周りの人間の格が違いすぎるわ。……いいえ、好都合ですわね。実家のヴァンダム新興商会を財閥以上の高みへ導くため、今のうちに私の色香で完璧に籠絡し、操り人形にして差し上げますわ……!)
シャーロットは計算高いお嬢様としての自信に満ち溢れていた。しかし、彼女はまだ知らない。焔光の背後に控えるミーナと孔明が、「あの女、主に不埒な企みを持って近づいているな」と、すでにいつでも首を刎ねられる暗殺者の目で自分をロックオンしていることに…。
「おい、そこまでにしとけ。色ボケ共」
教壇から、灰色の世界を体現したような、低くダルそうな声が響く。
担任のエドガー・レオンハートが、折れてクシャクシャになった煙草をカリカリと歯で噛み砕きながら、スクエアメガネの奥の瞳をギラリと光らせた。
「自己紹介だけで教室を半壊させる気か? お前らがどれだけ実家で甘やかされてこようが、俺のクラスじゃ関係ねえ。……なんやかやと、上手くやれ、焔光」
エドガーの視線が、一瞬だけ焔光の瞳を捉える。
その眼光には、「お前が勇帝の遺児であり、鍛神や剣聖の技を宿す規格外であることはすべて知っている」という、学園長オリヴィア(織姫)との密約の重みが込められていた。
「さあ、席につけ。これより、聖アウグスト皇立魔導武官学園の初日、最初の座学を始める」
エドガーの言葉を合図に、教室内は張り詰めた静寂を取り戻す。
焔光はノアを自分の隣の席に座らせ、ようやくホッと胸を撫で下ろした。
(危なかった……。初日からギフトの真実がバレたら、師匠たちにどんな血の滲むお仕置き(追加修行)をされるか分かったもんじゃない……)
平凡な、どこにでもいる「期待外れの皇子」として、静かに学園生活を送り、皇太子の家督争いからも距離を置く。それが焔光の願いだった。
主従の物騒すぎる忠誠心と、飛び級天才少女の暴走。
「期待外れ」を演じたい焔光の願いとは裏腹に、彼の学園生活は初日から完全に波乱の幕開けを迎えていた。




