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オールゼロの英傑継承者〜魔導学園で「期待外れ」皇子は、すべてを亜空間で無効化(ミュート)する〜  作者: はる吉
第4章:アカデミー

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女帝の帰還と架け替え

少し長めです

デカマギア・アカデミーの大講堂は、底冷えするような沈黙に支配されていた。

集められたのは、アカデミーの全教職員、そしてシンイー・ルオを筆頭とする各学年の代表生徒たちである。彼らの前に立つのは、皇国第一皇女・紗夜。そしてその隣には、大賢エミール・ノエルと、始祖の島の伝統を纏う神楽凍華が、それぞれ異なる質の圧倒的な「気」を伴って控えていた。

「──本日を以て、本アカデミーの「私立」としての歴史は幕を閉じます」

紗夜の気品に満ちた、しかし一切の妥協を許さない声が響く。

「メディチス財閥の完全国営化に伴い、この学舎は皇国が直轄する「皇立第二魔導武官学園」として再編されます。財閥幹部が私利私欲のために持ち込んだ外法の研究、および隣国への不当な情報漏洩に関与した教員は、すでに宮廷府の警察機構によって身柄を拘束されました」

教職員の席から、動揺の極みにある微かなざわめきが漏れる。メディチス財閥の甘い汁を吸い、皇国中央への侵略工作に加担していた「財閥傾倒派閥」の面々だ。彼らは互いに目配せをし、この強引な接収に対して反論の機を窺っていた。実力至上主義のアカデミーにおいて、なんでもそのまま呑むなど到底受け入れられるものではなかったからだ。

「納得がいきませんな、紗夜皇女殿下」

教頭を務めていた肥満体の男が、不遜な笑みを浮かべて立ち上がった。

「本アカデミーの運営資金、および研究用の魔石は、あくまでメディチス財閥当代──カトリーヌ妃の実家たるメディチス商会が独自に拠出してきたもの。いくら皇太子候補の蒼真殿下の決定とはいえ、私有財産たるこの学舎を、皇国が一方的に国営化する法的根拠がどこに──」

「法的根拠なら、ここにあるわ」

大講堂の重厚な扉が開き、硬質な靴音が響き渡った。

現れた女性の姿に、財閥傾倒派の教員たちが一斉に総毛立つ。

艶やかなドレスに身を包み、かつて財閥を国家予算の三割を動かす巨獣へと肥大化させた張本人──皇帝妃、カトリーヌその人であった。

隣国エイシンの工作員であったシェイラに利用され、実家を陰謀の片棒を担ぐ道具にされていた事実を知り、涙を流して改心した女帝。その瞳からはかつての傲慢な野心は消え失せ、代わりに皇国への誠実な贖罪と、商会を正しく再建せんとする冷徹な意思が宿っていた。

「カ、カトリーヌ妃……!? なぜ貴女様が中央を離れてここに……!」

「私はすでに妃としての実権を返上し、現在は蒼真殿下の元で国営化されたメディチス商会の「実権なき内政監視者」、そしてこの学舎の「理事代理」として名を残す身よ」

カトリーヌは教頭を一瞥することなく、演台へと歩を進めた。その一挙手一投足に宿る王者の威厳は、財閥の資金力そのものを背景としていた頃よりも遥かに鋭い。

「メディチス財閥がこれまでこのアカデミーへ投資した全資産、および土地の所有権は、すべて私が承認の上で皇国へと譲渡されました。文句があるかしら? 貴方たちが誇る研究費も、明日からの食費も、すべては皇国が「国営メディチス」を通じて適正価格で配給する魔石によって賄われるのよ」

「くっ……しかし、それでは我らアカデミーの魔導技術の独立性が──」

なおも食い下がろうとする教員に向かって、今度はカトリーヌの背後にいた大賢ノエルが、一歩前に出た。

「──お黙りなさい」

ノエルの氷の瞳が教員を射抜く。

瞬間、大講堂全体の重力が数倍に跳ね上がったかのような「気の圧迫」が吹き荒れた。一般属性の複数を極限まで同時発動させる大賢特有の威圧。床がミリミリと悲鳴を上げ、反論しようとした教員の膝が激しくガタガタと震え出す。

「技術の独立、ですか? 隣国の外法技術を埋め込み、人体実験をしてましたよね?よもや、本人意思を無視してたりしませんよね?コレから、そちらは調査進むと思いますが、少なくとも実験体として使い潰されそうになっていた海流(カイル)くんや星羅(セレナ)ちゃんを救いもせず、何が魔導の発展ですか?これ以上、見苦しい言い訳を続けるのでしたら……私が今ここで、英傑・大賢の名に懸けて、貴方たちのギフトの根源ごと、その歪んだ頭脳を「清めて」差し上げますよ?」

「ひ、ひえっ……!」

ノエルの「暗黒微笑」に、財閥傾倒派の教員たちは完全に戦意を喪失し、座席にしがみついてガタガタと震えるしかなかった。

「──始祖の島のギフトを冒涜する者、聖域の三家老家代表である神楽家の者として、この凍華が許しません」

凍華が愛刀の鍔を親指で僅かに押し上げると、パキパキと小気味良い音を立てて演台の周囲が凍りついていく。アカデミーの生徒たち──六回生代表のシンイーや二回生のゴウランらも、学園上級生陣営が見せた完璧な政治的・武力的圧倒の前に、もはや言葉を挟む余地がなかった。

こうして、デカマギア・アカデミーは、内側からの反論を完全に圧殺され、「皇立第二魔導武官学園」としての再出発を強制されることとなった。カトリーヌ妃が理事代理としてその名に楔を打ち込んだことで、財閥の残党が再び暴走する可能性は完全に潰えたのである。


政治的な大立ち回りが表舞台で行われているその裏で、アカデミーの最深部──地下書庫へと続く薄暗い回廊を、二つの影が音もなく進んでいた。

専属執事の孔明、そして恵海里(エミリ)の専属侍女であるローゼである。

「──「静寂の壁(サイレント・シェル)」」

ローゼが自身の「無」のギフトを極小規模で発動させる。二人の周囲を囲む目に見えない空間の膜が、物理的な足音、衣擦れの音、呼吸音、さらには体温の放射にいたるまでを完全に遮断していた。財閥の脅迫から解放され、恵海里(エミリ)と共に蒼真家・学園に匿われたことで心身ともに完全復活を遂げたローゼの隠蔽術は、以前よりも遥かに精密さを増している。

「流石ですね、ローゼ殿。私の「影潜術」をこれほど完璧に補佐してくれるとは」

孔明が自身の「闇」のギフトを使い、ローゼの影と同化するようにして回廊の死角を滑る。

「いえ……孔明さんのおかげです。私一人では、この地下に張り巡らされた魔導トラップの気流を見抜くことはできませんでしたから」

ローゼは、手際よく回廊の床に仕込まれた「土」と「機」の複合感知罠を闇の力で一時的に凍結させていく孔明の横顔に、微かな憧憬と信頼の視線を送っていた。同じ「主を陰から守る隠密」として、二人の連携は言葉を交わさずとも完璧に噛み合っている。

二人の目的地は、逃亡した烈真の妻──シェイラが、自身の「機」のギフトを用いてエイシン本国へと皇国の極秘情報をリアルタイム送信していた特設通信室、その跡地だった。

重厚な魔鋼の扉の前に辿り着くと、孔明は焔光から託された「特製の魔石」を取り出した。

「ここから先は、空間の歪みが残っているはずです。ローゼ殿、扉が開いた瞬間の、微細な「気の揺らぎ」の隠蔽をお願いします」

「はい。任せてください」

ローゼが深く息を吸い、空間遮断の出力を最大に高める。孔明が闇の鍵をシリンダーに滑り込ませ、音もなく魔鋼の扉が開け放たれた。

室内の奥、かつて魔導通信機が置かれていたと思われる台座の周囲には、未だに不気味な紫色の「気の残滓」が、次元のひび割れのようにチカチカと点滅していた。シェイラがエイシン国の支配者・聖リュウホウ、そして不倫相手である最強の武人ランバルトへと、皇国の防衛網や蒼真家の情報を流し続けていた証拠。そして、次世代の怪物ガルシアを玉座に据えるための、乗っ取り計画の通信記録である。

「──これですね」

孔明が通信残滓に向けて、焔光の魔石をかざした。

魔石が淡い黄金色の光を放ち、シェイラが残した「外法の通信記録」を、その内部へと急速に吸い上げていく。空間の歪みが悲鳴を上げるように微かに震えたが、ローゼの「静寂の壁」がその振動を完全に無へと還していた。

「……吸い出し完了です。これで、隣国がこれまで皇国内でどの内通者と繋がっていたか、その全容が蒼真殿下の手元へ渡ることになります」

孔明が魔石を懐に収めた、その瞬間だった。

「──やはり、鼠が紛れ込んでいましたか」

背後の暗闇から、冷酷な声が響いた。

ローゼの結界を透過するようにして現れたのは、三回生の交換留学生代表であり、若き呪術師の少女──メイリン・ファン。そしてその傍らには、六回生代表のシンイー・ルオが、黒い輝きを放つ大鎌「侵食の黒鎌(ブライトリーパー)」を手に佇んでいた。

「皇国の狗め。カトリーヌ妃殿下や皇女を使って表を抑えれば、裏で何をやってもバレないとでも思ったか?」

「おや?立ち入り調査は、焔光殿下が宣言してましたが?」孔明が不敵な笑みを浮かべた。

「知らないわね」

メイリンが不敵な笑みを浮かべ、その指先から「無」と「闇」の複合ギフト「幻影の鎖(サイコ・チェイン)」を解き放つ。目に見えない精神干渉の鎖が、孔明とローゼの退路を断つように空間を埋め尽くした。


一方その頃、焔光が滞在する特別客舎の周囲では、もう一つの「牙」が剥かれていた。

「おいおい……マジかよ。随分と派手なお出迎えじゃねぇの」

客舎の屋根の上、月光を浴びながら飄々とした笑みを浮かべているのは、フォックス・シルフィードだった。彼の琥珀色の瞳は、いつものチャラ男のそれではなく、西辺境伯家が誇る最年少精鋭隠密の冷徹な輝きを帯びている。

フォックスの周囲には、すでに「風」のギフトを極限まで細く磨き上げた不可視の糸「風の糸(ウィンド・ワイヤー)」が、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。

「接近は二……いや、三か。足音を消してるつもりだろうが、俺の風の糸には引っかかるんだよ」

闇の中から現れたのは、財閥の残党と思われる数名の暗殺武人たちだった。

「どけ、中にいる「ラッキーぷりんす」に用があるのみ。あいつの「気の底」がどうなっているか、ここで力ずくで暴かせてもらう」

暗殺武人が「木」の身体強化を発動させ、驚異的な推進力でフォックスへと肉薄する。

「へえ、期待外れの従兄弟に何の用だか知らねぇが……」

フォックスは不敵に笑い、指先を弾いた。

「──「狐の欺瞞(フォックス・イリュージョン)」」

空間の光が屈折し、暗殺武人の放った毒ナイフは、フォックスの「幻影」を虚しく掻き消した。本物のフォックスはすでに別の位置へと転移し、張り巡らせた「風の糸」を急激に引き絞る。触れた敵の肉体を一瞬でバラバラにする不可視のトラップが、暗殺武人の退路を断つように襲いかかった。

「な、に……!? この糸、見えないだけじゃなく、空気の振動と同化して──」

「捕まえたぜ。期待外れの焔光は、この俺が裏で盾になって守るって決めてんだよ!」

フォックスが冷徹な戦術眼で暗殺武人らを釘付けにする。だが、暗殺武人は不敵な笑みを崩さなかった。

「……そっちこそ、引っかかったな」

「あ?」

「俺たちが本命だと思うなよ。──メイリンの「幻影の鎖」は、すでに中に入っている」

フォックスが目を見開いた瞬間、客舎の焔光の部屋の窓から、不気味な紫色の呪術の霧が噴き出すのが見えた。メイリン・ファンが地下書庫で孔明らと対峙する一方で、あらかじめ客舎に仕込んでいた遠隔発動型の精神呪術が、焔光の部屋へと直接流し込まれたのだ。

「しまっ──! 焔光!!」

フォックスが叫び、幻影を解いて部屋へと飛び込もうとしたが、暗殺武人から放たれる枝の刃がそれを阻む。

その時、客舎の内部。

メイリンの「幻影の鎖」が、ベッドで眠る少年の身体へと容赦なく巻き付いていた。この呪術は、対象の気流を強制的に暴発させ、その隠された「本質(気の総量や属性)」を強制的に外部へと開示・噴出させる悪質な精神破壊兵器である。

「キュウ……!」

亜空間から飛び出そうとした仙(せん)が、不穏な呪術の気配に短い警戒の声を上げる。

だが、ベッドの中でゆっくりと目を開けた焔光・フォン・アウグストの表情には、焦りも恐怖も、一切の動揺も存在しなかった。

「……なるほど。僕の力を無理やり引きずり出して、世間に晒そうっていう魂胆か」

焔光はシレっとした顔のまま、巻き付く紫色の鎖へと、そっと右手の指先を触れさせた。

「──「気流読み・ギフト無効化」」

それは、四大英傑の一人「鍛神」から伝授され、焔光がそれ以上に磨き上げた神の領域の絶技。

相手がギフトを発動するために練り上げる「気」の根源的な流れを看破し、その流れの「結び目」を指先一つで解きほぐす。

パチン、と、まるで火花が散るような小さな音がした。

次の瞬間、建物全体を消し飛ばしかねない勢いで渦巻いていたメイリンの極大呪術「幻影の鎖」は、何の発動も、何の爆発も起こすことなく、「ただの霧」のように、一瞬でサラサラと空気中へと霧散していった。術式の根幹を完全に遮断・無効化されたのだ。

「──え?」

遠く地下書庫で孔明らと対峙していたメイリン・ファンが、不意に激しく吐血し、その場に膝をついた。

「な、何が……起きたの……!? 私の呪術が、まるで最初から存在しなかったみたいに、消えた……う、嘘……私の気の根源が、拒絶された……!?」

「メイリン!?」

シンイーが大鎌を構え直すが、メイリンの受けた精神的フィードバックは凄まじく、彼女は恐怖に目を見開いたまま動けない。

客舎の部屋では、焔光が何事もなかったかのようにベッドから起き上がり、首を傾げていた。

「お待たせ、セン。おやつ(光弾)の時間にしよっか」

「キュウ!」

センが嬉しそうに焔光の肩に飛び乗る。

焔光は窓の外で暗殺武人と戦っているフォックスの気配を察知すると、自身の背後に「鷹の翼の短槍」のレリーフを僅かに浮かび上がらせた。

「──「鷹炎光輪陣(ベクトル反らし)」」

部屋の壁を透過してフォックスへと向かっていた、暗殺武人たちの土弾や炎の残弾。それらが、焔光が展開した目に見えない結界に接触した瞬間、まるでおもちゃのボールが壁に跳ね返るかのように、すべての軌道を「ぐにゃり」と強制的に反らされ、誰もいない虚空へと消え去っていった。

「な、なんだぁ!? 今、俺を狙った攻撃が勝手に逸れたぞ……!?」

フォックスが驚愕する。

「はは、やっぱり俺の「狐の欺瞞(フォックス・イリュージョン)」の結念が奇跡を起こしたんだな! 流石は俺! よし、このまま一気に片付けるぜ!」

持ち前のポジティブさで、フォックスは自らの手柄だと思い込み、さらに躍動して暗殺武人たちを圧倒し始めた。

焔光は窓の隙間からそれを見つめながら、ほっと息をついた。

「うん、今回もフォックスさんの凄い幻影のおかげで、攻撃が逸れた(設定)ってことで大丈夫そうだね」

裏で世界最強クラスのギフト無効化の技を操りながら、自身はあくまで「ただの運が良いラッキーぷりんす」としての殻を強固に維持する。

地下書庫では、メイリンの自滅による隙を逃さず、孔明の「闇」がシンイーの鎌の間合いを完全に封じ込め、ローゼの「無」が彼らの退路を完璧に遮断していた。

「ここまでですね、シンイー殿。これ以上の戦闘は、皇立となった本学園への反逆とみなします」

孔明の冷徹な宣告に、シンイーは忌々しそうに大鎌を引くしかなかった。

翌朝。

アカデミーは完全に静まり返っていた。

地下書庫から回収されたシェイラの通信記録は、第一皇女・紗夜の手を経て、即座に中央の蒼真の元へと転送された。これにより、隣国エイシン国が仕掛けた「内側からの乗っ取り計画」は完全に頓挫し、逆に皇国による隣国への「経済的・情報的完全包囲」が完了したのである。

大講堂のテラスから、新しく「皇立第二魔導武官学園」となった校舎を見下ろしながら、カトリーヌ妃は隣に立つ焔光へと、静かに頭を下げた。

「実に見事な手際でしたわ、焔光殿下。貴方が裏でどれほどの「奇跡」を動かしていたか……私には、因果予測がなくとも分かります」

「いえいえ、カトリーヌ妃殿下(おばあさま)。私はただ、運が良かっただけですから」

少年の懐で、真っ白な子狐が、フフン、と誇らしげに鼻を鳴らした。

アカデミーは今、皇国の未来を担う頑強な砦へと、その姿を変えたのである。

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