白と冒険
少し長めです
【聖アウグスト皇立魔導武官学園】に、穏やかで心地よい秋の風が吹き抜けていた。
メディチス財閥の国営化、そして烈真家の海流や星羅の改心を経て、学園は一時の平穏を取り戻している。だが、そんな静かな日常の裏で、一匹の小さな「聖獣」による、誰にも止められない大冒険が幕を開けようとしていた。
「キュイン、キュイ〜ン♪」
一回生クラスの談話室。ふかふかのソファでのんびりと読書をしていた焔光・フォン・アウグストの膝の上で、真っ白なモフモフの塊――仙が、甘えたような声を上げて身体を擦り付けていた。
3本のふさふさとした尻尾をプロペラのように嬉しそうに振り、仙人のような長くて白い眉をピコピコと動かしている。背中には、愛らしい小さな白い翼。
「よしよし、セン。今日も元気だね」
焔光がシレッと優しい微笑みを浮かべ、自身の指先から威力をクッション程度に落とした、特製の「光弾」をぽんと生み出した。センはそれを器用に口でパクリと受け止めると、幸せそうに目を細めて咀嚼する。世界最強クラスの絶対浄化の気を、おやつ代わりに美味しそうに食べる姿は、実にマイペースそのものだ。
焔光の胸元で十分に甘え、お腹がいっぱいになったセンは、満足げに「キュイッ!」と鳴いた。そして、焔光の膝からトコトコと飛び降りると、愛らしい翼をパタパタと羽ばたかせ、談話室の窓から外へと飛び出していった。
いつもは焔光の亜空間(格納庫)を棲処にしているセンだったが、今日はどうやら、この広大な学園の中をくまなく探検する「大冒険」に出る気分のようだった。
1.風花の園(一回生中庭)
センが最初にトコトコと大空の目に見えない亜空間の足場を蹴って向かったのは、一回生専用の美しい中庭だった。そこでは、焔光の妹である風花・フォン・アウグストが、一本の美しい白樺の木の下で、お兄ちゃんへの愛の重さをフンスフンスと募らせていた。
「お兄様、今頃どうなさっているかしら……。学園の不届き者たちが、またお兄様を「期待外れ」などと噂したら、今度こそ私の風で衣服ごとバラバラに……」
その周囲には、狂信的な溺愛の気の余波で、ひゅるひゅると鋭い風の刃が渦巻いている。誰も近づけないその絶対領域へ、センは「キュイン!」と呑気に鳴きながら突撃した。
「あら、セン? お兄様は一緒ではないのですか?」
風花が気の暴風を一瞬で消し去り、両手を広げる。センは風花の胸元へと勢いよく飛び込み、その豊かな膨らみに顔を埋めてモフモフの身体を擦り付けた。
「ふふ、お兄様の匂いがしますわね。お兄様を狙う泥棒猫たちはたくさんいますけれど、センは別格ですわ。お兄様に一番に愛されているセンに、私もお兄様の分の愛情を注いで差し上げます!」
風花は限界突破寸前の愛をセンへと注ぎ、全力でその毛並みを撫で回した。センは「キュイ〜❤」と蕩けた声を上げていたが、あまりの愛の重さに少しだけ身の危険を感じると、するりと腕から抜け出し、再びトコトコと空へと逃げ出していった。
2.絶対の風(学園長室)
次に向かったのは、学園の最高権威が集う、白亜の塔の最上階。学園長オリヴィア(織姫)の執務室だった。
厳格で公平な学園長として全貴族から恐れられるオリヴィアだったが、センが勝手に窓の結界をすり抜けて「キュイッ」と机の上に着地すると、その気品ある面持ちが、一瞬で「大叔母様」の優しい顔へと崩れた。
「あら、焔光の可愛い相棒じゃない。お留守番かしら?」
オリヴィアは「風」のギフトで周囲の空気の振動を操作し、センを優しく包み込むような心地よい微風を生み出した。センは「キュイ♪」と鳴いて机の上にゴロンと仰向けになり、短い足をパタパタさせて風と戯れる。
「本当に、勇帝と聖なる巫女の血を引く子が、これほど神聖で愛らしい聖獣を引き当てるとはね。学園の敷地内は私の風がすべてを把握しているから、どこへ冒険に行っても安全よ。楽しんでおいでなさい」
オリヴィアは高級な東方の干し肉を小さく千切ってセンに与えた。センはそれを嬉しそうに食べると、お礼に口から小さなハート型の光弾をぽんっと生み出して見せ、再び窓の外へと羽ばたいていった。
3.お疲れの大人たち(特別顧問室)
センが次に窓から覗き込んだのは、特別戦闘実技顧問の九条朧と、一回生担任エドガー・レオンハートの控室だった。
室内では、黒髪ロングポニーテールの美女、朧が軍服スーツを着崩してソファでズボラに寝転んでおり、細めのスクエアメガネをかけたエドガーは、口元に火のついていないクシャクシャの煙草をくわえたまま、山のような書類の前で頭を抱えていた。
「はぁ……、なんで僕がこんな書類対応しなきゃならないんですか……。全部あの規格外の殿下(焔光)の手柄の身代わりにされたせいで、宮廷府から勲章やら爵位やらが飛んできて、理由付けて断り続けて、もう最悪ですよ、絶叫したいですよ〜……」
「諦めろエドガー。主の隠蔽の生け贄になるのが、お前の日頃の行いの報いだ」
朧がけらけらと笑っていると、机の上にセンが「キュインッ!」と着地した。
「うわっ、主のモフモフ兵器! 朧さん、こいつ、また主のクッション光弾をねだるような顔で僕を見てますよ」
エドガーが呆れ顔でセンの白い眉をツンツンと突っつく。
「いいではないか、エドガー。セン、お前の主は今頃レイと算盤を弾いて死にそうになっているぞ。お前はここで、こいつのクシャクシャの煙草でも玩具にして遊ぶといい」
朧がエドガーのポケットから予備の煙草を抜き取ってセンに投げ与えた。センはそれを前足でコロコロと転がし、飽きると「キュイッ!」とエドガーの頭の上に飛び乗り、そのボサボサの髪の毛をふさふさの尻尾で激しくハタハタと扇いでから、天井の通気口へと消えていった。
「ちょっと! 僕の頭を地脈のトラップみたいに扱わないでください!」
エドガーの絶叫が控室に響き渡った。
4.命がけの勘違い(非公認親衛隊の溜まり場)
通気口を抜けてセンが辿り着いたのは、風花様親衛隊(非公認)の面々が密かに集まる大講堂の裏手だった。
「おい、聞いたか……。先日の測定会テロ、風花様やノエル様が魔獣を消し飛ばしたと仰っていたが……。生存本能が告げている。あの御方は、あえて強運を装って世界そのものを味方に付けている「至高の兄君」だ!」
「拝め! 「ラッキーぷりんす(幸運皇子)」を。おお!あのラッキーぷりんすの相棒たる聖獣様が、今まさに我らの頭上に御降臨されたぞ!」
センが天井の梁から「キュイ?」と顔を覗かせた瞬間、数十人の親衛隊が一斉に涙を流して床にひれ伏し、ガタガタと震えながらセンを拝み始めた。
「聖獣様! 我らに幸運の御加護を!」
「我が親衛隊に、焔光様の慈悲をォォ!」
センは、下で人間たちが一斉に変なポーズでひれ伏しているのを見て、実によく訓練された生き物たちだな、と満足げに「キュイン♪」と高らかに鳴いた。そして、お礼として、口から星形の極小光弾を大量にぽんぽぽんと生み出し、彼らの頭上へとコツン、コツンと降らせてやった。
「おおおっ! 聖なる星の光が頭に! ありがたき幸せェェ!」
過剰な崇拝の熱狂から逃れるように、センは再びパタパタと窓の外へ飛び去っていった。
5.犬猿の距離(二回生訓練場)
大演習場の片隅。二回生のカレ・ミディムと、飄々とした金茶色の髪のチャラ男、フォックス・シルフィードが、ベンチに座っていつもの日常会話を繰り広げていた。
「だからさぁカレちゃん、今度新しくできたお茶処に二人で行こうよぉ」
「却下って言ってるでしょ。あんた、隠密としての実力は本物なのに、なんで普段はそんなに軽いのよ」
カレが勝気なポニーテールを揺らして呆れていると、二人の間のベンチに、センが「キュピッ」と音もなく着地した。
「お、センじゃん! 焔光のところから抜け出してきたのか?」
フォックスの琥珀色の瞳が和らぎ、センの顎の下を優しく撫でる。センは気持ちよさそうに「キュイ〜」と目を細めた。
「わあ、可愛い〜……。武術大会の時はあんなに強固な結界を張ったのに、普段はこんなにモフモフなのね」
カレがそっとセンの3本の尻尾に触れると、センはカレのポニーテールの毛先にじゃれつくよう髪の毛に、短い前足でパンチを繰り出し始めた。
「あはは、カレちゃんの、センのお気に入りになっちゃったみたいだねぇ。仲が良いのか悪いのか分からないコンビが増えたぞ」
「うるさいわね、フォックス! ほら、セン、あんたにも特製の泥団子(土ギフト)の構造、見せてあげるわよ」、
犬猿の仲でありながらも抜群の連携を誇る二人に挟まれ、センはしばらく二人の髪の毛や衣服で存分に遊ぶと、フォックスの頭をポンと蹴って、次の目的地へと跳び上がった。
6.反転の兄妹(留学生寄宿舎)
実の母親から道具として見捨てられると言う絶望の底から、焔光の手によって救い出された海流と星羅。二人の住む静かな部屋の窓辺に、センが「キュイン」と顔を出した。
「……ッ、聖獣、様……?」
海流がハッと目を見開き、かつての傲慢さを完全に捨て去った、純粋な敬畏の瞳でセンを見つめた。
「焔光殿下の、相棒……。わざわざ、私たちの様子を見にきてくださったのですか?」
星羅が涙目を潤ませ、計算高さを捨てた真摯な手付きで、センのために綺麗なクッションを窓辺に敷いた。センは遠慮なくそのクッションの上に飛び乗ると、ふさふさの身体を丸めて「キュイ♪」とご機嫌に鳴いた。
「俺たちは、焔光殿下の圧倒的な優しさに魂を撃ち抜かれた。これからは、殿下の為にも皇国に貢献していく」
「ええ、お兄様。殿下を貶める者がいれば、我が烈真家のすべての力をもって、裏から排除いたしましょう」
二人が焔光への思いを溢れさせているのを、センは「キュイ?」と不思議そうに眺めていた。そして、カイルの手のひらにそっと肉球をぽんと押し付け、「これからは仲良くするんだよ」と告げるように優しく鳴くと、再び大空へと羽ばたいていった。
7.ガチ恋の部屋(一回生女子寮)
「――はわわっ!? セ、セン様!?」
一回生女子寮の、シャーロット・ヴァンダムの部屋。焔光への接近用の熱烈なプロット(爆発的な妄想)をノートに書き殴っていたシャーロットは、窓から侵入してきたセンを見て、顔を真っ赤にしてノートを隠した。
ライトグリーンのセミロングヘアから、新緑のような爽やかな香りが漂う。
「焔光殿下は一緒ではないの? これ、ローゼさんの快気祝いにと思って、ヴァンダム新興商会の最高級お菓子職人に作らせた「幻砂糖のクッキー」なのだけれど……」
シャーロットが恐る恐る差し出したお菓子。センの鼻がピコピコと動き、その極上の香気が漂うクッキーを、前足で受け取ってサクサクと美味しそうに食べ始めた。
「美味しい? 良かったわ……! あ、あのね、セン様。私、打算から完全に解放されて、今は純度百パーセントで焔光殿下のことが大好きなの。だから、今度お会いした時に、この接近プロットが成功するように、殿下へ裏から上手く伝えていただけないかしら……?」
完全にガチ恋乙女となったシャーロットが、センに向けて両手を合わせて懇願する。センはクッキーを完食すると、シャーロットの真っ赤になった頬をペロリと一度だけ舐め、彼女の恋心を応援するように「キュインッ♪」と力強く鳴いてから、天井の隙間へと消えていった。
8.忠誠の影(訓練場裏)
学園の裏手、鬱蒼とした森の入り口で、専属侍女ミーナが、植物の生命力を肉体に転化する「木」のギフトを訓練していた。そこらの騎士では太刀打ちできない圧倒的な身体能力で、巨木を素手でなぎ倒す凄絶な修行。
「――そこね、セン」
ミーナが背後を振り返る。そこには、木の枝の上にちょこんと座って尾を振るセンの姿があった。
「ふふ、主様の警護の合間に、私の特訓を見にきてくれたの? はい、お疲れ様」
ミーナは衣服のあちこちから、センの大好物である新鮮な木の実を取り出して差し出した。センは木の枝からミーナの肩へと飛び乗り、その木の実を器用に齧る。
「主様が「期待外れ」を演じている裏で、私たち侍女と執事の盾が、どれだけ強くなれるかが勝負よ。隣国の毒牙がまた迫っても、私と主様の絆は絶対に引き裂けないわ」
ミーナの揺るぎない絶対の忠誠に、センは「キュイ〜」と甘えるように彼女の首元に毛並みを擦り付けた。
そこへ、一人の黒髪の怜悧な少年が、携帯用の魔導端末を手にして歩いてきた。ヴァンダム新興商会の天才番頭見習いから、蒼真の直属最高責任者へと大抜擢されたレイ・フォンだった。
「おや、主の内政の盾である私のところには、挨拶は無しですか、聖獣様?」
レイが算盤をパチリと弾き、冷徹な笑みを浮かべる。
「メディチス財閥の国営化、および烈真殿下の商才を使い倒す為の経済包囲網は完璧に整いました。焔光殿下にはこれから、山のような書類にサインをしていただきますよ♪」
レイが眼鏡を押し上げると、センは「キュイッ!」と短く鳴き、レイの算盤の珠を前足で一発だけパチンと弾いて、計算をめちゃくちゃにしてから、風のように逃げ去っていった。
「あ、これ、今弾いた最高精度の計算が狂った……。て…あれ?確かにこの分を節約するのもありですね…本当に、主(焔光)に似て容赦のない聖獣ですね」
レイが苦笑いしながら端末の数値を修正するなか、センはさらに学園の奥へと進んでいく。
9.天才人形師の火花(魔導工房)
「――だから、ここを歯車魔鋼から可変させる機構にすれば、重速射砲の展開速度が秒単位で上がるって言ってるでしょ!」
「……でも、お姉ちゃん。それだと、木の生命力の伝達ロスが、増える。ネジをもう二本、ここに締めれば、解決する」
魔導工房の中では、一回生の飛び級天才ノア・メイリンと、七歳の少女恵海里が、最新鋭の魔鋼パーツを挟んで大激論(技術者としてのライバル心)を交わしていた。
そこへ、窓からセンが「キュピッ」と侵入し、二人の設計図のド真ん中に着地した。
「あ、センさん! 良いところにきました! 私の「次元工廠」の新型ガトリング砲、どっちの設計が格好いいか、判定してください!」
ノアが目を輝かせてセンを揺さぶる。
「セン……。恵海里のからくり犬さん、センのモフモフの尻尾、大好き」
恵海里が物静かに微笑み、特製の蟻型・犬型からくり人形をセンの足元へ歩かせた。センはからくり犬がトコトコと近づいてくるのを見て、短い前足で「チョイ、チョイ」と突っつき、壊さないように上手にじゃれ合い始めた。
「わあ、センさんと恵海里の人形、息がピッタリです! よーし、だったらこの兵器のミニチュアに、センさんの亜空間結界の気をほんの少しだけ分けてもらう術式を組み込んで……」
ノアが危ない改造を始めようとしたため、センは「キュイン!」と身の危険を察知。恵海里の小さな頭を一度だけ優しくポンと撫でてから、工房の換気扇の隙間へと素早く滑り込んで逃げ出した。
10.ヴァンダムのアシスト(裏手・個人工房)
「――おや、これは可愛らしいお客様ですね」
一回生クラスの裏手にある個人工房。
商会が秘密裏に開発した最新鋭のからくり蜘蛛人形を、植物の生命力で身体強化して操る天才人形師――ギルバート・ケッセルは、作業机の上に突如として出現した3本のふさふさとした尻尾を揺らす真っ白なモフモフの塊を見て、書類から目を離した。
センは、カチカチと不規則に動くからくり蜘蛛人形に興味を示したようで、仙人のような白い眉をピコピコと動かしながら覗き込んでいる。
「殿下の聖獣様が、わざわざ私の工房へ偵察ですか? ふふ、お近づきの印に、良いものを見せてあげましょう」
ギルバートが指先から気を流すと、からくり蜘蛛人形がカタカタと音を立てて立ち上がり、センの目の前でコミカルなダンスを踊り始めた。
「キュイッ!?」
センは目を輝かせ、愛らしい白い翼をパタパタと羽ばたかせた。
トコトコと蜘蛛人形に近づくと、短い前足で「チョイ、チョイ」と優しく突っつき、人形がそれに合わせてバク転をして見せると、嬉しそうに「キュイン、キュイン!」と高らかに鳴いた。
「お気に召しましたか。さすがは殿下の相棒、このからくり細工の機能美が分かるのですね。……お嬢様が焔光殿下に恋乙女で、しかも国営商売にヴァンダムが関わっている以上、我々ヴァンダムとしては、殿下とその身内を全力で接待するのが最も合理的な投資なのです」
ギルバートは眼鏡の位置を直しながら不敵に微笑み、センの足元へ、商会が特注した最高級の「魔力結晶の金平糖」をそっと差し出した。センの鼻がピコピコと動き、その極上の甘みを含んだ結晶をパクリと一口で食べると、あまりの美味しさに「キュイ〜❤」と蕩けた声を上げてギルバートの腕にモフモフの身体をすり寄せた。
「おや、随分と懐かれましたね。ですが、セン様。お嬢様の接近プロットは、私の目から見ても少々暴走気味(妄想過多)です。殿下が引いてしまわないよう、貴方からも裏から上手く殿下の気を引いておいていただけますか?」
ギルバートが打算的かつ狡猾にウィンクすると、センは金平糖を完食し、お礼として口から星形の極小光弾をギルバートの額へとコツン、コツンと降らせた。
「おっと、これは殿下の光弾のミニチュアですか。痛くはありませんが、商家のエリートたる私への手厳しい報酬(洗礼)ですね」
ギルバートが苦笑いしながら星形光弾をハンカチで拭うなか、センは満足げに「キュイン!」と鳴き、次の冒険の目的地へと楽しそうに窓から飛び去っていった。
11.聖域の令嬢と神速の兄弟子(高級寄宿舎・一ノ瀬流道場)
学園の敷地内にある、一ノ瀬流の近接武術道場。そこでは、3回生筆頭の姉弟子、神楽凍華が、美しく凛とした佇まいで名刀を構えていた。その隣には、4回生の一ノ瀬蓮が、光と風のギフトをスピードに変える「神速の剣技」の素振りを音もなく繰り返している。
道場の鴨居の上に、センが「キュピッ」と姿を現した。
「――あら、セン」
凍華が即座に名刀を鞘に収め、普段の氷結のクールな表情を一瞬で霧散させた。耳まで真っ赤にして、ウキウキとした瞳でセンを見上げる。
「焔光は……一緒ではないのですか? 聖域の神託の祠で、私が最初にセンの誕生に立ち会ったのですもの。私には、センをたくさん可愛がる権利がありますわ」
凍華が両手を伸ばすと、センは鴨居から彼女の腕の中へとふわりと飛び降りた。
「ふふ、可愛い……。焔光の、あの優しい光弾の匂いがしますわね。」
センを優しく抱きしめる凍華。センは「キュイ?」と首をかしげて見つめていた。
「おいおい、凍華。あまり聖獣様を我が一ノ瀬の道場で甘やかすなよ。師匠(一ノ瀬瞬)に怒られるぞ」
4回生の兄弟子、一ノ瀬蓮が愛刀を収めながら苦笑いする。
「セン様。貴方の主(焔光)の、あの「鷹の翼の短槍」から可変するカタナの剣技……、俺の神速をも遥かに凌駕する圧倒的な本質だった。俺も、あの次元刀の域に達するまで、死ぬ気で修行を重ねるさ」
蓮の爽やかで真っ直ぐな闘志の気に、センは「キュイン!」と力強く鳴いて応えた。そして凍華の胸元から抜け出し、道場の窓を蹴って、最後の大物の待つ場所へと飛び去った。
12.世界の危機レベルの激愛(大賢の隠れ庭園)
センの大冒険の終着点。それは、学園の最奥にある、一般生徒の立ち入りが完全に禁止された「大賢」エミール・ノエルの個人魔導庭園だった。
美しいプロポーションを揺らしながら、世界の真理に最も近いとされる19歳の少女は、庭園の中央で、焔光に会えない寂しさ貯金が臨界点を迎え、その顔は、もやもや(世界の危機レベルの嫉妬と暗黒微笑)に染まっていた。
「……焔光くん、今頃風花さんや、あの新興商会の小娘とお話ししているのかしら?……。私の魔道で、学園の結界ごと少しだけお仕置きしてあげようかしら……」
ドロドロとした、世界を滅ぼしかねない暗黒の気が膨れ上がろうとした、その瞬間。
「キュイ〜ン❤」
センがノエルの足元へとトコトコと駆け寄り、その最高峰の魔道の圧を完全にシレッと無視して、彼女の靴にモフモフの頭を擦り付けた。
「――あっ、セン!?」
ノエルの顔から、一瞬で世界の危機が消え去り、極上のチョロインの笑顔へと反転した。
「焔光くんの可愛いセンじゃない! ということは……、焔光くんもここに!?」
ノエルが周囲をキョロキョロと探すが、そこにはセンしかいない。センはノエルの手元へ跳び上がると、彼女の豊かな成長した胸の波打ちにすっぽりと収まり、気持ち良さそうに「キュイ〜」と鳴いた。
「なーんだ、センだけなのね。でも、焔光くんの匂いがたくさんするわ……! 私ね、武術大会で焔光くんを侮辱したあの女を完璧に消し飛ばした時に褒めて貰えて、騎士団の時だって焔光くんに「ノエル様に見守られていれば勇気が湧く」って殺し文句を言われて、嬉しかったの。セン、焔光くんに伝えて。早く私のところへきて、たくさん、たくさん頭を撫でてくれないと、この学園を複合魔道で消し飛ばしちゃうぞって❤」
激愛の重さが完全に暴走している大賢の抱擁を、センは「キュイッ!」と鳴いて、半分蕩けながらも受け止めていた。
13.温かな平穏(客宮の静かな廊下)
夕暮れ時。
客宮の静かな廊下では、完全復活を果たした黒髪の侍女、ローゼが、恵海里のためのお買い物袋を手にして、静かに歩いていた。その影からは、専属執事の孔明が、音もなく姿を現す。
「ローゼ殿。先日のメディチス残党の撃退、お見事だった」
「いいえ、孔明殿。貴方の闇の壁がなければ、エミリ様を守り切れませんでした。……あ、あれは?」
二人の視線の先。
大冒険を終えてクタクタに疲れたセンが、廊下の真ん中で、ふさふさの3本の尻尾を丸め、ぬいぐるみのように丸くなって、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。その小さな翼が、寝息に合わせてピコピコと規則正しく動いている。
「……ふふ、主(焔光)のところに帰る途中で、眠くなってしまったのですね。本当に、愛らしい聖獣様ですこと」
ローゼが優しい微笑みを浮かべ、エミリのお土産用のおリボンを、センの頭の横にそっと置いてあげた。
「我が主の周りには、いつもこうして、温かい平穏の気流が満ちていくな」
孔明も影の中で小さく微笑み、二人は眠る聖獣を温かく見守るのだった。
学園の住人たちと触れ合い、その絆をさらに強固なものへと繋ぎ直した、センの小さな大冒険。
隣国エイシン国からの新たな毒牙を警戒しつつ、「ラッキーぷりんす」の周りには、温かな平穏が、どこまでも広がっていくのだった




