↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オールゼロの英傑継承者〜魔導学園で「期待外れ」皇子は、すべてを亜空間で無効化(ミュート)する〜  作者: はる吉
第4章:アカデミー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/64

後悔と贖罪

少し長めです

【聖アウグスト皇立魔導武官学園】の特別医療棟は、夕暮れ時の柔らかな光に包まれていた。

焔光たちの手によって救い出された海流(カイル)と星羅(セレナ)は、後宮の地下水道、あのどろどろとしたエイシン国の工作員たちの執念から未だに夢を見ているかのような呆然とした心地のまま、静かに室内へと入室した。

「――海流(カイル)お兄様! 星羅(セレナ)お姉様!」

部屋の扉が開いた瞬間、小さな愛らしい叫び声と共に、七歳の少女、恵海里(エミリ)がトコトコと二人のもとへ駆け寄ってきた。その小さな胸元には、いつも抱きしめているからくり人形ではなく、シャーロットから贈られたあの精緻な霊木のオルゴールが大切に抱えられていた。

「恵海里(エミリ)……っ!」

海流(カイル)はその場に崩れ落ちるように膝をつき、実の母親から「ただの道具」として見捨てられ、狂気の実験体にされかけていた我が身を暖かく迎えてくれる幼き妹を、きつく、きつく抱きしめた。その目からは、これまでの傲慢なプライドや劣等感がすべて洗い流されるかのように、大粒の涙が溢れ出していた。

「ごめんよぉ、恵海里(エミリ)……。俺は、俺はなんて愚かだったんだ。お前を怖がらせ、実家のためにと盲目になって、一番大切なものを見失っていた……!」

「私も……、ごめんなさい、恵海里(エミリ)ちゃん。本当に、本当に怖かったのね……」

星羅(セレナ)もまた、ソファへとしがみつきながら声をあげて泣きじゃくった。完璧だと思い込んでいた自分の計算が実の母の冷酷な洗脳の罠であった事、絶望の底にいた自分たちを繋ぎ止めてくれたのは、他でもない、かつて自分たちが蔑んでいた「期待外れ皇子」の優しい気流だった。

「ううん、いいの。海流(カイル)お兄様も、星羅(セレナ)お姉様も、蟻さんの気がとっても優しく戻ったから。恵海里(エミリ)、ずっと待ってたの」

恵海里(エミリ)は二人の涙を小さな手で優しく拭い、オルゴールのネジをそっと巻いた。静かに流れ出す懐かしく優しい音色が、傷ついた兄妹の心を穏やかに癒やしていく。

泣き止んだ三人は、医療棟の片隅に並んで座り、これからの未来について静かに話し合いを始めた。

「俺たちは、あの女(シェイラ)に利用され、皇国を内側から乗っ取るための道具にされかけていた。これからは、兄妹三人で助け合い、失脚した烈真家の汚名を雪(そそ)がねばならない!」

海流(カイル)の瞳には、かつてのどろどろとした劣等感ではなく、妹たちを守り、皇国へと正当に貢献するための不屈の決意が宿っていた。

「ええ、お兄様。お父様(烈真)の犯した罪も含めて、私たちは皇室へ、そしてこの国へと誠心誠意、尽くしていきましょう」

星羅(セレナ)も深く頷き、恵海里(エミリ)の手をぎゅっと握り締める。三人の絆は、かつてないほど強固なものへと反転していた。


数日後、落ち着きを取り戻した海流(カイル)と星羅(セレナ)は、学園の中庭で、焔光と風花の前に立ち、深く頭を垂れていた。

「焔光、風花……これまでの数々の不敬、そして測定会での愚行、本当に申し訳ありませんでした。」

海流(カイル)が真摯な声を響かせる。

「我が身の傲慢さと、企みのすべてを、どうかお許しください。命を救われた恩、決して忘れません」

星羅(セレナ)もまた、かつての計算高さを捨て、心からの謝罪を述べた。

「あはは、頭を上げてよ二人とも。従兄弟同士、皇族の家族じゃないですか。海流(カイル)兄上、星羅(セレナ)、それに恵海里(エミリ)がお互い笑ってくれれば、僕はそれで十分だよ。…あ、そうそう、アカデミーの残されてる生徒への責任も感じるだろうけど、二人には学園に正式に転入して貰うことになると思う。アソコは旧メディチスの影が色濃いからね。アカデミーには紗夜叔母様(おねえさま)と一緒に落ち着かせてくるわ。学園からの留学の話も有るからね。必要ならアカデミーから何人か学園に転入させるし、人選は、その時にでも相談させて貰いますね」

シレッといつも通りの気の抜けた笑みを浮かべた。その足元では、聖獣・仙(せん)が「キュイン♪」とご機嫌に鳴いている。

「フン、お兄様がそう仰るなら、今回は不問に付して差し上げますわ。ですが、次にお兄様に対して少しでも不穏な気流を見せたら……我が風の刃で衣服ごとバラバラにしますから、覚えておきなさい」

風花は相変わらず過激な溺愛(狂信)の描写を崩さず、周囲の空気をピキピキと凍り付かせながらも、兄妹が改心したことには満足げにフンスと鼻を鳴らしていた。

その後、三男・蒼真の計らいにより、海流(カイル)、星羅(セレナ)、恵海里(エミリ)の三人は、宮廷府の地下監獄へと実父・烈真(れつま)のもとへと面会に訪れた。

鉄格子の奥、命だけは失っていないものの、外法の力が四散してひどく衰弱していた烈真は、我が子たちの姿を見るなり、かすかに目を見開いた。

「お父様」

海流(カイル)が静かに語りかける。

「俺たちは、真実を知りました。お母様……シェイラは、東辺境伯家の人間などではありません。隣国エイシン国の支配者・聖リュウホウの実娘であり、お父様を裏で操り、皇国を内側から乗っ取るための工作員でした」

「な……んだと……?」

烈真の顔が、驚愕と絶望に歪む。自分を唯一信じてくれた、愛してくれた妻だと思い込んでいたシェイラの本性が、ただの冷酷な毒牙だったという事実。

「さらに、お父様が溺愛されていた五歳の臥龍(ガルシア)は、お父様の子ではありません。シェイラと、エイシン国の最強武人と言われるランバルト・メディチスとの不倫の子です。あの女は、お父様を孤独な劣等感で狂わせ、お父様も私たち子供すらも「皇帝覇気」を乱すための使い捨ての生体兵器にするつもりだったのです!」

星羅(セレナ)の悲痛な言葉、そして七歳の恵海里(エミリ)が抱きしめるオルゴールの優しい音色が、地下監獄の重苦しい空気を満たしていく。

「シェイラ……、お前は、私を……我が子供たちを……」

烈真は頭を抱え、慟哭した。完璧すぎる長男(勇帝)への劣等感、異母兄弟としての孤独の隙間に付け込まれていたのだと、ようやくすべての目が覚めたのだ。

「お父様。もう、外法の闇に縋るのはおやめください。私たちは、お父様の犯した罪を共に背負い、これからは皇国のために生きていきます」

海流(カイル)の真っ直ぐな言葉に、烈真は涙を流し、鉄格子の隙間から我が子たちの手を強く握り締め、深く、深く考えを改めることを誓うのだった。


別の日、学園の一回生訓練場。

恵海里(エミリ)が手乗りサイズのからくり犬を走らせて遊んでいると、背後から賑やかな足音が近づいてきた。

「おーい! 恵海里(エミリ)ちゃん!」

栗色の髪を実戦の邪魔にならないようツインおだんご頭にまとめた少女――ノア・メイリンが、両手に何やら怪しげな最新鋭の魔鋼パーツを抱えて元気に声をかけてきた。

「これね、シャーロットお姉様から貰った精密工具セットを使って、新しく開発した可変式ゴーレムのコアなんですよ! 恵海里(エミリ)ちゃんの「機」のメンテナンス能力があれば、これ、もっと格好いい重兵器に変形できると思うんです! 一緒に魔改造しちゃいませんか!?」

「……お姉ちゃん。ここ、ネジの噛み合わせ、あと一ミリ詰められる。そうすれば、変形速度が秒単位で上がる」

「うおおお! さすが私の生涯のライバルにして可愛い助手(仮)! 話が分かりますねぇ!」

武術大会での反則負けの悔しさを忘れないノアの裏表のない姉御肌な明るさに、恵海里(エミリ)は今度こそ、家の不穏な空気を完全に忘れた、純度百パーセントの幼い子供らしい笑顔を咲かせていた。


その頃、大演習場の静かな木陰。

焔光は風花と二人きりで、夕日に染まる空を眺めていた。

「風花。……少し、僕の本当の力を話しておこうと思ってね」

焔光が穏やかに微笑みながら、肩に担いだ「鷹の翼の短槍」を軽く一閃させた。

瞬間、無属性の絶技が流し込まれ、装飾のレリーフがバラバラに形状を組み替え――最高峰の名刀「カタナ」へと、一瞬でその姿を変えた。さらに、彼の背後には眩い魔法陣が浮かび上がり、自動で高速回転する「鷹炎光輪陣(ようえんこうりんじん)」が展開される。

「お兄様、これは……」

風花が息を呑む。傍目にはアイテムの力(スクロールの効果)に見せていたものの、本質から溢れ出るのは、世界を滅ぼしかねない勇帝のブラックホール、そして大賢をも超える絶対治癒の圧倒的な「気」そのものだった。

「僕のギフト「無」にはね、四大英傑と同じギフトや技術を、同等以上に使える「絶技」が眠っているんだ。15年前、黎真(れいま)伯父上(勇帝)が世界を守るために圧縮したすべての力が、血族の繋がりで亜空間を通じて僕の中に流れ込んできたんだよ。……この力は強すぎる。英傑の師匠達から、隠すように言われたし、世間からは「期待外れ皇子」って言われるようにしてるけど、これが僕の本当の力なんだ」

焔光はシレッと亜空間に「カタナ」を戻し、優しい眼差しを風花へと向けた。

「それに、やはり目立つと色々とめんどくさいし、何より、僕が本当に守りたいのは、こうして風花やみんなと過ごせる、穏やかな時間だからね」

「お兄様……っ!」

風花は、兄が実は世界最強のチート能力を秘めた「本物の怪物」であったこと、そしてその本当の力を自分にだけ完全に明かしてくれた信頼に、胸の奥の愛の重さが臨界点を突破(フンスフンス)し、涙を流して焔光の胸へと飛び込んだ。

「やはりお兄様は、世界で一番尊く、至高の兄君ですわ……! 私は一生、何があってもお兄様に付き従い、そのすべてを守り抜きますわ!」

「あはは、ありがとう、風花」

焔光は優しく妹の背中を撫で、二人の絆は誰にも引き裂けない絶対のものとなった。


その頃、特別医療棟の静養室では、清潔感のある黒髪の少女――ローゼが、ついにその瞳に力強い光を取り戻して完全に復活を果たしていた。学園長の結界の元で極限の精神的疲労から癒やされた彼女は、仕立ての良い侍女服に身を包み、恵海里(エミリ)の前で深く一礼した。

「恵海里(エミリ)様。大変長くお待たせいたしました。これより、再び貴女様の専属侍女として、この命のすべてを懸けてお仕えいたします」

「ローゼ……! よかった、恵海里(エミリ)、寂しかったの……!」

恵海里(エミリ)はローゼの腰に抱きつき、ローゼもまた、実の妹のように深い愛情を込めて、その小さな身体を優しく抱きしめ返した。

週末の休日。

恵海里(エミリ)の完全な笑顔を取り戻したお祝いとして、ローゼと恵海里(エミリ)は、学園指定の安全な城下町へと、ささやかなお買い物へと出かけていた。

「ローゼ、見て! このおリボン、シャーロットお姉様の髪の色とお揃い。恵海里(エミリ)、これをお土産に買いたいの」

「ええ、とても素敵ですわ、恵海里(エミリ)様。きっと喜んでいただけます」

二人が可愛い雑貨を選び、賑やかな大通りから一歩、静かな路地裏へと差し掛かった、その瞬間だった。

「――見つけたぞ、烈真の小娘が。大人しく我々と一緒に来てもらおうか」

壁の影から、不気味な黒い法衣を纏った数人の男たちが突如として現れた。彼らはメディチス財閥の残党であり、失脚した財閥から、隣国への手土産として、保護の薄くなるタイミングを待ち恵海里(エミリ)を連れ去ろうと画策していたのだ。男たちが禍々しい「火」や「土」のギフトを練り上げ、恵海里(エミリ)の腕を掴もうと鋭い手を伸ばす。

「恵海里(エミリ)様、後ろへ!!」

ローゼが瞬時に叫び、自身の「無」のギフトを発動させた。物理的な干渉や視線を完全に遮断する極小の「静寂の壁」が展開され、男たちの突撃を寸前でガキィン! と弾き返えした。しかし、残党たちの数と暴力的な気の前に、ローゼの壁にはみるみると亀裂が走り始める。

「くくく、無駄だ! そんな薄い壁ごと、肉片に変えて――」

「――我が主の妹君に、その汚い手で触れるな」

冷酷極まりない、地獄の底から響くような声が、路地裏の空間を完全に支配した。

男たちの足元の「影」が、爆発的に跳ね上がり、巨大な漆黒の刃となって空間を侵食した。

ドンン!!!

「ぎゃああああああっ!?」

悲鳴を上げて消し飛ぶ残党の一人。影から音もなく姿を現したのは、黒い衣服を纏った焔光の専属執事――孔明だった。

彼は朧から密命を受け、恵海里(エミリ)たちのお買い物を影の中から護衛し、監視し続けていたのだ。

「ひっ、あ、暗殺のスペシャリスト、「鵺」か!?」

「我が主、焔光殿下の慈悲を、これ以上汚す害虫どもめ。――影の中に沈め」

孔明の瞳が完全に漆黒の闇へと染まり、彼のギフト「闇の壁(ブラック・ウォール)」と、影を操る隠遁暗殺術が電光石火のごとく炸裂した。残党たちが放とうとした魔法弾は、放たれるよりも早く孔明の闇によって術式ごと完全に遮断・無効化され、次の瞬間には、路地裏の影から伸びた無数の闇の触手が、残党たちの手足を正確にへし折り、床へと叩き伏せていた。

わずか数秒という、圧倒的な速度での完全撃退。

「……無事ですか?、恵海里(エミリ)殿下、ローゼ殿」

孔明が静かに闇を収め、二人の前に膝をつく。

「うん、ありがとう、孔明お兄ちゃん。蟻さんよりも格好よかった」

恵海里(エミリ)はオルゴールを抱えながら、安堵の息を吐き、ローゼもまた、自分たちを裏から庇護してくれている蒼真家の圧倒的な内政と武の盾に、深く、深く頭を垂れるのだった。


数刻後、皇宮の最高会議室。

今回の誘拐未遂、そしてこれまでのメディチス財閥の悪行の数々を受け、中央宮廷府では徹底的な「膿」を出すための、激しい政治闘争が最終局面を迎えていた。

「――兄上。我がメディチス財閥の誇りを、これ以上あの隣国の化け物どもに切り売りするのは、おやめなさい」

最高会議室の重い扉を押し開け、圧倒的な母親としての執念と威厳を伴って立ち塞がったのは、皇帝妃カトリーヌだった。その視線の先には、財閥の当代当主であり、自身の年の離れた実の兄が、宮廷府の正式調査の刃の前に顔面蒼白になって座っていた。

「カ、カトリーヌ……。しかし、我が財閥の東側利権はすでに蒼真に奪われ、これ以上エイシン国との繋がりを絶てば、我々は完全に破滅――」

「黙りなさい!!」

カトリーヌの激しい怒号が、会議室全体を震わせた。

「あのシェイラという女は、我が最愛の子・烈真を孤独な劣等感で狂わせ、我が孫である海流(カイル)や星羅(セレナ)、恵海里(エミリ)までをも、ただの使い捨ての道具、生体兵器として扱い、我が家の血筋を内側から丸ごと乗っ取ろうとしていたのですわ! 母親として、これ以上の愚弄を許すはずがないでしょう!しかも、メディチス財閥の事も使い捨て、皇国乗っ取りの駒として見ております。その結果が今ですのよ」

カトリーヌは実の兄の机に、ジークたちが突き止めた隣国の工作員どもの尋問書類を叩きつけた。

「今すぐ、エイシン国とのすべての闇の繋がりを完全に断絶しなさい。さもなくば、メディチス財閥を守る為に私が我がメディチス系家系の全資金と権威を以て、兄上、貴方をこの中央から永久に叩き落として差し上げますわ!今は破滅したとしても、また最初から育てれば良いだけです。」

我が子を歪んでしまってもなお救いたいという、カトリーヌ妃の切実な、そして狂気的なまでの母親の愛の執念。財閥の女帝としての矜持。その圧倒的な剣幕に、財閥当代はついに完全に屈し、隣国との繋がりを絶つための国家調査への全面協力を涙ながらに受け入れる展開となった。

中央の政治闘争における、メディチス財閥の徹底的な膿の摘出。

隣国エイシン国が仕掛けた侵略計画の第1幕は、自滅という形で崩壊し、終焉の道を歩み始めていた。


皇宮の特別内政室。そこは三男・蒼真の直属最高責任者へと大抜擢された、天才少年、レイ・フォンに与えられた臨時の執務室だった。

机の上には、宮廷府の調査資料、メディチス財閥の帳簿の写し、そして東側「聖域(始祖の島)」の交易権に関する膨大な書類が、山のように整然と積み上げられている。

「――終わりましたよ、焔光殿下」

レイは携帯用の魔導端末から視線を上げると、常に手にしている算盤をパチリと小気味よく弾いた。その怜悧な黒髪の奥にある瞳には、「絶対記憶・瞬間算術」によってすべての数字の嘘を見抜いた、圧倒的な勝利の確信が宿っていた。

室内のソファには、いつものように焔光が、シレッとした顔で座っている。その足元ではセンがモフモフの身体を丸めて眠り、背後には孔明が影のように控えていた。

「さすがはレイだね。もうメディチスの裏帳簿を全部暴いちゃったんだ」

「当然です。私を新興商会の見習いから、この最重要利権の運営責任者へと引き抜いてくださったのは殿下ですからね。……それに、幼馴染(シャーロット)が全面的に殿下を支持しているので、内政の盾として意地を見せないわけにはいきません」

レイは皮肉交じりに眼鏡の位置を直すと、一枚の特製グラフ化された内政書面を焔光の前に滑らせた。

「メディチス財閥の汚職、および汚染隠蔽に関する経済面からの包囲網は完全に完成しました。彼らが東の港でルシアン政務長に支払っていた莫大な賄賂の金の流れ、そしてエイシン国へ極秘裏に送金していた国家予算の約一割に及ぶ「不法な技術提供料(外法工廠の購入資金)」、これらすべてを完全に突き止め、凍結しました。カトリーヌ妃殿下が当代(兄)を脅しつけたこともあり、財閥の資産の七割はすでに身動きが取れない状態です」

レイは不敵な笑みを浮かべ、算盤の枠をトントンと叩いた。

「そこで、これからの「処分と次の一手」について、蒼真殿下へ私から三つの提案を行います」


①【第1提案:財閥本体の「完全な国営化」と流通網の吸収】

「現在、一部没収に留まっているメディチス財閥の残りの全資産、および鉱山開発・魔石流通の独占権を、汚職とテロ計画による国家転覆罪の罰則金として「皇室預かりの国営組織」へ完全移行させます。その運営権と監視権をすべて蒼真殿下へ一元化。これにより、隣国へ流れていた国家予算級の資金源を完全に遮断し、我が蒼真家の経済的基盤を皇国最強のものへと跳ね上げます」


②【第2提案:新興商会(ヴァンダム)の合法的な「筆頭代理人」化】

「財閥が独占していた東の玄関口の交易権ですが、急に利権を奪うと東辺境伯家が完全に破産します。そこで、「ヴァンダム新興商会」を、国営化した財閥の新たな筆頭代理人(実務組織)として据えます。総帥のゴドル氏は「我が娘が皇子を骨抜きにした!」と見当違いな大満足をして喜んで実務に尽くすでしょうし、何よりシャーロットの立場を皇宮内で絶対的なものへと引き上げられます。」

レイはここで、パチリと算盤を弾き、冷徹な笑みを深めて焔光を試すように見つめました。

「更に過去にメディチス財閥を実質的に伸し上げたカトリーヌ妃殿下、および烈真殿下を、蒼真殿下側の実質的な権限を持たない「相談役」として組織に組み込みます。これにより蒼真殿下の内政負担を大幅に減らすことが可能です。

因みに、烈真殿下ですが、あの方は「武」ではなく母親の才能を完全に継いだのか、商才の方が遥かに高いのですよ。

歪んだ外法に頼るから自滅したのです。あの方の天才的な商売の嗅覚を、今度は国営化した財閥を回すため役立てて頂きましょう。実の息子(海流(カイル)たち)に真実を伝えられ改心した今なら、贖罪として最高に効率の良い働きをするはずです」

「そうだねぇ……商才が本物なら、地下牢に閉じ込めて置くより、皇国にとっても一番良い形かもしれないな……レイ、もしや皇族の情を組んでくれたんじゃぁ…やっぱ、優しいねレイ。」

「何の事で?…」プィっと顔を背けるレイ。

焔光は優しい笑みを浮かべ、有能すぎる内政の盾の提案を全面的に受け入れるのだった。


③【第3提案:エイシン国への「経済的宣戦布告(関税封鎖)」】

「シェイラたちが逃げ込んだ隣国「エイシン国」に対し、シェイラが詐称行為をしていた事実と工作の証拠を突きつけ、東の海域を通るすべてのエイシン船籍に対し、これまでの汚職の損害賠償として「十倍の制裁関税」を課します。これを拒否すれば、ジーク団長率いる蒼天碧流騎士団(そうてんへきりゅうきしだん)と、東辺境伯のイザーク伯を動かし、海域を完全に経済封鎖(ロックダウン)します。隣国は資金難に陥るでしょう。

「以上が、私の弾き出した「効率的な復讐」のプロットです。……いかがですか、焔光殿下?」

レイが冷徹な頭脳戦の成果を誇るように問いかけると、焔光は「すごいね〜、何も言うことがないよ」と、呑気な笑みを深くした。

「レイがそこまでやってくれるなら、エイシン国の支配者・聖リュウホウも、頭抱えるだろうね。海流(カイル)兄上たちも守れたし、これなら僕、本当にサボって寝ていられそうだ」

「寝させませんよ、殿下。貴方にはこの利権の最高承認者として、山のような書類にサインをしていただく義務がありますからね」

レイの容赦ない言葉に、焔光は「ええーっ、それは蒼真父上に回せないかなぁ〜。」「いぇ、蒼真殿下は既に手一杯であり、承認は焔光殿下に任すとの仰せです。」と無情な事実を告げた。焔光は、頭を抱え、孔明がフッと影の中で小さく肩を揺らすのだった。

経済面からの包囲網の完成。隣国の侵略計画の足元は、この天才少年の緻密な算盤の前に、完全に粉砕されようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。