闇と暴走
「――な、何だ、この気味の悪い地鳴りは……!」
最高責任者として胸を張り、マッチポンプの合図を送ろうとしていた海流の手が、ピタリと止まった。
演習場の中央、引き裂かれた大地の亀裂から立ち上ったのは、メディチス財閥が秘密裏に調合し、エイシン国の外法技術で何十倍にも凶暴化させた禁忌の存在――超巨大な人工魔獣「ゲル・ベリアル」の群れだった。
どろどろとした闇の気流を全身に纏い、触れるものすべてを腐食させる最悪の悪魔。かつて魔王が従えた魔獣を強化したものだった。それが一頭や二頭ではない。数十頭もの大軍勢が、地響きを立てて疲弊した生徒たちの前に這い出してきたのだ。
「ひっ、あ、あそこから魔獣が……!?」
「警備は何をしているんだ!? 結界はどうした!」
大演習場が、一瞬にして阿鼻叫喚のパニックに包まれる。
「く、くそっ、数が多すぎる! シェイラ(かあさま)、話が違うではないか!」
海流は顔面蒼白になり、裏で糸を引く実母へ向けて心の中で絶叫した。本来なら、自分たちのコントロールできる数頭の魔獣を「迅速に鎮圧して英雄になる」はずの計画だった。しかし、メディチス財閥への国家調査で追い詰められ思考停止した現地職員達とそれを誘導したエイシン国工作員達が、保管されていた魔獣召喚符をすべて暴発させ、制御不能の大暴走を引き起こしたのだ。
「お兄様、落ち着きになって! アカデミーの精鋭たち、何をしているの! 早く、早くあの化け物を消しなさい!」
星羅がいつもの冷徹さを失い、ヒステリックに金切り声を上げる。しかし、留学生のセドやシンイーたちも、その予想を遥かに超える魔獣の気の総量と腐食の毒霧の前に、精神がのまれてしまい、足がすくんで動けない。
すべての責任は、最高責任者である海流に真っ直ぐ突き刺さる。このままでは蒼真家を失脚させるどころか、烈真派閥の完全なる破滅だ。
海流は、気力を奮い立たせ、魔獣に立ち向かう。「ブレイズ・バースト」地面から激しい火炎が立ち昇るが、ゲル・ベリアルの体表が焼かれ溶けただけで、溢れ出る闇の気流により修復されていく。
「――まったく。これだから烈真派の小細工は、浅ましくて見ていられませんわね」
貴賓席の最前列で、特別視察官の紗夜が優雅に扇を畳んだ。その美しい瞳の奥では、「神の天秤」による因果予測が、この暴走の結末をすべて一瞬で弾き出していた。
「織姫叔母様、朧、エドガー先生。……害虫の駆除を始めましょうか」
「ええ、喜んで。我が風の檻からは、何人たりとも逃がさないわ」
学園長オリヴィア(織姫)の強大な「風」のギフトが発動し、演習場の周囲に、一般生徒を守るための鉄壁の暴風障壁が一瞬で展開される。エドガーもまた、噛み締めた煙草をペッと吐き捨て、「はぁ、また残業ですか」とぼやきながら、秒単位で魔鋼の重トラップを周囲に自動構築し始めた。
だが、魔獣の群れは、一番の標的として狙いを定めていたかのように、一番無防備に、平凡に佇んでいる「期待外れ皇子」――焔光のもとへと一斉に殺到した。
「お兄様っ!!」
風花が激昂し、すべてをバラバラに切り刻む暴風を放ち、ゲル・ベリアルの数体を消滅させた。
「懲りないなあ。学園で多少の魔獣を投入したって、今の学園には、英傑や英傑の愛弟子が居るのに。無駄なんだよなあ〜」と焔光が呟いた、まさにその横に、剣聖が愛弟子の蓮、凍華、そして英傑で有る大賢ノエルが降り立つ。
「久しぶりに、手加減いらないな。」蓮が神速の剣技でゲル・ベリアルの闇を一片さえ残さず吹き飛ばす。
凍華の一閃により、ゲル・ベリアルが凍り、次の瞬間、粉々に砕けた。
「この英傑が1人、大賢の前で魔王がかつて、操りし魔獣などに好きにさせません。「聖なる雨」消え失せなさい」
空から淡く黄金に輝く雨が降り注ぎ、ゲル・ベリアルが悲鳴も上げる暇なく、まばゆい光の粒子となって霧散していった。
「ちょっと数が多いかな。風花、もう一度暴風を放って」
「はい。お兄様。よろこんで」
風花が暴風を発生させた、その瞬間、焔光が風花の暴風に隠れ、自分も絶技により暴風を生成し風花の暴風にあわせる。さらに、焔光の右手が、誰の目にも見えない極小の無属性の絶技を発動した。
彼の本質であるチート能力――勇帝から受け継いだ「ブラックホール」の亜空間超圧縮。
「光よ、集え。――「黒孔弾」」
焔光が口元だけでそう呟いた瞬間。
暴風が全体を包みこみゲル・ベリアルの足元に、極小の、しかし光すらも吸い込む絶対的な漆黒の球体が、複数出現。
ズズズズズズズズッ!!!!
「ガル、ぁ……っ!?」
魔獣たちの叫び声すら、その亜空間への超圧縮の重力によって掻き消される。触れるものをすべて腐食させるはずの闇の気流も、その巨大な肉体も、焔光の仕掛けたブラックホールの穴の中へと、一瞬ですべて吸い込まれ、この世から消滅(無へと還元)させられていった。
さらに、周囲に残留していた悪質な腐食の毒霧や呪いに対して、焔光はもう一つの絶技を重ねる。
大賢ノエルと気の共鳴により取得した「至高の治癒(浄化)」。
「すべてを清め、癒やし給え。――「神聖なる浄化」」
光弾を周囲にコツコツと散らすような、頼りないポーズを演じながら放たれたのは、大賢をも超える絶対浄化の光。
シュアァァァァァ……! と、心地よい聖なる光が全体を包み込んだ瞬間、周囲に漂っていた最悪の状態異常や汚染の霧は一瞬にして完全に清められ、怪我を負った者を回復させながら、新緑のような爽やかな空気へと反転していった。
あまりにも一瞬の、あまりにもシレッとした、天災規模のテロの完全解決。
「……え?」
海流が呆然と口を開ける。
「なんだ…この戦力は…それに、何が起きた……? 魔獣が、いきなり一瞬で全て消え失せ、空気が綺麗に……?」
星羅もまた、自分の張り巡らせた蜘蛛の巣が、文字通り跡形もなく消滅したことに理解が追いつかず、その場にへたり込んだ。
「いやぁ~。流石は、大賢ノエル様や兄姉弟子(にいさん、ねえさん)です。圧倒的でしたね。さらに風花の暴風が魔獣を吹き飛ばし、ノエル様の聖なる光が、場を浄化するなんて凄いなあ〜。」
焔光は、実に見事な「驚いた顔」で周囲を見回してみせた。
「おおお……! やはり、やはり「ラッキーぷりんす」だ!!」
「世界そのものが焔光様を守るために戦力を出現させた! なんという圧倒的な強運!」
風花様親衛隊(非公認)の面々が、生存本能のままに涙を流して焔光を拝み始め、クラリスは「そんな、これは強運なの?……」と驚愕しつつも、焔光が一方的に傷つかずに済んだことに、胸の奥で小さくホッと安堵の疼きを覚えていた。
「は、ははは……。教師陣が結界形成してる間に、生徒でおさめちまった。改めて今の生徒の力は尋常じゃないな。……しかし、今回は手柄を押し付けられず助かった〜」と心のなかで、今回は実家の兄と会わなければならない最高にめんどくさい未来が続かずに済みそうで安堵するのであった。(日頃の生徒指導の賜物として、やはり評価は中央宮廷府にあがる訳だが、それは別の話)
こうして、烈真派閥とメディチスが仕掛けた「人工魔獣テロ」は、あっけなく終結した。
また、織姫率いる朧達が魔獣召喚符を使用したメディチスの現地職員と特にエイシン国工作員を捕縛した事により、メディチスへの国家調査が劇的に進む事になる。
さらに最高責任者であった海流には、最高責任者で有りながら、テロの誘導への関与を疑われ、さらに当然のように「管理不足」「警備不備」の全責任が容赦なく突き刺さり、星羅も含め二人は全校生徒の前で、完全にそのプライドと評価を失墜させることとなった。
測定会の全日程が終了した、夕暮れ時の閉会式。
特別視察官の紗夜から、皇立学園の教師陣と複数生徒への騒動鎮圧への早期対応への感謝が伝えられた。
そして閉会式後、訓練場の片隅で、ノア・メイリンは、新しくシャーロットから贈られた精密工具セットを大切に抱きしめながら、その瞳に力強い決意の炎を宿していた。
「焔光の兄様……。私、今日の測定会で、兄様が「気の隙間」を完璧に見抜いて歩いているのを、間近で見ていました。兄様は、やっぱり凄いです」
「ノア……」
「私、師匠(鍛神)の言う通り、もっと気の解像度を上げます。そして、次こそは絶対に、私の作った最高の人形で、兄様の完璧な盾になってみせます!」
ノアの真っ直ぐな言葉に、焔光はのんびりと微笑み、その小さな頭を優しく撫でた。
「うん。楽しみにしてるよ、ノア」
足元でセンが「キュイン♪」と鳴き、恵海里がシャーロットから貰ったオルゴールの優しい音色を響かせるなか、アカデミーの毒牙を完全に粉砕した皇立学園には、守るべき者たちの、確固たる絆の光がどこまでも温かく広がっていくのだった。




