友達と贈り物
少し長めです
皇宮での緊迫した空気から一転、馬車が【聖アウグスト皇立魔導武官学園】の白亜の正門をくぐり抜けた時、そこには穏やかな風が吹いていた。
学園長オリヴィア(織姫)の計らいにより、恵海里の専属侍女であるローゼは、到着後すぐに学園の特別医療棟の奥にある静養室へと案内された。長年、メディチス財閥からの陰湿な監視と、恵海里の命を盾にした脅迫に耐え続けてきた彼女の心身は、限界を迎えていた。
「……ローゼ、まずは何も心配せずに眠るといい。ここは学園長の結界の目の届く場所だ。誰も君を脅かすことはできない」
焔光が優しく声をかけると、ローゼは細い身体を震わせ、涙を浮かべて深く一礼した。
「感謝いたします、焔光殿下……。恵海里様を、どうかよろしくお願いいたします……」
「君の疲労回復迄は僕らで責任持って世話するよ。今は、ゆっくり休んで体調整えて、其れから、今度は一緒に恵海里を守って行って欲しい。」
彼女のギフトである「静寂の壁」が解かれ、ローゼは数年ぶりに本当の安眠へと導かれたのだった。
一方、一回生の訓練場の片隅にある魔導工房では、新たな出会いと技術者としての火花が散ろうとしていた。
「――ふふん! これが私の最新作、魔鋼製・可変式自立索敵猫型人形「キャット・マークⅢ」です!」
胸を張って栗色のツインおだんご頭を揺らしているのは、鍛神の愛弟子、ノア・メイリンだった。武術大会での反則負けの悔しさをバネに、千手破岩からの過酷な修行に耐えながらも、彼女は新兵器の開発に余念がなかった。
そのノアの前に、ちょこんと座り込んでいるのは、焔光の膝から降りたばかりの七歳の少女、恵海里だった。彼女の胸元には、いつも抱きしめている古びたからくり人形がある。
恵海里は、ノアが自慢げに差し出した精密な金属製の猫型人形を、知的な瞳でじっと凝視した。そして、一言も発さぬまま、自身の「機」のギフトを発動させる。
カチ、カチ、カチ。
エミリが指先から微細な気を流すと、ノアの作った猫型人形の関節部が勝手に外れ、内部の歯車が瞬時に組み替えられていった。恵海里のギフトは、霊木や魔鋼からゴーレムを生成し、操作する圧倒的な生成能力。
「あ、あれ!? 私のマークⅢが、一瞬でコンパクトな手乗り飛行形態に改造された……!?」
驚愕するノアの目の前で、猫型人形は小さな金属の羽をパタパタと羽ばたかせ、エミリの周囲を可愛らしく飛び回り始めた。
「……気の伝達ロスが、多い。関節の魔鋼の純度をあと二パーセント上げれば、出力は一・五倍になる。お姉ちゃん、設計が、少し雑」
ぽつりと、物静かに、しかし致命的な技術的欠陥を指摘する恵海里。
「な、なんですってー!! このちびっ子、私の技術にダメ出ししましたね!? 飛び級天才のこの私に、技術者としてのライバル心を燃やさせるなんて、生意気です!」
ノアがぷくーっと頬を膨らませて悔しがるが、恵海里の圧倒的な精密制御の前に、どこか楽しそうな輝きが瞳に宿る。
「でも、お姉ちゃんの「次元工廠」は、凄いと思う。武器、格好いい」
「……え? あ、そう? ふふん、分かればよろしいのですよ! よーし、だったら私がお姉さんとして、もっと凄い近代兵器のミニチュアの作り方を教えてあげます!」
家の不穏な空気に怯えていた恵海里だったが、ノアの裏表のない賑やかな性格に触れ、その小さな唇に、ほんの少しだけ本物の安心した微笑みが浮かんでいた。
そんな子供たちの様子を離れた場所から見守っていた焔光の懐から、真っ白なモフモフがヒョコッと飛び出してきた。
「キュイッ♪」
聖獣・仙である。3本のふさふさとした尻尾を揺らし、背中の白い翼をパタパタと羽ばたかせながら、センは恵海里の足元へとトコトコと駆け寄った。
「わあ……白い、きつねさん……」
恵海里の瞳がパッと輝く。センは恵海里の抱くからくり人形に興味を示し、鼻先でツンツンと突っついた。恵海里がそっと手を伸ばすと、センは気持ち良さそうに目を細め、彼女の小さな手のひらにモフモフの頭を擦り付ける。
センは自慢げに白い翼を広げると、口からハート型や星型に可愛く成形した極小の光弾をぽんぽんと生み出し、エミリの周囲に浮かべて見せた。
「綺麗……。からくりじゃないのに、こんなに可愛いお友達、初めて……」
恵海里はセンをぎゅっと抱きしめ、センもまた「キュイン、キュイン!」と嬉しそうに鳴きながら、彼女の頬を舐めている。焔光の優しさに触れて懐いた聖獣は、同じように優しいエミリの気を完全に気に入ったようだった。
「お兄様、恵海里が楽しそうで本当に良かったですわね」
風花が焔光の腕にそっと自身の身体を密着させてくる。
「うん、本当に良かったよ。ノアもセンも、恵海里を歓迎してくれてるみたいだしね」
焔光がのんびりと微笑んだ、その時だった。
「――ちょっと、焔光くん。そこに直りなさい」
「待って下さい、ノエル様。焔光の隣は、姉弟子である私が先ですわ」
訓練場の入り口から、物凄いプレッシャーを伴った二人の美女が歩み寄ってきた。
一人は、豊満な胸を揺らしながら走って来る「大賢」エミール・ノエル。もう一人は、自慢のプロポーションを持つ聖域の令嬢、神楽凍華である。
「武術大会、見ましたよね? 私は焔光くんを侮辱したあの生意気な女を、天災規模の魔道で完璧に消し飛ばしてあげました。……ねえ、焔光くん。私、凄く頑張りましたよね? 褒めて、頭を撫でてくれませんか?」
ノエルが、世界最強クラスの魔道を操る大賢とは思えないほどの、完全なる「チョロイン」の顔で焔光に急接近してくる。
「何を言うのですか、ノエル様。武術大会のMVPは、一太刀も交えずに術式ごと完全氷結させた私ですわ。聖域での修行の成果を、焔光に一番に見せられたのです。焔光、私の方を、たくさん褒めるべきと思いますわ」
凍華もまた、普段の凛とした気品はどこへやら、ウキウキとした瞳で焔光のもう片方の袖を掴んで引き寄せる。
「あはは……二人とも、本当に凄かったです。流石は師匠と姉弟子です。」
焔光が苦笑しながら二人の頭を均等にポンポンと撫でると、ノエルは「ひゃんっ」と声を上げて蕩けたような笑みを浮かべ、凍華もまた耳まで真っ赤にして満足げに胸を張る。
その光景を見た風花は「お兄様を狙う泥棒猫(※世界最強クラス)たちがまた増えて……!」と、挟まれて限界突破寸前のもやもや(フンスフンス)を募らせ、周囲の空気を物理的に凝固させ始めていた。
一方、訓練場のベンチでは、2回生代表のカレ・ミディムと、飄々とした金茶色の髪のチャラ男、フォックス・シルフィードが、いつもの日常会話を繰り広げていた。
「へぇ、カレちゃん。武術大会でのあの地形操作、マジで最高だったじゃん。俺、客席で感動しちゃったよぉ」
フォックスが狐のような琥珀色の瞳を細め、掴みどころのない口調でカレに話しかける。
「あんたの軽い応援のおかげで、調子が狂いそうだったわよ」
カレは勝気なポニーテールを乱暴に揺らしながら、呆れたようにため息をついた。
「でも、フォックス。あんた、本当はあの鉄仮面の気の動き、最初から見抜いてたでしょ。チャラ男のフリして、裏で何企んでるわけ?」
カレの鋭い指摘に、フォックスは一瞬だけ、西辺境伯家が誇る最年少精鋭隠密としての冷徹な眼光を覗かせた。しかし、すぐにいつものチャラついた笑みへと戻る。
「えぇー? 企むだなんて人聞きが悪いなぁ。俺はただの、期待外れだけど可愛い従兄弟(焔光)を守ってやりたい、裏表のない優しいお兄さんなだけだってば」
「はいはい、そういうことにしておくわ。でも、焔光殿下を蔑む奴らがいたら、次もあんたの「風の糸」で片付けるの、手伝ってあげるわよ」
「お、カレちゃん頼もしいねぇ! じゃあ、今度二人でお茶でも――」「それは却下」
仲が良いのか悪いのか二人の距離は、少しずつ縮まっているようだった。
その頃、工房の入り口では、シャーロット・ヴァンダムが、大きな綺麗な箱を抱えて、もじもじと佇んでいた。
「あの、ノアさん……。これ……」
シャーロットが顔を赤らめながら箱を差し出す。実家やギルバートには、焔光の身内や大切な友人たちへの根回し(という名の、純粋な好意)に努めていると説明していた。
「えっ? 私に贈り物ですか?」
ノアが不思議そうに箱を開けると、そこには、ヴァンダム新興商会が秘密裏に入手した、超最新鋭の魔鋼製精密工具セットが美しく並んでいた。
「う、うおおおおお!? こ、これは、市場に出回っていない幻の東方特注のドライバーセット!! 装飾の機能美も最高です! シャーロットお姉様、大好きです!!」
大の兵器・工具マニアであるノアの瞳が完全に輝き、シャーロットに抱きついた。
「ふふ、喜んでいただけて良かったわ。たまたま手に入って。ギルバート(商会幹部の子)から、ノアさんが工具に目が無いと伺ったので」
シャーロットは上品に微笑みながらも、ノアに喜んで貰え打算でなく純粋な嬉しさに包まれるのだった。
「恵海里ちゃん……少し、お話してもいいかしら?」
ノアの工房の片隅、センと楽しそうに戯れていた恵海里のもとへ、シャーロット・ヴァンダムがそっと歩み寄った。艶やかなライトグリーンのセミロングヘアから、新緑のような爽やかな香りが漂う。
シャーロットの手には、先ほどの工具セットとは別の、小さくて上品な木箱が握られていた。
「これ、私からの贈り物。受け取ってくれると嬉しいのだけれど」
「……お姉ちゃん、だあれ?」
恵海里はつぶらな瞳でシャーロットをじっと見つめ、腕の中の古びたからくり人形を小さく抱きしめ直した。まだ周囲の大人たちへの警戒心が解けきっていない、怯えたような視線。
シャーロットはそんな恵海里と同じ目線になるように、ふわりとスカートを翻して床に膝をついた。そして、穏やかな微笑みを浮かべながら木箱の蓋を開けた。
中に収められていたのは、最高級の霊木を薄く削り出し、東方の精緻な透かし彫りを施した「オルゴール」だった。ネジを巻くと、まるで心に染み入るような、どこか懐かしく優しい音色が静かに流れ出す。
「ヴァンダム新興商会の新作なの。中にね、魔石の微細な振動を音楽に変える特殊な歯車が組み込まれていて……「機」のギフトを持つエミリちゃんなら、きっとこの構造の面白さが分かってくれると思って」
「……凄い。歯車の噛み合わせ、一枚もズレてない。これ、とても綺麗な音がする」
恵海里の瞳に、知的な好奇心と小さな感動が灯った。小さな指先でオルゴールの側面に触れ、その精緻な魔力の気流を感じ取っている。
そんな恵海里の様子を見て、シャーロットはどこか切なげに目を細めた。
「恵海里ちゃん。……あなたのお母様や、お母様の実家のこと、色々と大変だったでしょう」
「……!」
エミリの身体が、一瞬だけピクリと強張った。
「私もね、新興商会の娘として、生まれた時から両親に「皇室に嫁ぎ、我が家を高みへ導きなさい」って、ずっと言われ続けてきたの。マナーも交渉術も、全部そのためだけの義務。だから、入学したばかりの頃は、焔光様のことも「実家のために近づかなきゃいけない対象」としか見られなかった」
シャーロットは自嘲気味に微笑み、遠くでノエルや凍華に囲まれて困ったように笑っている焔光を見つめた。
「家の看板を背負わされて、大人たちの打算やプレッシャーに押しつぶされそうになる苦しさ……私、少しだけ分かるの。だから、恵海里ちゃんがどれだけ怖くて、寂しい思いをしてきたかも、他人事とは思えなくて」
恵海里の小さな肩が、かすかに震える。メディチス財閥という巨大な歪みのなかで、家のなかに漂う不穏な空気に怯え、誰にも本音を言えずにいた(ローゼにさえ迷惑をかける可能性があり言えない事もあった)七歳の子の心が、シャーロットの言葉によって静かに解きほぐされていく。
「でもね、そんな私の脆さを、焔光様は何も言わずにその優しい器で救ってくださった。実家の道具としてではなく、ただの「シャーロット」として私を見て、縛られていた義務から解放してくださったの」
シャーロットは恵海里の手をそっと包み込んだ。
「ここにはね、あなたを道具として利用しようとする汚い大人たちは一人もいないわ。焔光様も、風花様も、ノアさんも、みんなあなたの味方。もちろん、私だってそう。だから……この学園では、もう何も怯えなくていいのよ」
「お姉ちゃん……」
エミリの目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
張り詰めていた緊張が完全に解け、エミリはオルゴールを抱きしめたまま、シャーロットの胸へと小さな身体を預けた。
「うん……恵海里、このお歌、大好き……。お姉ちゃん、ありがとう……!」
「ええ、どういたしまして。いつでもお姉様って呼んでちょうだいね」
シャーロットは恵海里の背中を優しく撫でながら、包み込むような温かい微笑みを浮かべた。その様子を、足元でセンが「キュイ〜ン」と優しく鳴きながら見守っている。
離れた場所からその気流を感じ取っていた焔光は、シャーロットの打算のない純粋な優しさと器の大きさに、心からの感謝を込めて静かに微笑みかけるのだった。
メディチス財閥の失脚、そしてアカデミーからの交換留学生という不穏な影が学園に迫りつつある中で。
焔光の優しい器の周りには、彼を慕う少女たちと、命を賭けて守る誓いを立てた仲間たちの、温かくも賑やかな日常の絆が、確かに紡がれていくのだった。




