コレクションと罠
皇国が誇る、巨大な騎士団用第ニ闘技場。その観客席は、熱気と、どこか肌を刺すような緊張感に包まれていた。
本来であれば、皇国随一のエリートたちが集う学園の全生徒が一堂に会する一大行事となるはずだった。しかし、疑惑の最中にあるメディチス財閥の私立「デカマギア・アカデミー」との交流武術大会。宮廷府や財閥の思惑、そして国家間の水面下の情報戦が複雑に絡み合う場において、全生徒を一箇所に集めるのは安全保障上のリスクが高すぎた。
結果として、闘技場の席を許されたのは、皇立学園、アカデミーの双方から厳選された約三分の一ずつの生徒。そして、この異例の催しを「正式な国家行事」として監視、あるいは庇護するために臨席した、宮廷府の要人たちだった。
「――お姉様、本当にお美しくて、それでいて凄い威厳ですわ」
貴賓席の最も高い場所、皇帝代理としての権威を示す天幕の下を仰ぎ見ながら、1回生クラスの席に座る風花・フォン・アウグストが、うっとりとした、しかしどこか誇らしげな声を漏らした。
その視線の先。純白と金の刺繍が施された皇室正装を身に纏い、凛とした佇まいで玉座に腰掛けているのは、皇国第一皇女であり、この大会の最高責任者として特別視察官の任に就いた紗夜・フォン・アウグストだった。22歳という若さでありながら、皇国全土から絶大な人気と畏怖を集める才女。彼女の周囲には、自身の固有能力「無」(神の天秤)による因果予測の光が、誰にも見えない微細な気の揺らぎとなって巡っている。
「本当にね。紗夜様のあの気品……これぞ皇族という圧倒的な輝きです」
風花の隣で、ライトグリーンのセミロングヘアを揺らしながら深く頷いたのは、シャーロット・ヴァンダムだった。かつては実家のヴァンダム新興商会の策略により「皇子を籠絡せよ」という打算を胸に秘めていた彼女だったが、今やその瞳にあるのは純度100%の恋心だ。
そして、その二人の少女の間に挟まれるようにして、ごく平凡な制服をやや着崩した少年が、のんびりとあくびを噛み殺していた。
皇帝の三男・蒼真の子として育てられ、世間からはギフトの出力が「石礫程度」と侮られる期待外れ皇子――焔光・フォン・アウグストである。
「お姉様、張り切りすぎじゃないかな〜。視察官って言っても、ただの学生の交流会なのに……」
「何を仰るのですか、お兄様! 今回の交流会は、あのメディチス財閥の闇や、隣国の不穏な動きを牽制するための重要な舞台。お姉様が直々に動かれたのも、すべてはお兄様と私を――」
「あはは、風花、声が大きいよ。ほら、アカデミーのお客さんたちがこっちを見てる」
焔光が苦笑しながら視線を向けると、対面の観客席に陣取るデカマギア・アカデミーの生徒たちが、値踏みするような、明確な侮蔑の入り混じった視線を皇立学園の生徒たちへと投げかけていた。
その最前列。今回の武術大会を裏で画策した張本人である、皇族次男・烈真の妻シェイラ。そして彼女が引き連れてきた自身の子供たち、海流と星羅の姿があった。星羅はどこか計算高い瞳をして、カイルは不敵な笑みを浮かべてこちらを睨みつけている。
その時、闘技場の中央に、一筋の清廉な光が舞い降りた。
最高責任者、紗夜・フォン・アウグストが、静かに立ち上がり、全域へと響き渡る声で大会の開幕を宣言した。
「これより、聖アウグスト皇立魔導武官学園、ならびにデカマギア・アカデミーによる、合同交流武術大会を執り行います。双方の若き精鋭たちが、日頃の鍛錬の成果を遺憾なく発揮し、互いの技を高め合うことを期待します。――各員、正々堂々と戦いなさい」
その声には、彼女の「聖なる導き(セイクリッド・レイ)」による精神の平穏を促す気が乗せられており、闘技場を包んでいたギスギスとした空気が一瞬で霧散した。だが、同時に放たれた「皇族としての絶対の威圧」に、アカデミーの引率や、宮廷府の裏切りを画策する役人たちが、思わず息を呑んで背筋を正す。
「……流石は紗夜殿下だ。一言で場の主導権を完全に握ってしまわれる」
1回生クラスの後方に控えていたエドガー・レオンハートが、口元に「折れてクシャクシャになった煙草」をくわえたまま、ぼやくように呟いた。細めのスクエアメガネの奥にある瞳は、完全にめんどくさそうな色に染まっている。そんなエドガーの肩を、隣に立つ黒髪ロングポニーテールの美女――九条朧が、軍服スーツの腕を組んだまま、からかうように小突いた。
「どうしたエドガー。お前が仕込んだ「大暴発トラップ(偽)」の手柄で勲章が授与されたのが、そんなに嫌か?」
「当たり前でしょう、朧さん。お陰で実家の脳筋兄貴から「お前こそが当主にふさわしい!」って手紙が毎日山のように届くんですよ。全部あの規格外の殿下(焔光)が仕組んだシナリオのせいだ……。本当に、早く隠居したいですよ」
二人の視線の先では、闘技場の中央の巨大な魔導電光掲示板に、第一試合の組み合わせが表示されていた。因みに、この模様は通信魔導具により配信されており、居残り組は、学園等で視聴している。
対戦の順番は、1回生から始まり、徐々に最上級生である6回生へと上がっていく。事前にお互いに連絡し合い、確定していた代表メンバーの名前が、眩い光とともに刻まれる。
「第1試合(1回生対決):ノア・メイリン(皇立学園) VS セド・カドス(デカマギア・アカデミー)」
「うおおお! 私の番ですね! 行ってきます、焔光の兄様!」
名前を呼ばれた瞬間、14歳にして飛び級入学を果たした小柄な少女、ノア・メイリンが跳び上がった。栗色の髪を実戦の邪魔にならないようツインおだんご頭にまとめた彼女は、活動的な改造制服を翻し、やる気満々で闘技場へと駆け出していく。
「ノア、無理はしちゃダメだよ。相手は何か仕掛けてくるかもしれないからね」
「へーきへーきです! 師匠(鍛神)の教えもありますし、私の「次元工廠」の重兵器をご馳走してやります!」
無邪気に笑って手を振るノア。だが、その背中を見送る焔光の瞳が、わずかに細められた。
焔光の「気流読み」が、対面から入場してくるアカデミー代表、セド・カドスの全身を覆う不気味な気流を捉えていたからだ。
セド・カドスが身に纏っているのは、隣国が開発している最新兵器「万象機甲」。失脚した皇族次男・烈真が使っていた「外法工廠」の量産型である禍々しい魔導アーマーだ。魔石を交換する事で、装着者のギフトに関わらず好きな一般属性を2つ同時に使えるようになり、自身のギフト属性と同じ物を設定するとギフト強化されるという、歪んだ技術の結晶。
「皇立学園の皆様は、温室育ちの雛鳥ばかりと聞いていましたが……まさか、そんなちんちくりんの子供を代表に選ぶとは。アカデミーも舐められたものですね」
セドが機甲の音声増幅機能を使って、場内に響き渡る声で挑発する。
「な、なんですってー!? ちんちくりんって言いましたね! このエイシン国風の機甲着てるくせに生意気です! 私のコレクションの方が、何百倍も機能美に溢れてます!」
ノアがぷくーっと頬を膨らませて怒るが、その表情の裏には、どこか上の空な、浮ついた高揚感があった。
(……おかしいな〜)
焔光は観客席からノアの「気」を凝視していた。
ノアの気の流れが、異様なほど昂ぶっている。いや、昂ぶっているというよりは、体内の全エネルギーが、ある一つの「一点」に向けて不自然に誘導され、今にも暴走しかけているような、そんな歪な流れ。
(昨日の夜、ノアが嬉しそうに見せてくれた、あのからくり人形……)
脳裏をよぎったのは、大会直前、ノアがメディチス財閥系の商人から「伝説の名機工が手がけた超激レア物」として大喜びで購入したという、魔鋼ゴーレム・タイタンのミニチュアだった。
兵器マニアのノアにとって、それは喉から手が出るほど欲しかった最高峰のコレクション。
「あのゴーレムに気が向いているのか、集中出来てないんだよなあ。大丈夫かな?」
「両者、構え――始め!」
審判の合図とともに、闘技場の幕が上がった。
「喰らいなさい! 「万象機甲」最大出力――雷撃!」
セドが腕の魔導砲を掲げると、バチバチと激しい青白い電撃がチャージされ、凄まじい速度でノアへと放たれた。
「させるかです! 「次元工廠」、展開――ッ!?」
ノアがいつものように、自身の背後に亜空間の武装格納庫を展開しようとした、その瞬間だった。
ガクン、とノアの膝が崩れた。
「あ、あれ……? 力が、入らな……」
全身の「気」が、まるで底なし沼に吸い込まれるように一瞬で消失していく。顔面から血の気が引き、蒼白になったノアは、亜空間の隙間から重兵器を呼び出すことすらできず、その場にへたり込んでしまった。
観客席の誰もが、何が起きたのか分からず首をかしげる。知識の豊富な上級生たちや宮廷府の役人たちすら、「緊張による失策か?」と囁き合う。
そんななかで膨大な気の気流を看破できる焔光だけが、ノアの様子が完全におかしいこと(異常な気の枯渇)に気がつく。「やはり、ゴーレムか!」
まさに、その内部には、シェイラが仕込んだ極悪な呪術魔石が組み込まれていて、ギフト使用時に、通常の数百倍の気を強制的に消費、肉体を内側から枯渇させるという罠が仕込まれていた。
1回生の試合だけは、是が非でも皇立学園を確実に敗北させ、焔光を引きずり出すための、シェイラの冷酷な謀略。
そして、セドの放った凶悪な雷撃は、容赦なく、無防備なノアの小さな身体へと迫っていた。直撃すれば、命の保証はない。
「ノア――!!」
風花が悲鳴のような声を上げる。
その瞬間、観客席の最前列で、焔光の右手が微かに動いた。
(……させないよ)
焔光の放った、誰の目にも見えない極小の無属性の「気」が、自身の足元の影を突き抜け、闘技場の中央へと一瞬で伝う。それは焔光の棲処(亜空間)と繋がり、危機を察知した相棒を呼び覚ました。
「キュイッ!!」
闘技場に、場違いなほど愛らしく、しかし圧倒的な神聖さを宿した鳴き声が響き渡った。
ノアの目の前の空間がぐにゃりと歪み、そこからヒョコッと飛び出してきたのは、全身が雪のように真っ白な、モフモフの子狐――仙だった。ふさふさとした3本の尻尾を揺らし、背中には愛らしい白い翼を広げた聖獣が、トコトコと大空を蹴るようにしてノアの前に立ちはだかる。
「な、なんだあの魔獣は!?」
セドが驚愕の声を上げるのと、雷撃が着弾するのは同時だった。
センが、その小さな白い翼を大きく一閃させる。
瞬間、ノアの周囲に、透き通るような強固な「亜空間結界」が展開された。物理、魔力の一定以上の力を「亜空間へ吸収して無に還す」絶対の盾。
ドガァァァン!!
凄まじい爆音とともに雷光が炸裂したが、眩い光が収まった後、そこには傷一つ負わず、センのモフモフの背中に守られてキョトンとしているノアの姿があった。センは「キュイン♪」と満足げに鳴くと、焔光の「クッション光弾」をねだるように、客席の焔光に向けて尻尾を振っている。
静寂が闘技場を支配した。そして、審判の困惑した声が、拡声のマジックアイテムを通じて場内に響き渡る。
「……第、第一試合! 皇立側の明確な第三者(魔獣)による戦闘介入が認められました! よって、規則に基づき――ノア・メイリンの反則負け! 勝者、デカマギア・アカデミー、セド・カドス!」
わあああ、とアカデミー側の観客席から勝鬨が上がる。
1回生の交流武術大会は、こうして終わった。だが試合はさらに続く。




