歓迎と緩和
少し長めです。
「聖アウグスト皇立魔導武官学園」の正門前広場。東方領、そして「聖域」での激動の旅路を終えた焔光の馬車が静かに停車したその瞬間、張り詰めていた学園の空気が一気に、そして大爆発を起こすようにして弾けた。
御付きの者が恭しく馬車の扉を開く。
そこから、至って平凡な「期待外れ皇子」の頼りない仮面をしっかりと貼り付けた少年――焔光・フォン・アウグストが、少し疲れたような笑みを浮かべて一歩を踏み出した。
「ふぅ、やっと学園に戻ってこれたな……」
焔光がそう呟いた刹那、地面を激しく揺らすような地響きと共に、異様な熱気と殺気を放つ集団が猛スピードで突撃してきた。
「来たぞォォォ! 我らが至高の歩くパワースポット、「ラッキーぷりんす」焔光殿下のご帰還だァァァ〜!」
「焔光殿下ァ! 此度の東方領でのご活躍、そして街道での無傷の魔獣討伐! 全ては貴方様の持つ底知れぬ幸運の奇跡の賜物と、我ら親衛隊一同、深く魂に刻んでおります!」
風花様親衛隊(非公認)の面々である。焔光の足元へ滑り込むと、高級な魔石や、どこで手に入れたかも分からない怪しげな幸運の護符、さらには最高級のお菓子などを「ご利益のお礼です!」と叫びながら次々と地面に並べ、一斉に拝み始めた。
「ラッキーぷりんす万歳! さあ、我らにさらなる強運の御加護を!」
「あはは……みんな、お久しぶり。でも、拝むのは本当にやめてほしいなぁ……」
焔光が困惑の苦笑いを浮かべたその時、広場の温度が物理的に重さをまし、同時に暴風が巻き起こった。
「――どきなさい、お兄ちゃんの歩く進路を塞ぐ有象無象ども!」
真横から文字通り飛んできた風花が、「風」と「無」の複合ギフトによる凄まじい突風を解放。地面にへばりついていた親衛隊の面々を、文字通り塵のように数十メートル彼方へ吹き飛ばした。
「お兄ちゃん! 寂しかった! 寂しかったよぉ〜!」
暴風をまとった風花が焔光の胸に飛び込もうとした瞬間、横合いから圧倒的な「気の障壁」が展開され、風花の突撃がピタリと止められる。
「あらあら、風花ちゃん。焔光くんは長旅で疲れているのよ? そんなに激しくぶつかったら可哀想でしょう?」
優雅な足取りで、しかし凄まじい圧力を伴って現れたのは「大賢」エミール・ノエルである。豊満な胸を強調するように、彼女は焔光の目の前へと割り込んだ。
「お帰りなさい、焔光くん。本当に寂しくて死んじゃうところだったわ。さあ、まずは二人きりでゆっくりとお茶を――」
「ちょっと、ノエル様! お兄ちゃんを狙うのは、やめてください!」
風花がフンス!と鼻を鳴らしてノエルを睨みつけ、二人の間でバチバチとした凄まじい魔力の火花が散り始めた。
だが、修羅場はそれだけでは終わらない。馬車から、氷色の美しい髪をなびかせた神楽凍華が、これまたウキウキとしたオーラをまとって降り立ってきたのだ。
「二人とも。学園ではあなたたちに邪魔ばかりされていたけれど、帰りの船では私と焔光は、それはもう濃密な時間を過ごしてきたんだから。学園に戻ってからも、焔光の隣は私よ。どいて。」
「な、なんですってぇぇぇ!?」
「凍華先輩……それは聞き捨てならないわね?」
凍華が「同じ船(※実際は剣聖(瞬)も蒼真も一緒だったが、意図的に省略)」という特大の爆弾を投下したことにより、風花、ノエル、凍華の三人が焔光の目の前で、互いの魔力とギフトを激しく衝突させながら、完全に揉め始めた。空間が凍りつき、暴風が吹き荒れ、大賢の光が乱舞する。一歩間違えれば学園の正門が物理的に崩壊しかねない天災級の騒ぎであった。すかさず、朧と孔明が結界を張って外への影響をおさえたのは、内緒である。
(……うわぁ。戻ってきた途端にこれか。みんな、相変わらず元気すぎて頭が痛いな……)
焔光がシレッと数歩後ろへ下がり、他人事のようにその光景を見つめていると、横からふわりと新緑のような爽やかな香りが漂ってきた。
「あの……お、お帰りなさいませ、焔光様……っ!」
「ガチ恋乙女」のシャーロット・ヴァンダムが、顔をリンゴのように真っ赤にして、モジモジとしながら焔光の隣へと滑り込んできた。
「ヴァンダム(商会)さんのところも、色々と(国営のサポート)大変だったみたいだね。影響とかはなかった?」
「ひぇっ!? は、はい! 焔光様にお会いしたくて、その、歓迎のポエ……いえ、お手紙を書いてきましたの!」
シャーロットが赤面しながら、必死に胸元から熱烈な歓迎の手紙を差し出そうとする。
そこへ、さらなる絶対的な気品と覇気をまとった人物が、優雅に歩み寄ってきた。
「本当に、私の焔光は、どこへ行っても女の子たちを狂わせてしまう罪な男ね」
第一皇女、紗夜である。
「紗夜お姉様、此度は「学園の特別視察官」としてご足労頂いてるようで。わざわざ出迎えに来てくれたんですか?」
「ええ。貴方がいない学園なんて退屈極まりないもの。それに、シェイラ義姉上、隣国の狐や財閥がアカデミーを使って、学園へ悪巧みを仕掛けたと聞いては、この私が直々に査察に入って、害虫を一掃してあげないといけないでしょう?」
紗夜は自身の「無(因果予測)」の瞳で、焔光が怪我をしていないこと、そしてその奥底に眠る規格外のチート能力(本質)がさらに鋭さを増していることを看破し、満足げに微笑んで、焔光の頭を優しく撫でた。
風花たちが「あ! シャーロットさんと紗夜様(叔母様)が、ドサクサに紛れて焔光くんに抜け駆けしてるわ!」と気づいてさらに大騒ぎになり、広場の混沌が極限に達した、まさにその時だった。
パカッ、と、なんの脈絡もなく、焔光のすぐ足元の空間(空気)に、小さな黒い裂け目が現れた。
「ミィ……?」
その裂け目から、ノコノコと一匹の生き物が顔を出した。
全身が雪のように真っ白で、モフモフとした最高級の毛並みを持つ、小さな子狐姿の生き物。お尻にはふさふさとした3本の尻尾が揺れ、仙人のような立派で長い白い眉が顔の横から後ろに向けピンと伸びている。背中には、天使のような愛らしい白い翼がパタパタと羽ばたいていた。
聖域の神託の祠から、焔光の亜空間(格納庫)をすっかり気に入って勝手についてきてしまった聖獣――仙、であった。
「あ、セン。出てきちゃダメだって言ったのに……」「ミィィ!」
センは焔光の注意などどこ吹く風で、目に見えない亜空間の足場をトコトコと楽しそうに蹴りながら空中を散歩し始め、大好物である焔光の「クッション光弾」の気の匂いを嗅ぎつけて、彼の周囲を嬉しそうに飛び回り始めた。
だが、このあまりにも愛らしくも異質な「浮遊する白い翼の不審生物」の登場に、学園の広場がピタリと静まり返る。
その瞬間、影から音もなく滑り出てきたのは、専属執事の孔明と、専属侍女のミーナであった。
「――主の身辺に不審生物を近づけるわけにはいかない。排除する」
「焔光殿下、お下がりください。ミーナが直ちに捕獲(駆除)いたします」
主への忠誠度がカンストしている二人は、センをエイシン国やメディチス財閥が放った「新種の暗殺用魔獣」あるいは呪術生物だと瞬時に判断。孔明が「闇」のギフトによる影の刃を放ち、ミーナが「木」の生命力による超身体強化で、物凄いスピードでセンを捕らえようと跳躍した。
だが、地脈を護る皇国最古の聖獣であるセンの実力は、見た目のモフモフさに反して規格外だった。
「ミィ!」
センは短い鳴き声を上げると、背中の白い翼をバッと大きく広げた。
その瞬間、彼女を中心に、眩いばかりの純白の「強固な結界」が球体状に一瞬で展開される。
ドォン!!
孔明の放った影の刃は結界に当たった瞬間、その闇のエネルギーを完全に浄化されて霧散。ミーナの超怪力の突撃も、結界の強固な障壁にボンっと弾き返され、二人は空中で綺麗に姿勢を崩して着地する羽目になった。
「なっ……影の暗殺術が、完全に「清められて」消された……!?」
「ミーナの身体強化の手応えが、まるで強固な壁にぶつかったかのように無効化されるなんて……!」
驚愕する二人の前で、センは自慢げに仙人眉を揺らすと、自らの小さな光弾をポンッと吐き出した。そして、それを器用に「ハート型」へと可愛く成形してみせ、これ見よがしに全員に見せびらかしながら、焔光の肩の上へとトンと着地し、ふさふさの尻尾を彼の頬に擦り付けた。
「ミィ♪」
「……あの、みんな、武器を収めて。この子は敵じゃないんだ」
焔光はいつもの気弱な笑みを浮かべ、肩の上のモフモフの頭を優しく撫でながら、唖然としている全員に向かって紹介を始めた。
「この子は、聖域の島で僕に懐いて、勝手についてきちゃった精霊……みたいな子なんだ。名前は「仙」。とってもマイペースだけど、悪さはしないから、みんな仲良くしてあげてね」
「ミィィ!」
センは焔光の紹介に合わせて、嬉しそうに白い翼をパタパタと羽ばたかせた。
その愛らしい姿と、先ほどの孔明たちの攻撃を赤子をあしらうように無効化した圧倒的な結界の力(本質)を見て、広場にいた皆が騒ぐ。
「……お兄ちゃん。そのモフモフした可愛い新顔はなぁに? 亜空間から出てきたってことは、お兄ちゃんの「無属性」の中に、ずっと一緒にいたってことよね……? お兄ちゃんの隣の枠を狙う一匹が増えたわぁぁぁ!」
風花の「風」が再び激しく渦巻く。
「あら〜、とっても高貴で、地脈の破邪の力を感じるわね。……でも、焔光くんの肩の特等席に居座るなんて、大賢の私に対する挑戦かしら? そのモフモフ、毟り取ってあげましょうか?」
ノエルが笑顔のまま、凄まじい光の圧力をセンに向ける。
「本当に焔光にベタベタして……。私の氷結で、その子は凍らせ亜空間の格納庫に戻そうかしら?」
凍華も刀の柄に手をかけ、氷色の瞳を細める。
「かわ……可愛すぎますわ! でも、焔光様の肩に乗って撫でて貰うなんて、う、羨ましすぎます……! 私も、私も焔光様にモフモフされたいですわ!」
シャーロットは別の方向で限界突破して悶絶していた。
第一皇女の紗夜だけは、自身の因果予測の力で、このセンこそが皇国の地脈の楔を護る伝説の聖獣であることを瞬時に看破し、
「フフッ! さすが私の焔光ね。国宝級の聖獣をマスコットにして連れ帰ってくるなんて、本当に退屈させないわ!」
と、激しく火花を散らす風花やノエルたちの修羅場を、最高に楽しそうに高笑いしながら見守っていた。
「ミィ……?」
迫り来る女性たちの凄まじい愛と嫉妬の魔力(修羅場)の暴風を前に、センは全く動じることなく、むしろマイペースに焔光の「クッション光弾」をおねだりするように、彼の髪をモフモフと弄び続けていた。
焔光と風花、紗夜は学園長室へと移動した。
「皇帝陛下より、手紙を預かっております。織姫叔母様と焔光、風花宛です。」紗夜が真面目な顔で発言する。「手紙を要約すると、「此度のアカデミーの件、すまぬ。あきらかな企みが有るのは承知してるが、恵海里が最近、何かに怯えてるようで、一度家から出し、織姫や焔光、
風花に預け、様子をみさせたい。申し訳無いが頼む」との事なのよね。」
「うふふ、皇帝陛下らしいわね。恵海里や孫に弱いのよね〜。海流や星羅が学園へ編入した際に、恵海里も引き取り、勉強の為として、兄弟と離れさせ、焔光や風花の側に置くことにしましょう。」織姫が焔光、風花をみながらお互い頷くのであった。焔光が何か気づいた様に「あっ、そう言えば恵海里が「侍女で唯一信用出来る。」と言っていた、ローゼさんを一緒に呼びましょう。」「そうね。手配してみるわ」紗夜が答えるのであった。
場所は変わり、生徒会長室。
焔光は、ヴァルハイト家で有るクラリスを気にかけ、様子を見に訪れていた。
クラリスは、長い髪を揺らし、複雑な光を宿した瞳で、目の前の「期待外れ」と呼ばれる少年を見つめる。
「……焔光殿下。先の東方領での騒動、我がヴァルハイト家が皇族に対して信じられない不敬を働いた事聞きました。……あの忌々しい家の一員として、深くお詫び申し上げます」
彼女は毅然とした態度を崩さないが、その声には実家への深い嫌悪が滲んでいる。
「私の母は、血の繋がりもない出来損ないの義兄を「優秀な我が子」と盲信し、実の娘である私には目もくれず、権力のために暴走して自滅した。本当に、救いようのない浅ましい一族です。実家から私に焔光殿下へ、とりなしの依頼が来てましたが、この期に及んで見苦しいとしか思えません。…私を一族の者として罰するのならば、どうぞお好きに。あの家に未練など一寸もありませんから。」
自分の存在を否定され続けてきたクラリスの、自嘲気味な言葉。
対する焔光は、いつものようにシレッとおっとりした笑みを浮かべ、首を横に振る。
「そんな、頭を下げないで下さい。クラリス先輩。悪いのは暴走した人たちであって、学園のために頑張っている生徒会長の先輩は何も悪くない。貴方は直接、僕を侮辱した事は無いし生徒会長として公平に接してくれている。……それに僕自身、実家(皇宮)のドロドロした政治劇にはうんざりしてるから、先輩が実家に冷めた目を向けちゃう気持ち、少しだけ分かる気がするんだ」
「……貴方に、私の何が分かると言うのです。貴方はノエル様やご実家にそれほど愛されているというのに……」
クラリスはフイと顔を背けるが、焔光の言葉に「打算や嫌み」が一切含まれていないこと、そして自分を「ヴァルハイトの道具」としてではなく「クラリス個人」として見つめている優しい器の大きさに気づき、その胸の奥がわずかに小さく疼くのを自覚するのだった。
学園へと帰還した主人公・焔光の周囲は、新相棒のセンを交え、いつも通り(あるいはそれ以上)の圧倒的な日常の混沌とによって、賑やかに幕を開けるのだった。




