東とアカデミーと
静寂に包まれた「聖アウグスト皇立魔導武官学園」の学園長室。重厚なマホガニーのデスクを挟み、二人の女性が対峙していた。
一人は、この学園の絶対的な統率者であり、全生徒から畏怖と尊敬を集める学園長、オリヴィア・シルフィード(織姫)。辺境伯家を支えた「強き女性」の風格をまとい、厳格で公平な眼光を崩さない。
そしてその正面に座るのは、失脚した次男・烈真の妻である、シェイラ・フォン・アウグストであった。
部屋の壁際では、一回生担任のエドガー・レオンハートが、火のついていないクシャクシャに噛み潰された煙草を口にくわえたまま、めんどくさそうに片眉を上げて控えている。さらに数名の学園教師や宮廷府の役人が、張り詰めた空気の中で固唾を飲んでいた。
聖リュウホウからの「焔光の本質を確かめろ」という密命を受けたシェイラは、扇子で口元を隠しながら、冷徹な計算が透けて見える艶やかな笑みを浮かべた。
「織姫叔母上、いえ、学園長。本日は我がメディチス財閥の私立学校―「デカマギア・アカデミー」と、この高貴なる皇立学園とのさらなる発展を目指し、3つのご提案に参りましたの」
シェイラは、細い指先で優雅に3本の指を立て、織姫へと提示した。
「まず第1に、デカマギア・アカデミーと本学園との間での「交流武術大会」の開催。双方の精鋭を競わせ、技術を高め合う場でございます。そして第2に、相互の「交換留学」として、デカマギア側から本学園の各学年に1名ずつ、優秀な生徒を参加・編入させ皇立学園から学んで頂き。……さらに第3に、皇立学園からもデカマギア・アカデミーへと、将来有望な生徒を「留学」として送り出し経験を広げて頂く。いかがかしら? 皇国の次代を担う若者たちにとって、これ以上ない刺激となるはずですわ」
その提案を耳にした瞬間、壁際のエドガーは(うわ、最高にめんどくさい企みを持ってきたな、この狐女)と内心で顔をしかめた。
各学年に1名ずつ送り込まれる交換留学生。そして学園側からの留学。その真の狙いが、堂々と学園内に自分の駒を引き込み、さらに「焔光」をデカマギアという財閥の完全な支配領域へと拉致、隔離して徹底的に試すつもりであることは、明白だった。
織姫は、シェイラから提出された書状に視線すら落とさず、ただ風のギフトによる空間把握でシェイラの微細な呼吸の乱れを完全に捉えていた。
「まずシェイラ、私は織姫でなく、オリヴィア・シルフィードよ。間違えないで!素晴らしい提案のように聞こえるけれど、我が学園は皇国の礎たる武官を育てる神聖な場。財閥の私立学校との交流など、手続きにも宮廷府の精査にも時間がかかりますわ。それに、交換留学生の選定基準も曖昧なままでは、生徒たちの安全を保証できません」
「あら、我が家の海流や星羅もこちらの学園でお世話になる予定ですのよ!これは皇国の未来のための純粋な教育支援ですわ。それに、夫・蒼真と財閥の「一部」がやらかした為に、没収含めた国家調査を受ける事になり、皇族次男の蒼真家、実家のメディチスもあらぬ疑いをかけられ、子供達も傷付いていますの。親の罪は子に及ぶのでしょうか?オリヴィア様の助けが必要なのです……
そして、宮廷府(摂政)の許可なら、すでに裏で話を進めさせておりますの。皇帝陛下も猫可愛がりの恵海里にお願いされては、即決でしたわ。おーほっほっほ!…そう言えば、恵海里もその時に一緒に特別編入させる様に仰せでしたわ!?とにかく、近いうちに宮廷府から正式な依頼書が届くと思いますわ。おーほっほっほ!」
高笑いするシェイラを、織姫は冷徹極まる琥珀色の瞳で見据えた。
(やはり、ここまで急に動くと言う事は、裏にいると言う、エイシン国王が動き出した合図かしらね。焔光の真の正体がチート能力を秘めていることに気づきはじめてる?……何としてもこの学園で、私とエドガー、そして朧の手で隠し通さねばならない。奴らの好き勝手にはさせないわ)
「……そう、検討しておきますわ、シェイラ。ですが、我が学園の規律を乱す者が留学生として紛れ込むようであれば、その時は学園長たる私の権限で、即座に排除いたしますので、そのおつもりで」
「ええ、もちろん。期待しておりますわ、学園長」
シェイラは満足げに席を立ち、学園長室を後にした。扉が閉まった瞬間、エドガーは「はぁぁぁ……」と盛大なため息をつき、噛み潰した煙草を指先で弄んだ。
「学園長、これあきらかにあの「ラッキーぷりんす」こと焔光殿下を引っ張り出すための罠ですよ。実家(北辺境伯家)との公式対談だけでも死ぬほどめんどくさかったのに、これ以上俺のクラスの生徒に厄介事を持ち込まないでほしいんですがねぇ……」
「黙りなさい、エドガー。どんな罠が来ようとも、私たちは彼を護るだけよ。朧にも連絡を回しなさい。学園内の監視を強化するわ」
「へいへい、了解ですよ……」
エドガーは、また来るめんどうを察しながら、頭を抱えて動き出すのだった。
場所は大きく変わり、皇国東辺境領――。
旅路を終え、軍港へと無事に帰還した蒼真、焔光、そして「剣聖」一ノ瀬瞬と神楽凍華の一行は、東辺境伯邸の最奥にある機密会議室へと足を踏み入れていた。
そこには、船上強襲の決定的な証拠(控え)を携えて一足先に東方の中央へと反転していた、「蒼天碧流騎士団」の団長、ジーク・シルフィードが、鋭い推察眼を宿した瞳を輝かせて待ち受けていた。
「――お待ちしておりました、蒼真殿下、焔光殿下」
ジークは力強く一礼すると、長机の上に数々の家令書類や、宮廷府の最高機密印が押された尋問調書をズラッと並べ、即座に調査報告を切り出した。
「発見した「襲撃計画書の控え」および「偽造通行証の控え」を宮廷府へ転送し、東辺境領に関係者を留める形で査察を開始いたしました。……結果から申し上げます。大収穫です」
ジークの言葉に、蒼真は静かに身を乗り出した。焔光はその斜め後ろで、相変わらず「期待外れ皇子」の頼りない表情を取り繕いながらも、その耳で全ての情報を精緻に聞き取っていた。
「まず、政務長ルシアン・バルテル。奴の執務室の隠し金庫から、メディチス財閥、および隣国エイシン国から流れていた莫大な「裏金」の帳簿を押収いたしました。ルシアンは言い逃れができなくなり、すでに宮廷府の特務官の尋問に対し、全ての偽造書類の発行と、サレへの情報漏洩を自白。現在、東辺境伯家の地下牢にて厳重に拘束されております」
「ルシアンが落ちたか。手際が良いな、ジーク」
蒼真の賞賛に、ジークは不敵に笑う。
「そして、問題の財閥顧問マルキ・ド・サレですが……奴はルシアンの身柄が抑えられたと察した瞬間、東の関所を突破して逃亡を謀りました。ですが、殿下のご指示通り、東辺境伯イザーク様に「弟のイゴール様は、魔人の気で洗脳されている可能性がある」と伝えたところ、イザーク様が激怒。自ら辺境伯騎士団を率いてサレの退路を完全に断ち、その身柄を確保いたしました!」
「イザーク辺境伯が自ら動いたか。やはり、根は高潔な武人だな」
「はい。現在、サレもまた魔法障壁付きの独房に入れられております。ただ……焔光殿下が看破された通り、奴は尋問中、人間の皮が剥がれるようにして「魔人」としての本性を現し、不気味な笑みを浮かべながら「我らの地脈侵食はすでに完成している、皇国は、もうすぐ内側から崩壊する」と謎な言動だけを繰り返しており、それ以上の口を割ろうとはしません」
「地脈侵食、か……」
蒼真は険しい表情で呟いた。だが、その背後で焔光は(サレさん、残念!君たちが祠に仕掛けていた侵食魔法陣は、昨日僕が「亜空間から黒孔弾」でシレッと消去してるし、おまけに「セン」を連れて来る代わりに僕の亜空間結界を完璧に張ってきたから、地脈はもうびくともしないんだけどね)と、心の中で盛大に苦笑していた。
「――それと、もう一点。これが最も重要な報告となります」
ジークの表情が、一気にシリアスなものへと引き締まる。彼は一枚の、エイシン国王――聖リュウホウの直筆の密書を提示した。ルシアンの隠し部屋から見つかったものだ。
「エイシン国王・聖リュウホウからシェイラ殿下、そしてサレ宛てに届いた指示書です。そこには……中央の蒼真派閥が崩壊した今、学園に子供たち(カイル、セレナ)を送り、子供たちが通うメディチスの私立デカマギア・アカデミーの総力を挙げ、何が何でも「皇子・焔光の本質を暴き、裏の力があれば引きずり出せ」と書かれておりました」
「な、何だと……!? 焔光を……!?」
蒼真が愕然として振り返り、我が子を守るようにその肩を抱いた。
「世間からは期待外れと噂されている焔光を、なぜ隣国の支配者がそこまで執拗に狙う……!?」
「おそらく、中央での烈真殿下の失脚、そして此度の東方領での強襲計画の完全な失敗の裏に、既存の英傑たちではない「未知の規格外の力」が動いていると、聖リュウホウが勘繰り始めたのでしょう。奴らは焔光殿下がただの期待外れの皇子ではないと疑っています。」
ジークはまっすぐに焔光を見つめ、「強襲ですが、計画では海賊だけでなく、魔魚たる魔獣、エイシン国の暗殺部隊、メディチスの私兵含め、かなりの人数を用意してたらしいのですが、実際の強襲前に、海賊以外は消えてます。…これ、焔光殿下と、おそらく「鵺」の仕業ですよね??」焔光は、そのジークの言葉を聞いて、肩を揺らし両腕を軽く広げて、「さぁ」とでも言うジェスチャーのみをしたのだった。ジークは、その瞳に「命に代えても、貴方様という本物の主君の器を護り抜く」という狂信的なまでの忠誠の炎を燃え上がらせていた。
「蒼真殿下、さらに重大な事が……シェイラ殿下への指示書ですが、どうもシェイラ殿下はエイシン国王・聖リュウホウの実子(実の娘)ではないかと思える箇所があったのです。」
「なに!…真で有れば皇室の最重要課題。ジークよ、隠密理に徹底的にシェイラ義姉上の出自を探らせろ。ルシアン、サレは中央に移送し宮廷府に裁かせろ。後は東辺境伯イザーク殿に自分の責任含め判断させ、結果を報告する様に伝えよ。」気色ばむ蒼真。ジークは「仰せのまま。」と静かに答え、また焔光を見る。
「焔光殿下。奴らはこれから、学園という舞台を使い、貴方様の本気を暴くためにあらゆる卑劣な罠を仕掛けてくるはずです。……ですが、このジークと西辺境伯家、そして神楽家、蒼天碧流騎士団の全てが、貴方様の絶対の盾となります。どうか、ご安心を」
「ジーク叔父様……。ありがとうございます」
焔光は恐縮したように気弱く微笑みながらも、その脳裏では、平凡な生活が狂ってきた、困ったなあ。とマイペースな考えを巡らせていた。
短槍の奥に眠る最高峰の名刀「カタナ」、そして新相棒の「セン」を亜空間に潜ませた少年は、迫り来る隣国の巨大な陰謀を前にしてもなお、全く動じることはなかった。
(まあ、どれだけ大層な罠を仕掛けてこようとも、僕はいつも通り、全てを片付けるだけだけどね)
久しぶりの学園生活に話は進む。




