遠方の疑惑とそこにある希望
聖域での充実した滞在を終え、いよいよ東方領へ戻る日がやってきた。
出港を控えた軍港には、島の最高権威を担う重鎮たちが顔を揃えていた。
まずは御神家の当主、御神操が穏やかな好々爺の笑みを浮かべて焔光の前に歩み出る。
「焔光殿下、祠の件と地脈の清め、真に有難うございました。歴史の観察者として、貴方様がこの先どのような未来を切り拓くのか、実に楽しみでなりませんぞ」
「操おじい様、お世話になりました。結界の維持、よろしくお願いしますね」
続いて、頑強な身体を誇る筆頭刀鍛冶の宗近が、無骨な手を差し伸べてきた。
「あの短槍、あるいはカタナの可変機構は焔光殿下の「絶技」があってこそ真価を発揮するもの。何があっても折れぬよう魂を込めました。どうか、お気をつけて」
「最高の武器をありがとうございます、宗近さん。大切に使わせてもらいます」
そして、一本の名刀のように鋭い覇気を放つ一ノ瀬迅徹が、満足げに腕を組んで焔光を見据える。
「瞬と凍華の技を瞬時に我が物とし、次元刀まで開眼してみせるとはな。黎真殿下と咲夜の息子がこれほどの器に育ったこと、あの世の二人も誇らしく思っているはずだ。学園に戻っても、その調子で世間を煙に巻いてやるが良い」
「はい、迅徹おじい様。また刀の手ほどきをお願いします」
老人たちは皆、周囲の目を気にして表向きは厳格な態度を装いつつも、その瞳の奥には隠しきれない孫バカならぬ主君バカの熱い輝きを宿していた。
続いて、神楽家の総本邸の面々との別れの挨拶へ移る。
凍華の両親である神楽弦人と神楽霧乃が、名残惜しそうに焔光の前に並んだ。
「焔光くん、本当に短い間だったけれど、元気な姿が見られて嬉しかったわ。学園に戻っても、無茶だけはしないでね」
「ありがとうございます、霧乃叔母さん。弦人叔父さんも、お体に気をつけて」
弦人は優しく微笑みながらも、ふと我が娘の方へと視線を向け、途端に複雑な心配顔になった。
それもそのはず、帰りの二号船には蒼天碧流騎士団の大部分が乗るため、一号船には蒼真、焔光、そして里帰りを終えた「剣聖」瞬と凍華が同乗することになったのだ。
行きとは違い、焔光と「同じ船」になれた凍華は、出発前からあからさまにウキウキとしたオーラを全身から放っていた。氷色の美しい髪を弾ませ、プロポーション抜群の身体を焔光にすり寄せるようにして、これからの船旅の妄想に胸を膨らませている。
(学園に戻ればまたあのノエル様や風花ちゃんに邪魔されるんだもの……この数日間の船旅で、絶対に焔光との距離を決定的に縮めてみせるわ!)
そんな娘の様子を見て、父の弦人と母の霧乃は「……凍華、くれぐれも焔光くんに無理な迫り方をして困らせちゃダメだからね?」「本当によ、お姉さんぶって暴走したら承知しないわよ」と、ひそかに冷や汗を流しながら過剰な心配を募らせていた。
最後に、聖域三家老家代表であり、焔光の母方の祖父である神楽源馬が、圧倒的な威厳をまとって前に進み出た。
「蒼真殿下、焔光殿下。此度の滞在、聖域の者一同、心より嬉しく思っております。東方の闇は深いが、我が神楽家をはじめとする三家老家は、いつでも後ろ盾として、協力は惜しまない覚悟だ。安心して進むが良い」
「源馬殿、温かいお言葉、感謝いたします。聖域のバックアップがあれば、中央での国家調査も盤石に進められます」
蒼真が深く頭を下げ、焔光もそれに合わせて「おじい様、ありがとうございました」と微笑んだ。源馬は内心で(あああ〜、焔光、頭を撫でてあげたい!」と悶絶していたが、当代当主としてのプライドでなんとかそれを押し殺し、厳かに一礼を返した。
さて、出港の直前、焔光にはどうしてもやっておかねばならない事があった。
今回、地脈を護る聖獣を自身に引き取り、島から連れ出すことになる。そのままにしておけば、祠の結界の力の源が消失し、島全体の地脈の気流までも乱れてしまう。
焔光は乗船してから出港の直前、ほんの数分周囲の目を盗んで、神託の祠の最奥へと転移した。
誰もいない祭壇の前で、彼は右手をスッと掲げる。
(センを連れて行く代わりに、僕の「亜空間」の力をここに置いていこう)
焔光が持つ無属性ギフト――亜空間を操るチート能力。彼は自身の膨大な気を用いて、祠の空間そのものを内側から包み込むように、強固な「亜空間結界」を構築展開した。
この結界は、外界からのあらゆる干渉を遮断するだけでなく、焔光の格納庫(亜空間)と微弱にリンクしている。これにより、センがどこにいようとも、彼女が本来放つべき聖獣としての清らかな地脈の気が、亜空間の回路を通じてこの祠へと常に一定量フィードバックされ、供給され続ける仕組みだ。
「よし、これで僕がどこにいても、聖域の結界と地脈は今まで通り維持されるな」
またひとつチート対応をシレッと行い、焔光は何事もなかったかのように一号船の自身の船室へと戻った。
船室のベッドに腰掛けると、彼の胸元の空間がぐにゃりと歪み、真っ白なモフモフの塊がヒョコッと顔を出した。
背中の愛らしい白い翼をパタパタとさせ、ふさふさとした3本の尻尾を揺らす子狐の聖獣――仙。
「セン、これからよろしくね」
「ミィ!」
嬉しそうに鳴く相棒の頭を、焔光は優しく撫でる。
センは嬉しさのあまり、自らの小さな光弾をハート型に可愛く成形して見せびらかし、大好物である焔光の「クッション光弾」の気を早くちょうだい、とおねだりするようにトコトコとベッドの上を駆け回っている。マイペースな彼女は、さっそく焔光の亜空間を我が家のように使いこなし、格納庫へとノコノコ戻っては、また楽しそうに顔を出していた。
「――焔光、お茶を入れたわよ」
その時、船室の扉が開き、ウキウキとした笑顔の凍華が盆を手に持って入ってきた。
「あ、凍華お姉ちゃん」
「ふふ、同じ船になれて本当に嬉しいわ。さあ、陸に着くまで、お姉ちゃんとたくさんお話ししましょうね。……あら、センちゃん、早速ベッドで寛いでいるのね」
「ミィ?」
すでに神託の祠でセンの姿を見て、焔光の亜空間へ飛び込む様も目撃していた凍華は、驚くことなく親しげに目を細めた。
「本当に可愛い子。だけど焔光、学園に戻ってその子を亜空間から出したら、風花ちゃんやノエル様がどんな顔をするかしらね? 「また焔光の隣に新顔が割り込んできた!」って、それはもう大騒ぎになると思うわよ?」
「あはは……確かに。基本は亜空間の中にいてもらうようにするよ」
ウキウキと迫ってくる姉弟子の過保護なアプローチに苦笑しながら、公用船の一団は、次なる謀略と、皆が大騒ぎする学園へと向い、静かに出港するのだった。
一方、その頃。
皇国と海を挟んで対峙する隣国――
「エイシン国」。
国の中心にそびえ立つ王城の一室。
そこには、周囲の人間を寄せ付けぬような、黒く冷徹な威圧感を全身から放つ男が佇んでいた。エイシン国の支配者、聖リュウホウである。その顔色は病的に悪く、土気色を帯びているが、瞳の奥に宿る悍ましい知性と野心の光は微塵も衰えていない。
彼の前に、一人の密偵が恐怖に震えながら平伏していた。
「――報告いたします! 聖域(始祖の島)の地脈を汚染し、皇国の結界基盤を崩壊させるべく展開していた「侵食魔法陣」が、術士もろとも、いきなり跡形もなく消滅いたしました……!」
「何だと……?」
聖リュウホウの低く掠れた声が室内に響く。その一言だけで、周囲の空気が薄く感じる程に重いプレッシャーが室内の文官たちを襲った。
「あの侵食陣は、我が国の最精鋭の術士たちと魔人の呪術を組み合わせた極秘裏の楔。東辺境伯領のルシアン、メディチスのサレの手配もあり、露見するはずがない。しかも、聖域ジジィの結界のせいで数年に僅かしか入れれず、やっと楔になりかけたのに。……いきなり消滅しただと?」
「は、はい……! 結界が破られた衝撃波や戦闘の痕跡すらなく、まるでその空間ごと、何者かに一瞬で「無」へと還されたかのように、完全に気配が途絶えたのです……!」
密偵の報告を聞き、聖リュウホウは細い指で自身の椅子の肘掛けをトントンと叩いた。その土気色の顔に、不気味なまでの冷たい笑みが浮かび上がる。
「……完璧に気配を消し去る無の絶技。確か、サレたちの皇族強襲計画も事前に潰されてたな。皇国に、我らの目を掻い潜るほどの怪物が潜んでいる可能性が高い。……もしや…」
聖リュウホウの脳裏に、皇国の中央で「期待外れ皇子」と噂され、三大英傑から徹底的な教育を受けたとされる一人の少年の名が浮かび上がった。世間では平凡な力しか持たぬと侮蔑されているが、その背後で起きる事象があまりにも不自然に我らの計画を阻んでいる。
「シェイラに伝えろ」
聖リュウホウは冷酷な瞳で前方を睨み据え、言い放った。
「あの「期待外れ皇子」――焔光の本質を確かめろ、とな。もし奴が噂通りの無能ならそれでいい。だが、もし奴がこの一連の計画を裏で葬り去っている元凶なのだとしたら……これ以上の脅威はない。正体を暴く為であれば、何を使っても構わん、奴の「本質」を引きずり出すのだ。」
「御意に……!」
密偵は影へと溶けるように退出し、不気味な暗殺の命令が、海を渡って再び学園へと送られようとしていた。
自らの正体(世界最強チート)へ向け、隣国の王自らが冷酷な牙を剥き始めたことなど露知らず、焔光は船の中で、センをモフモフと撫でながらシレッと帰路を急ぐのだった。




