刀(カタナ)
聖域の朝は、清らかな「気」に満ちている。
翌日、焔光は姉弟子である神楽凍華の案内に従い、鬱蒼とした木々に囲まれた島の一角へと足を運んでいた。たどり着いたのは、重厚な魔鋼の匂いと、絶え間なく響く槌の音が漂う、歴史を感じさせる広大な工房――筆頭刀鍛冶・宗近の仕事場である。
「おお、よくぞ参られた、焔光殿下。お待ちしておりましたぞ!」
奥から姿を現したのは、引き締まった頑強な肉体を持つ老人、宗近だった。58歳。ギフト「火」と「機(錬金鍛冶)」を極限まで高めた彼は、かつて勇帝(黎真)の武器をも手掛けた、皇国で唯一無二の名匠である。
宗近は厳かな手付きで、細長い長箱を焔光の前に差し出した。
「約束通り、武器の「調整」、すべて完璧に完了いたしました。……さあ、手にとってご覧くだされ」
焔光が蓋を開けると、そこには鷹の翼の装飾が施された美しい短槍が収められていた。見た目は学園で彼が使っているものと全く同じ。だが、焔光がそれを手に取った瞬間、内部に組み込まれた超高密度の魔鋼が、主の膨大な「気」を求めてかすかに共鳴し、震えた。
「その短槍には、わしの「機」のギフトによる錬金可変機構を極限まで組み込んであります。焔光殿下が特定の気流――すなわち「無属性の絶技」を流し込まれた瞬間、装飾である「鷹の翼」のレリーフがそれを感知し、一瞬で形状をバラバラに組み替えます。柄が縮み、翼が強固な「鍔」へと変形……そして穂先が超高密度の魔鋼の刃へと伸長し、最高峰の名刀「カタナ」へと姿を変えるのです」
宗近は誇らしげに胸を張り、さらに槍の側面に刻まれた微細な術式を指差した。
「さらに、もう一つのギミック――「鷹炎光輪陣」。短槍、あるいはカタナのどちらの状態であっても、特定の気を流すことで焔光殿下の背後後方に魔法陣が浮かび上がり、自動で回転を始めます。同時に、周囲に薄い結界障壁が展開される。この結界に当たった敵の攻撃は、すべて軌道を強制的に反らされて無力化(ベクトル反らし)される仕様です。……これなら、派手さに相手は目も行きますし、さらに「皇后陛下のスクロールの力が展開した〜」とか言い訳ができるかと?」
「……完璧です、宗近さん。これなら、僕の本当の力は誤魔化し、周囲を納得させつつ身を守れますね。本当にありがとうございます」
焔光は満足げな笑みを浮かべた。短槍を亜空間の格納庫へ仕舞い込み、二人は工房を後にした。
次なる目的地である一ノ瀬の道場へと向かう道すがら、案内を任された凍華は、まさに「ご満悦」という言葉がこれ以上ないほど似合う足取りで歩いていた。
この聖域の地において、焔光の隣を独占しているのは自分であると言う優越感。はとこ(親同士がいとこ)であると知ってからも焔光への感情は変わらない。
「ふふ、やっぱり聖域は良いわね、焔光。空気も美味しいし、何より邪魔な「野良猫」や「お邪魔虫」が一切いないもの。帰ってきた甲斐があったわ」
氷色の美しい髪をなびかせ、心なしか胸を張って自慢のプロポーションを強調するように歩く凍華。焔光は「あはは……そうだね、凍華お姉ちゃん」と苦笑しつつも、そんな彼女の機嫌の良さにどこかホッとしていた。
やがて見えてきたのは、古風ながらも圧倒的な歴史の重みを醸し出す巨大な木造建築――「刀を司る家」一ノ瀬家の総本山、一ノ瀬道場である。
静まり返った道場の重い扉を開けると、そこには二人の男が静かに佇んでいた。
一人は、腕を組んで不敵に笑う、「剣聖」一ノ瀬瞬。そしてその正面には、一本の枯れ木のようでありながら、周囲の空間そのものを威圧するような覇気を放つ迅徹が腰を下ろしていた。
「遅かったな、焔光。宗近のところで、極上のオモチャは受け取ってきたか?」
瞬が気怠げに声をかける。迅徹はゆっくりと目を開け、焔光と凍華を見据えた。
「よく来たな、焔光。挨拶は抜きだ。宗近が打ったあのカタナは、英傑クラスの気が通っても絶対に折れぬ神刀。だが、どれほど優れた武器があろうとも、それを扱う者の技が伴わねば宝の持ち腐れ。……瞬、凍華。お前たちの技を、今ここで焔光に叩き込め。一ノ瀬の、いや…聖域のワザを。このワシの目の前でな」
当主の厳格な指示を受け、瞬と凍華の表情が一瞬で「武士」のそれへと切り替わった。
「我が弟子に秘奥義を2つに分けて伝授した。お前には2つ供に今渡してやる。蓮に伝えし神速の剣技、受けとれ。」瞬が告げる、「我が師に渡されし、氷結の剣技、受けとれ」と凍華が静かに呟く。二人は刀を抜き、道場の中央へと進み出る。
「焔光、お前はすでに俺たちの「気」のベースをその身に宿している。だからこそ、理屈ではなく身体で覚えろ。――行くぞ!」
瞬の身体が、一瞬にして光と風の粒子となって掻き消えた。文字通りの「神速」。常人の目には捉えることすら不可能な速度で、瞬の木刀が焔光の首筋へと肉薄する。
だが、焔光は「気流読み」によって、瞬が動く数瞬前の「気の揺らぎ」を完全に看破していた。亜空間からシレッと短槍を取り出すと同時に、無属性の絶技を解放。
キィィィン!!
鋭い金属音が響くと同時に、装飾の鷹の翼がバラバラに組み替わり、強固な鍔へと変形。柄が縮み、穂先が超高密度の魔鋼の刃へと伸長する。宗近の打った最高峰の名刀「カタナ」が、瞬の神速の一撃を完璧に受け止めていた。
「素晴らしい反応ね、焔光! だけど、私の氷からは逃れられないわよ!」
横合いから凍華が地を滑るように接近する。「水」と「無(氷結)」の複合ギフトが解き放たれ、道場の畳が一瞬にして凍りつき、周囲の時間そのものが鈍化したかのような極寒の絶対領域が形成される。空間ごと敵を凍りつかせる氷結の剣技。
だが、焔光の持つ「無」のチート能力は、英傑の技術を同等以上に昇華させていく。
瞬の放つ「風と光の神速」の気流、そして凍華の放つ「水から発展させた氷結」の気流。その二つの究極の絶技が、かつて10才の時に英傑の気が流れ込んできた記憶と共鳴し、焔光の亜空間の気と共にカタナの中で完璧に融合していく。
「――「神速・時空氷結」!」
焔光がカタナを静かに一閃した。
その瞬間、道場に展開されていた凍華の氷結領域が、焔光の放った「より高密度で完璧な時空氷結の気」によって一瞬で上書きされ、逆に瞬と凍華の足元が完全に凍りついてその動きをピタリと停止させた。さらに、瞬をも凌駕する超神速の刃の残光が、二人の首皮一枚残したところで静かにピタリと止まる。
「……嘘、私の氷結を、力で上書きするなんて……!」
凍華が驚愕に目を見開く。瞬もまた、首筋に突きつけられた刃を見つめ、乾いた笑いを漏らした。
「おいおい、たった一回の打ち込みで、俺たちの絶技を完全に自分のものにしやがった。本当に、とんでもない怪物(天才)だよ、お前は!!」
だが、焔光の進化はそれだけでは終わらなかった。
二人から絶技を完璧に伝授され、その感覚が極限まで高まった刹那、焔光のカタナの刃が、不気味に、そして美しく黒く歪んだ。
彼自身が持つ「無属性(亜空間・時空干渉)」の本質、聖域の剣技と完全に混ざり合ったのだ。
「――これが、僕自身の「刀」の形……」
焔光が静かにカタナを横になぞるように振る。
パキィン、とガラスが割れるような美しい音が道場に響いた。彼が刃を振るった軌跡に沿って、現実世界の「空間そのもの」が物理的に両断され、その裂け目の向こう側に虚無の亜空間が顔を覗かせる。
空間ごと切り裂き、あらゆる敵を亜空間の刃で無に還す、究極の絶技――「次元刀」の開眼であった。
道場の奥でそれを見ていた迅徹は、驚愕のあまり持っていた杖を畳に落とし、震える声で呟いた。
「……空間そのものを切り裂く、次元の刃か。勇帝のブラックホールをも刀の技術として昇華させおった。黎真殿下、咲夜よ……お前たちの息子は、ワシらの想像を遥かに超える、本物の「主君の器」に育っておるぞ……!」
迅徹は目頭を熱くし、神楽源馬に負けず劣らずの圧倒的な孫バカならぬ、主君バカの瞳で焔光を見つめていた。
「ふぅ……。瞬師匠、凍華お姉ちゃん、ありがとうございました。すごく良い感覚が掴めました」
刀の可変ギミックを戻し、シレッといつもの平凡な短槍の姿に戻した焔光は、何事もなかったかのように穏やかに微笑んだ。
究極の専用兵器、そして「神速・時空氷結の剣技」と「次元刀」という新たなチート能力を手に入れた焔光。聖域での経験は、これ以上ないほどの成長を持って進んでいく。次なる目的地――【神託の祠】への道が、少年の前に静かに開かれようとしていた。




