威風堂堂(いふうどうどう)と和風慶雲(わふうけいうん)
神聖なる結界に守られた「始祖の島」の港へ、公用船が静かに滑り込む。
ここは人類初のギフトを神から授かった初代皇帝の出身地。皇国の法が及びながらも、独自の文化が色濃く残る絶対の聖域である。
上陸した一団――蒼真、焔光、そして「剣聖」一ノ瀬瞬と神楽凍華の4人は、迎えの者たちに案内され、島の最高指導権を握る名門・神楽家の総本邸へと向かっていた。出迎えたのは凍華の両親である神楽弦人と神楽霧乃。二人は焔光の姿を見るなり、愛おしげに、しかし周囲の目を気にしてどこか張り詰めた表情で一礼した。
「ようこそおいでくださいました、蒼真殿下、焔光殿下。当主をはじめ、三家老家一同、奥の間でお待ちしております」
「案内をありがとう、弦人殿、霧乃殿。急な訪問になってしまい申し訳ない」
蒼真がいつもの柔和な笑みで応じる中、その後ろを歩く焔光は、懐かしい島の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。
総本邸の最奥。始祖の島の伝統的な建築様式で作られた、広大な畳敷きの大広間。
その正面には、島を、そして聖域を統べる「三家老家」の当主たちが威風堂々と鎮座していた。
中央に座すのは、神楽家当代当主にして聖域三家老家代表――神楽 源馬。61歳。黒髪にわずかな白髪が混じる引き締まった体躯に、見事な着物と羽織を粋に纏っている。三大英傑すら一目置くという圧倒的な威厳と覇気が、その老躯から自然と立ち上っていた。
その右隣には、一ノ瀬家現当主であり剣聖・瞬の実父、一ノ瀬 迅徹。65歳。かつて皇国屈指の使い手として名を馳せた厳格な老人であり、その佇まいは一本の名刀のように鋭い。
そして左隣には、文と結界術を司る御神家現当主、御神 操。72歳。おっとりとした好々爺に見えるが、その瞳の奥には深い知性が宿っている。
一同が着座すると、大広間には一切の雑音を許さない、水を打ったような静寂と重苦しいまでのプレッシャーが満ちた。三人の老人が放つ威厳は、並の貴族であれば息をすることすら忘れるほどのものだ。
「――よくぞ参られた、蒼真殿下。そして、焔光殿下」
源馬が重々しく口を開く。その声は低く、地響きのように室内に響いた。
「東方領におけるメディチス財閥の不穏な動き、そして隣国の影……此度の迅速なる処置、実に見事であった。聖域としても、皇国の行く末を憂う三家老家としても、殿下の聡明なるご判断には深く敬意を表する」
「もったいないお言葉です、源馬殿。東の防衛線を守るため、そしてこの聖域を外敵から守るためにも、此度の地固めは必須でございました」
蒼真が皇族としての完璧な礼儀で応じる。
焔光はその斜め後ろで、気弱で平凡な「期待外れ皇子」の仮面を完璧に貼り付け、借りてきた猫のように小さくなって座っていた。周囲の誰もが、張り詰めた政治的対談が行われるものと信じて疑わない雰囲気だった。
しばらくの間、源馬と蒼真の間で東方領の戦後処理についての形式的な会話が交わされる。イザーク辺境伯の処分はいったん保留とし、体勢見直しを優先する事、ルシアン政務長やサレの取り調べの進捗。老人たちは皆、一寸の隙もない「聖域の長」としての威厳を保ち続けていた。
だが、一通りの事務的な確認が終わり、蒼真が「――私からの共有は以上となります」と告げた、その瞬間だった。
中央に座る神楽源馬が、ふっと視線を左隣の老人に向け、小さく頷いた。
「操、やってくれ」
「ほっほ、合図を待ちかねておりましたよ」
御神操が穏やかに微笑みながら、その細い指先を宙に滑らせる。
次の瞬間、大広間の空間全体が、目に見えない強固な光の壁で二重三重に包み込まれた。御神家当主が放つ、無属性と光属性の複合絶技「因果結界」である。この部屋の中で起きるあらゆる事象、音、光、そして「気」の揺らぎは、どれほど巨大なものであろうとも、外の世界へは一寸たりとも漏れ聞こえなくなる。外界からの探知も完全に遮断された。
完璧な隔離空間が完成した。
それを確認した刹那――。
ドッ、と正面の三人の老人から放たれていた「威厳」が、霧散するように綺麗さっぱり消え去った。
「――焔光ぅぅぅぅぅ!! よく来たなぁぁぁ、お前のじいじだぞぉぉぉ!!」
先ほどまで大陸級の覇気を放っていたはずの神楽源馬が、突如として顔をクシャクシャに崩し、畳を激しく踏み鳴らしながら焔光の側までやって来た。その瞳には、大粒の涙さえ浮かんでいる。
「あああ、可哀想に! 学園では「期待外れ」だの「出来損ない」だの、心ない有象無象に蔑まれているのだろう!? じいじは夜も眠れんほど心配だったぞ! おお、少し見ない間に痩せたんじゃないか!? 飯はちゃんと食っているのか!?」
「ちょ、ちょっと、源馬のじい様、落ち着いて……!」
焔光は「借りてきた猫」の仮面を剥ぎ取られ、苦笑いしながら身を引いた。だが、老人たちの暴走は止まらない。
「これ、源馬。蒼真殿下の前だぞ!少しは見苦しい真似を慎まんか」
一ノ瀬迅徹が厳格な声で窘める――かと思いきや、その目元は完全に緩みきっていた。
「焔光殿下。瞬から話は聞いているぞ。学園でも、そして此度の船旅でも、こやつら英傑の修行に耐え抜いた「お前の本質」を完璧に隠し通し、裏で全てを解決してるそうだな?黎真(黎真)殿下と咲夜(咲夜)の血が、ここまで恐ろしくも愛おしい怪物(天才)を生み出したかと思うと、私は嬉しくてたまらん! 瞬のやつも「俺の最高の愛弟子だ」と鼻高々だったぞ!」
「お、親父、勝手なこと言うなよ……。まあ、事実だけどさ」
後ろに控えていた剣聖・瞬が、呆れたように首の後ろを掻いている。
「ほっほっほ、相変わらず源馬殿も迅徹殿も孫バカが極まっておりますな」
御神操が髭を揺らしながら笑う。
「しかし焔光殿下。あなたが聖なる巫女の張った結界を10才で解き放ち、四英傑の力をその身に宿したあの日の気の揺らぎ……今でも鮮明に覚えておりますよ。歴史の観察者として、あなたが紡ぐ未来が楽しみで仕方がない。今日は島の特産料理を、これでもかと用意させてありますから、楽しみにしてくだされ。」
大広間は、一瞬にして「最強の老人たちによる過保護な孫大歓迎会」へと変貌を止げていた。
焔光の徹底的な隠蔽スタイルに対し、源馬は「流石はワシの孫、謙虚で実に素晴らしい!真の強者は目立つ必要などないからな。」と大絶賛である。裏で西辺境伯のバルトロや蒼真と密に連絡を取り合い、焔光のチート能力を世間から隠すためのバックアップ体制を完璧に敷いている老人たちは、身内だけの空間になった途端、ただの溺愛じいじへと反転するのだった。
「ほら、凍華も弦人も霧乃も、何を遠慮している! 焔光の隣へ行って、もっと労ってやりなさい!」
源馬に促され、待ってましたとばかりに神楽凍華が焔光の真横へと滑り込んできた。
「ふふ、お疲れ様、焔光。本当に、じい様たちの前だと隠し事ができなくて大変ね。でも、ここでは誰もあなたの足を引っ張る有象無象はいないわ。ゆっくりしていってね」
「うん、ありがとう、凍華お姉ちゃん。弦人叔父さんも、霧乃叔母さんも、はじめまして。」
「ああ、焔光くん。まだ赤ん坊の頃に会ってるんだが、覚えてないよな。本当に立派に成長して……」
凍華の両親も、涙ぐみながら焔光の手を握りしめる。蒼真はその光景を、実の我が子がこれほどまでに愛されていることを誇らしく思いながら、優しく見守っていた。
ひとしきり、モフモフした島のお菓子や料理を勧められ、胃袋を限界まで満たされそうになった頃。
一ノ瀬迅徹が、ふと真面目な顔をして焔光を見つめた。
「ときに、焔光殿下。聖域から贈り物を用意しておる。――まず、筆頭刀鍛冶の宗近のところへ行ってくれ。」
「はい、迅徹おじい様。僕の武器について、調整頂いていると聞いています」
「うむ。宗近が裏でお前のために、それはもうとんでもない専用兵器を開発・調整して待っておる。……だがその前に、だ。瞬、そして凍華」
迅徹は自身の息子と、その愛弟子へと視線を向けた。
「此度は里帰りがてらの同行、大義である。凍華、お前から焔光を案内してやるが良い。そして――道すがら、我が一ノ瀬の道場にも必ず寄るように。焔光、お前にはそこで、改めて我が一ノ瀬が伝える「刀」の技術、その真髄をこの老体の目で確認させてもらうからな」
「一ノ瀬の道場に……はい、わかりました。凍華お姉ちゃん、案内をお願いできる?」
「ええ、もちろんよ! 喜んで!」
凍華は嬉しそうに胸を張り、氷色の瞳を輝かせた。
「我が御神家からもひとつ、先の用事が終わったら、「神託の祠」へ行って貰う。皇帝の始祖が神託を受け、ギフトを授かった場所なれば、何か得るものがあるやもなのでな。」
「はい。操おじい様」
操からこの発言を聞いて、周りは驚いていた。
焔光は知らないが、「神託の祠」は、始祖がギフトを授かった場所であり、三家老家の当主か、選ばれし巫女のみが訪れる事が可能な神域であったからだ。
最強の老人たちの圧倒的な愛を受けながら、焔光の聖域での滞在が幕を開けたのだった。




