超特大パフェと、ご挨拶
ある休日、学園の喧騒を離れた皇都の一角に、新しく華やかな店がオープンしていた。ヴァンダム新興商会が新規開店した「喫茶・お茶処」である。
そのモダンな木造りの内装が香る特等席に、シャーロット・ヴァンダムとギルバート・ケッセルの案内によって、焔光たち一行は訪れていた。
「焔光殿下、風花殿下! 本日は我が商会のお店に足を運んでいただき、誠に光栄にございます……っ!」
ライトグリーンのセミロングヘアを揺らし、エメラルドグリーンの瞳を潤ませたシャーロットは、完全にピュアなガチ恋乙女として、顔を林檎のように真っ赤にしながら給仕をしていた。
その隣ではギルバートが、眼鏡の位置を指先で直しながら、狡猾な笑みを浮かべている。
「ええ、シャーロットお嬢様の言う通りです。焔光殿下、風花殿下。本日はお嬢様が日頃よりお世話になっている感謝の一環として、我が商会の最高傑作の甘味をご用意させました」
ギルバートの合図とともに運ばれてきたのは、もはや芸術品とも言える、器からはみ出すほどに果肉が盛られた「超特大・メロンパフェ」であった。
「わぁ……! すごいボリュームですね。美味しそうだ」
焔光が目を輝かせると、隣に座る双子の妹、風花が「フンス、フンス!」と激しい鼻息を漏らした。
「お兄ちゃん! 毒見はこの私が!ん!美味しい〜。 さあ、一番美味しい完熟のメロンを、あ〜ん、してください!」
「ちょっと待って!風花ちゃん! 焔光くんの最初の一口は、大賢たるこの私が至高の光ギフトで清めたスプーンで運ぶのが道理!」
「大賢」エミール・ノエルが、豊満な胸を弾ませながらスプーンを構える。お兄ちゃんLOVEの風花とノエルの間で、激愛な引っ張り合いが再び始まろうとしていた。
その斜め後ろでは、専属侍女のミーナと執事の孔明が、主の平穏を守るべく周囲に冷徹な警戒の目を光らせており、さらにその横では、ちゃっかり着いてきた、チャラ男隠密フォックス・シルフィードが、パフェを突っつきながら飄々とした口調で呟いていた。
「へぇー、美味そうじゃん! 焔光、こんな美少女怪獣どもに毎日囲まれて、よく胃に穴が空かねぇな。よし、可愛い従弟のために、この格好良い兄貴がパフェの半分を引き受けてやんよ!」
そんな賑やかな席へ、一人の黒髪の怜悧な少年が、完璧な商人の一礼をしながら音もなく歩み寄ってきた。
「——お騒がせしております。ヴァンダム新興商会、番頭見習いのレイ・フォンにございます。焔光殿下、風花殿下におかれましては、お気に召していただけましたでしょうか?」
携帯用の魔導端末を手にしたその少年を、焔光はパフェを口に運びながら、その瞳の奥にある絶対的な静寂でジッと観察していた。
(……なるほど。彼の「無(絶対記憶・瞬間算術)」と「風」の2属性の気……なんて明晰で淀みがないんだろう。風の気流で相手の呼吸の乱れや心音を察知して、嘘を完璧に見抜く対人交渉の化け物(天才)だね。しかし、自分の気の制御は、コレからかな。今も、シャーロットさんが僕の隣でアタフタしているのを見て、内心で激しい嫉妬を募らせているのが気流の乱れで丸分かりだ。シャーロットさんをよっぽど、大事に思ってるんだな……ふむ、面白い子だな)
焔光はシレッとした笑顔の裏で、レイの底知れない内政能力の本質を、その精密な気の分析によって完璧に読み解いていた。
一方、レイの方は、内心で(お、おかしい…流石に大賢ノエル様、英傑に迫ると言う風花殿下、あの御付きの執事とか言う方は、気流を薄くしか読めないが、それでも全員読めるのに、この焔光殿下は、気流を読もうとすると、まるで漆黒の闇に吸い込まれている感覚がして一切の気を読めない…)と冷や汗を流しているのだった。
翌日の放課後、学園の廊下で焔光は、ギルバートを伴って歩いていたシャーロットを呼び止めた。
「シャーロットさん、少し良いかな?」
「は、はい……っ! 焔光様、何用でしょうか……っ」
声をかけられただけで、シャーロットは胸元をぎゅっと押さえて初々しく赤面する。
「実はね、今度、君のご両親に一度正式にご挨拶をしたいと思っているんだ。日程を調整していただくことは可能かな?」
「——え?」
ご挨拶。その単語がシャーロットの脳内に響き渡った瞬間、彼女の頭の中では、とんでもない「妄想のビッグバン」が勃発した。
(ご、ご挨拶……!? 皇族の皇子様が、新興商会の私の両親に公式に会うということは……そ、それって、事実上の「婚約の申し込み(プロポーズ)」!? い、いつの間に焔光様は私をそこまで……!? あああっ、ウエディングドレスの生地は新緑のシルクが良いかしら、それとも皇室伝統の……っ!)
「ひぇっ……うあ、あわわ……っ」
脳内ポエムが限界突破し、完全に知恵熱を出して倒れそうになるシャーロット。
その隣で、ギルバートは一切動じることなく眼鏡の位置を直し、極めて合理的で打算的な笑みを浮かべた。
「お嬢様、落ち着ついて下さい。……焔光殿下、素晴らしいご提案です。商会総帥であるゴドルも、ナディア夫人も、喜んで時間を割くでしょう。数日後の夜、我が商会の本邸にて席を設けさせていただきます。」
ギルバートは「二人の間を取り持つ」という商家のエリートらしい狡猾な立ち回りで、即座に完璧な日程調整を完了させるのだった。
さらに数日後、ヴァンダム新興商会の豪華絢爛な総帥邸。
成金らしく仕立ての良いド派手な衣装と指輪を身につけた総帥ゴドル・ヴァンダム(44歳)と、妖艶な美魔女であり外交トップの妻ナディア(40歳)は、目の前に座る15歳の少年皇子を、緊張感を持って迎えていた。
「焔光殿下、ようこそ我が邸宅へ。我が娘シャーロットから、殿下の素晴らしい「ラッキーぷりんす」ぶりは、いつも聞いておりますぞ! ガハハハ!」
野心の塊であるゴドルは、メディチス財閥の失脚という大チャンスに血気盛んであり、娘がすでに皇子を骨抜きにしつつあると見当違いな方向で大満足していた。
焔光はいつも通りの「期待外れ皇子」の穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
「ゴドル総帥、ナディア夫人、お招きいただき感謝します。……本日は他でもありません。先の事件で没収された旧メディチス財閥の膨大な国営組織や支店の運営にあたり、我が家、蒼真家では現在、蒼真家直属として動ける事務対応可能な人材不足が深刻な問題となっておりまして、頭を抱えております。」
焔光は紅茶を一口啜り、シレッと言い放った。
「そこで、経済の最前線を走るヴァンダム新興商会の方々に、ぜひその国営工場の実務や兵站の運営を「お手伝い」という形でサポートしていただきたいのです。これは商会にとっても、新たな物流網を広げる大きなチャンスになるかと」
「おおお……っ!!」
ゴドルの目の色が変わった。メディチスが独占していた鉱山開発や魔石流通の利権に、商会が直接噛み込めるという、これ以上ない最高のリターンだ。
「なんとありがたきお話……! 我がヴァンダム商会、総力を挙げて蒼真殿下をお支えいたしましょう!」
「ありがとうございます。……そこで、もう一つ条件と言うか、お願いが。その国営利権の運営組織における、我が蒼真家との「最重要実務の窓口責任者」として、お宅の番頭見習いであるレイ・フォンくんを、父・蒼真の直属の部下として頂きたい(引き抜きたい)のです」
「……え? 私を、ですか?」
部屋の隅で控えていたレイ・フォン(16歳)が、驚愕のあまり携帯用の魔導端末を落としそうになりながら声を上げた。弱冠16歳の見習いを、国家規模の利権の最高責任者の一人に大抜擢するというのだ。
「ゴドル総帥、これは商会と我が家を繋ぐための、大切な人事です。レイくんの力が必要なんです」
焔光が優しく微笑むと、ゴドルは「当然ですとも! レイ、お前は今日から蒼真殿下の直属だ! 粉骨砕身働きなさい!」と即座に承諾した。
レイ本人は戸惑うものの、横からシャーロットが「レイ……お願い。焔光様のために、力を貸してあげて……っ!」と潤んだ瞳で手を合わせて頼み込んできたため、お嬢様であり、幼馴染への密かな思慕を持つレイは、胃をキリキリと痛めながらも「……畏まりました。お嬢様がそう仰るのなら、不肖レイ・フォン、その大役を謹んでお引き受けいたします」と承諾するしかなかった。
会談が終わり、焔光が帰路についた後。
ゴドルは「ガハハハ! シャーロットよ、本当によくやった! 皇子を完全に骨抜きにして、これほどの利権を持ってこさせるとは、さすが我が娘だ!」と大喜びしていた。
しかし、母親のナディア、植物から人間を魅了する香気を操作する美魔女であり、商会の「社交・外交部門」のトップとしての経験からか、窓の外を去っていく少年の背中を見つめながら、全身にゾクゾクとするような冷や汗を流していた。
「……あなた、少々落ち着きなさい。……あの焔光殿下、世間では「期待外れ」だの「強運なだけ」だのと噂されていますけれど……とんでもないわ」
ナディアの魅了のギフトは、人間の感情や気配の機微に極めて敏感だ。彼女の感覚が、焔光の脳裏にある「恐るべき本質」を微かに看破していた。
「あの少年、私たちの損得勘定も、ギルバートの企みも、レイの隠された能力も、そのすべてをはじめから完璧に視透かした上で、一番自分達に都合の良い盤面をシレッと構築していったわ。……あの方は期待外れなどではない。底の知れない、本当の怪物よ……シャーロットあの方には打算で近寄っては無理よね。そう言った意味では、今の接し方が正解だわ…」
別の日、皇宮の東翼にある蒼真の執務室。
膨大な没収帳簿の山を前にして、頭を抱えていた蒼真の元へ、焔光が静かに足を運んでいた。
「父上、メディチスから流れ込んだ利権の運営、やはり人材不足で滞っていますか?」
「ああ、焔光。旧財閥の嫌がらせか、帳簿の数字がどれも酷く歪められていてね。市場の価格変動を読み解くだけでも、宮廷府の役人が数十人いても足りん状態だ」
苦笑する父親のデスクの上に、焔光は一枚の推薦書をシレッと置いた。
「でしたら父上。ヴァンダム商会から引き抜いた、このレイ・フォンくんを、蒼真家直属として、国営利権運営の「最重要実務の責任者」のポジションに、強く推薦します」
「レイ・フォン? 確か、まだ16歳の見習いだろう? いくら何でも若すぎるのでは……」
「いいえ、お父様。彼の「無」と「風」の属性の本質を、僕は「お茶処」で完璧に読みました。彼は一度見た帳簿や市場の変動を絶対に忘れない絶対記憶の持ち主であり、風で対人交渉の嘘をも完璧に見抜く、相場読みの化け物(天才)です。彼一人いれば、宮廷府の役人が千人いるよりも、正確にこの利権を蒼真家の財産へと組み替えられます」
15歳の息子の、あまりにも確信に満ちた、淀みのない気の分析。蒼真はゴクリと唾を飲み、焔光のその「人の本質を見抜く眼力」に改めて深い畏怖を覚えながら、その推薦書に正式なサインを入れた。
「分かった、焔光。お前がそこまで言うのなら、彼に任せよう」
こうして、打算の監視役ギルバートの空回りを他所に、最強の頭脳であるレイ・フォンを蒼真家直属に獲得した焔光。
今日も完璧な「期待外れ」の仮面を被りながら(だいぶ、見抜かれながらも)、平穏な学園生活という名の盤面を、優雅にコントロールしていくのであった。




