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オールゼロの英傑継承者〜魔導学園で「期待外れ」皇子は、すべてを亜空間で無効化(ミュート)する〜  作者: はる吉
第2章:黒耀の影

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黒の策略と無の策略

少し長めです

聖アウグスト皇立魔導武官学園の第一演習場、その地下に設けられた選手控室は、嵐の前の静けさに包まれていた。

地上からは、結界解除の噂を聞きつけて集まった全校生徒のざわめきと、宮廷府警察や皇帝近衛騎士、そしてジーク・シルフィード率いる「蒼天碧流騎士団(そうてんへきりゅうきしだん)」が演習場を何重にも包囲する物々しい足音がかすかに響いてくる。

「よし……これで最後だね」

焔光(こうえん)はシレッと、専属侍女のミーナ、双子の妹の風花(ふうか)、兄弟子の一ノ瀬蓮、姉弟子の神楽凍華(とうか)、そして妹弟子のノア・メイリンの五人の制服の胸元に、細やかな光の紋章を刻み終えた。

表向きは「エドガーと朧が開発したダメージ緩和術式」とされるその説明を五人にそっと耳打ちする。

「これはね、僕の「手品」のタネ明かしなんだけど……「鍛神」破岩師匠の次元を操る力をベースに、魔鋼と魔石の気流を応用して「防御」へと変換しているんだ。だから、あっちの騎士団が四大英傑を上回る気でも出力しない限り、僕たちにダメージを与えることは絶対にできないよ」

「……へぇ、英傑以上じゃなきゃ通らない防御ねぇ。そりゃあ最高だ」

蓮が頼もしそうに口元を緩め、凍華も「さすが、私たちの可愛い弟ね。信頼の置き甲斐があるわ」と氷のように美しい瞳を細める。

だが、ノアだけは昨日の鍛神との会話もあり、その術式の本質——空間の僅かな歪みを鋭く感知し、内心で目を見開いていた。

(これ、防御なんて生温かいものじゃない……! 兄様の無属性ギフトの応用、亜空間を使った「絶対防御障壁」だ……! 攻撃を防いでるんじゃなくて、触れた瞬間に攻撃そのものを亜空間へ「吸収」して無に還してるんだ。これ、実質無敵じゃない……!)

15歳にして四大英傑の力を同等以上に使いこなす焔光のチートっぷりに、ノアは改めて深い畏怖と、それ以上の深い憧れを募らせるのだった。

その時、控室の重厚な扉が、凄まじい「気」の波動とともに勢いよく撥ね飛ばされた。

「——焔光くん!! 私も、私もお隣に立たせて〜〜っ!!」

なだれ込んできたのは、抜群のプロポーションを誇る5回生であり、現【大賢】のエミール・ノエルであった。凄まじい悲壮感を湛えて焔光へと掴みかかる。胸の急成長と共に暴走する彼女の恋心は、お兄ちゃんLOVEで「フンス! フンス!」と横で怒髪天を突いている風花と激しく火花を散らした。

「ノエル様、落ち着いてください」

焔光は至ってマイペースにノエルを宥め、真っ直ぐにその瞳を見つめた。

「四大英傑であるノエル様がメンバーに入ってしまっては、学園側が勝利して当たり前になってしまいます。だからこそ、烈真(れつま)叔父上も「大賢様は救護側に回るように」なんて事前に牽制の発言をしていたんですよ。ここでノエル様が出れば、あの叔父上に「英傑が介入したから負けたのだ」と言い訳を与えることになります。だから、却下です」

「ううっ……それはそうだけど、でも……!」

「僕たちは必ず勝ちます。だから、特等席で見守っていてください。ノエル様が僕たちの戦いを見守ってくださると思えば……それだけで、僕の中に百万人分の勇気が湧いてきますから」

「……! 焔光くん……っ!❤」

シレッと放たれた殺し文句に、ノエルは顔を林檎のように真っ赤にし、豊満な胸を大きく上下させて限界寸前の恍惚の表情を浮かべた。

「分かったわ……! 私、世界で一番強い応援団長として、特等席で勇姿を網膜に焼き付けるわ……!」

ノエルが完全に籠絡され、救護席へと大人しく戻っていくのを見送りながら、風花は「お兄ちゃん、あのノエル様の転がし方が手慣れてきすぎでわ……!」と、もやもや(フンスフンス)を限界突破させていたが、いよいよ地上の演習場へと続くゲートが、重々しい音を立てて開き始めた。


地上へと足を進めると、そこは、安全結界を完全に外され、剥き出しの砂塵が吹き荒れる「殺戮の舞台」へと変貌していた。

貴賓席の最上段には、皇帝・応心(おうしん)が絶対の権能「皇帝覇気」を微かに漂わせながら鎮座し、その斜め後ろでは次男・烈真が「早く無様に泣き叫べ」と言わんばかりの冷酷な嘲笑を焔光へと向け、その反対の斜め後ろでは蒼真、シルフが温かい笑みで焔光と風花に手を振っている。

対峙するは、黒耀騎士団の精鋭たち。その先頭には、狂気的な溶岩の気を滾らせるヴァルター・アズラエルと、指先で紫電を弾かせる戦闘狂ゲオルグ・ザックスが、獲物を前にした獣のように飢えた目をしていた。

「——これより、実戦演習を開始する。両者、命を賭して皇国の力となれ。……始めよ!!」

皇帝・応心の重厚な号令が響き渡った瞬間、大地が爆発した。

「ウチの武装を、現実世界に呼び出す……! 「次元工廠(ディメンション・ワークス)」ッ!!」

先陣を切ったのは、天才少女ノアだ。彼女が空間の隙間をねじ切ると同時に、亜空間から自身の小柄な体躯の数倍はある、魔鋼製の巨大な可変式重速射砲が現実世界へと具現化した。

「邪魔な有象無象は、全員消し飛んじゃえええっ!」

轟音とともに放たれた超高火力の魔導砲撃が、演習場を蹂躙する。同時に、風花が「お兄ちゃんを邪魔する不届き者ども、風の塵となりなさい!」と叫び、空中遊泳のギフトで天空へと舞い上がり、暴虐の風の刃の嵐を降らせた。

プロの騎士といえど、三英傑に近づく実力を持つ風花と、鍛神の直弟子ノアの規格外な超高火力の前に、ヴァルターとゲオルグ以外の団員たちは、攻撃体勢をとる暇すら与えられず、一瞬にして演習場の壁へと叩きつけられて完全に沈黙した。

「チッ、雑魚どもが! だが、本命は、お前ら剣聖の弟子だァ!」

ヴァルターが猛り、土と火の気を爆発させて蓮と凍華へと襲いかかる。しかし、剣聖の愛弟子たる二人は、その溶岩の刃を「適当にあしらう」という焔光の作戦通り、華麗な氷の剣技と神速の歩法で完全に翻弄していた。

一方、戦闘狂ゲオルグの前に立ちはだかったのは、専属侍女のミーナであった。

「お前が力は騎士団長並みと言われる皇室の侍女か! その小生意気な足技、僕の茨で締め上げてやるよ!」

「貴方が、「元」・皇国正規騎士団の若き天才連隊長って言われた、戦闘狂ですわね。腕を試してあげますわ」

ゲオルグが冷酷に笑い、ギフト「木」と「雷」を融合させた「迅雷の茨(ライトニング・アイヴィー)」を放つ。高出力の電流を纏った頑強な蔦が、生き物のようにミーナの死角へと襲いかかる。

ミーナは「木」の生命力を身体強化へと転化し、そこらの騎士では太刀打ちできない圧倒的な神速の動きで、その茨をことごとく回避してみせた。残像すら残るその速度に、ゲオルグは「へぇ、やるじゃないか!」と狂ったように笑う。

しかし、ミーナの耳には、昨夜の食堂で焔光が遺したあの優しい声が響いていた。

「ヴァルター以外の雑魚が全員倒れたら……ミーナ。わざとゲオルグの茨に捕まって、彼のご自慢の電撃を、まともに喰らってみてほしい。……ミーナ、僕の言葉を、信じられるかい?」

周囲の有象無象の騎士たちが、風花とノアによってすべて排除されたのを確認した、その瞬間。

ミーナは神速の動きの中に、わざと不自然な隙を作り出した。

「捕まえたよォ!!」

ゲオルグの狂喜の叫びとともに、数万ボルトの紫電を纏った強固な茨が、ミーナの両腕と全身を完全に絡め取った。

「がははは! 捕まれば終わりだ! 生身の身体に数万ボルトの電流が駆け巡る、その絶頂の瞬間(かお)を見せてくれよォオオッ!!」

ゲオルグの最大出力の電撃が、茨を通じてミーナの肉体へと一気に流し込まれた。凄まじい雷光が演習場を白く染め上げ、バチバチと肉を焼くはずの爆音があたりに響き渡る。

誰もが、一回生の侍女が即死したと確信した。貴賓席の烈真は勝ち誇った笑みを浮かべ、救護席のノエルは「焔光くんの術式をナメないでね」と冷ややかに見つめている。

光が収まった。

「……え?」

ゲオルグの狂った笑みが、一瞬にして凍りついた。

茨に締め上げられ、数万ボルトの直撃を喰らったはずのミーナは、髪一筋すら焦げることなく、服の端さえ乱れることなく、至って平然とした顔でそこに立っていたのだ。

焔光の絶技、亜空間による「絶対防御障壁」は、ゲオルグの放った雷撃と物理的な緊縛のエネルギーを、触れた瞬間にすべて次元の隙間へと「吸収」し、完全に無へと還していた。

「な、何が……起きて……? なぜ、生きている……!?」

己のアイデンティティである最大奥義を完全に無効化され、生まれて初めて「理解不能の恐怖」に直面したゲオルグは、激しい精神的ショックによって気のコントロールを完全に失い、その場に呆然と立ち尽くした。

「——焔光様の仰った通り、お前の電撃など、そよ風にも劣る」

ミーナの冷徹な声が響く。

茨を力任せに引きちぎったミーナは、一瞬にしてゲオルグの懐へと踏み込み、身体強化を極限まで乗せた渾身の鉄槌(アッパーカット)をその顎へと叩き込んだ。

ドゴォオオッ!! と凄まじい衝撃音が響き、脳を揺らされた戦闘狂ゲオルグは、白目を剥いて文字通り一撃でノックアウトされ、地面へと沈み込んで二度と動かなくなった。


烈真の顔が引き攣る「ゲオルグ〜…。ヴァルター頼む。勝って…」ぎゅうと胸のポケットを握りしめる烈真だった


「ゲ、ゲオルグが一撃だと……!? 莫迦な、そんなことがあってたまるかァ!!」

残された主力、ヴァルター・アズラエルは、ゲオルグの無惨な敗北を目の当たりにして、完全に正気を失いつつあった。

彼は攻撃を集中していた蓮と凍華を必死に引き剥がそうとするが、二人は「よし、これで最後の一人だな」とアイコンタクトを交わし、わざと大きく距離を取った。

その時。

「うわっとっと……!?」

演習場で、実戦の緊迫感に怯えて腰が抜けたかのように、わざとらしく地面の小石につまずいた振りをしながら、焔光がヴァルターの正面へと転がり出てきた。

「見つけたぞ、一ノ瀬の末弟子ィィィッ!!」

ヴァルターの劣等感と狂気が、完全に焔光へとロックオンされた。この「皇子」でもあり「剣聖の弟子」でも有る焔光を肉塊に変えれば、自分の負けは帳消しになる、剣聖への復讐は果たされる——。歪んだプライドが、彼に最悪の選択をさせた。

「溶爆城壁(マグマ・バースト・ウォール)ッ!! 死ね、死ね、死ねえええええっ!!」

ヴァルターが地面に両手を叩きつけると同時に、焔光の周囲から、高さ数十メートルに達する強固な土の壁がせり上がり、彼を完全に密閉空間へと閉じ込めた。

「ハハハハ! 逃げ場は無いぞ! 剣聖の弟子如きが、その無能な身体のまま、俺の溶岩の中で泣き叫べェエエエッ!!」

ヴァルターは全生命力と気を注ぎ込み、土の壁の内部へと極限の熱量を流し込んだ。岩が一瞬でドロドロの溶岩へと変わり、次の瞬間——演習場全体を激しく揺るがす、超高熱の土石流を伴う大爆発が引き起こされた。

ドガァアアアンッ!!!

安全結界の無い舞台に、凄まじい爆風と煙、そして飛び散る溶岩が吹き荒れる。観客席の生徒たちが悲鳴を上げ、烈真は(やったぞ! 焔光を始末した、焔光の負けだ!)と内心で狂喜乱舞していた。

エドガー、朧、孔明の三人は、事前に焔光から指示されていた通り、周囲の観客席に被害が行かないよう裏での結界を完璧に補強しつつ、爆煙の向こうを冷ややかに見つめていた。

やがて、猛烈な煙がゆっくりと風に流されていく。

ヴァルターは肩で息をしながら、自分が作り出したクレーターを見つめ、勝利を確信して笑おうとした。

「——ふぅ。うわ〜……危なかった〜」

その爆煙の向こうから、至って緊張感のない、シレッとした少年の声が響いた。

煙が完全に晴れたそこには——。

服に一粒の灰すらつけることなく、髪型一つ乱れることなく、右手に一枚の「古ぼけた魔法スクロール」を掲げた焔光が、何事もなかったかのように無傷で佇んでいた。

ヴァルターの放った「溶爆城壁」の最大火力の爆発エネルギーは、爆発したその瞬間に、焔光の亜空間結界によってすべて完全に「吸収」され、消し去られていた。だが、表向きはそれを隠すため、焔光は右手のお祖母様(皇后ベアトリス)から賜ったとされる平凡なスクロールをパタパタと仰いでみせる。

「いやぁ、本当にお祖母様からいただいたこの防御スクロールが優秀で助かりました。烈真叔父上の騎士様のギフト、凄まじい威力でしたね。僕の石礫程度の光弾じゃ、危うく消し飛ぶところでした」

「な……ななな……何が……!?」

ヴァルターは、目玉が飛び出んばかりに顔を歪めた。

自分の人生のすべてを賭け、英傑候補の誇りをかけて放った最大奥義が——一回生の、それも平凡と噂される子供が掲げた、たった一枚のスクロールによって、傷一つ負わせることもできずに「無」にされたのだ。

肉体的なダメージは無い。しかし、ヴァルターのこれまでの人生、プライド、執念、そのすべてが、焔光のシレッとした笑顔の前に完膚なきまでに粉砕された。

「ああ……あああ……う、嘘だ……俺の、俺の溶岩が……ッ」

完全に心が折れ、膝から崩れ落ちてガタガタと震え出すヴァルター。

「よし、予定通り、心が折れたね。蓮兄さん、凍華姉さん、お願いします」

焔光が小さく呟くと同時に、待機していた二人の先輩が動いた。

「お疲れ様、焔光。じゃあ、仕上げといくか!」

「ええ、その折れた心ごと、眠りなさい」

一ノ瀬蓮の神速の一閃がヴァルターの武器を粉砕し、神楽凍華の氷の剣技が、ヴァルターの全身を衝撃とともに叩き伏せる。

ズドォン、と重い音を立てて地面に激突したヴァルターは、完全に戦意を喪失し、そのまま意識を失って昏倒した。

静寂が、演習場を包み込む。

結界なきデスゲーム。蒼真派閥が仕掛けた完璧なハメ技の舞台は、蓋を開けてみれば、平凡なチート皇子・焔光が仕掛けた、ただの「お仕置きの手品」によって、黒耀騎士団の完全なる大敗北という、あまりにも無惨な幕切れを迎えたのであった。

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