迎賓館・貴賓館と邂逅
深夜の作戦会議が解散した後、焔光と風花の二人は、学園の敷地内に併設された格式高き貴賓館の一室へと足を運んでいた。そこには、先の会議には出席していなかったものの、裏で皇帝を転送させるという大立ち回りを演じた三男・蒼真が、旅の疲れを癒やすようにソファに腰掛けていた。
「父上、この度は私たちのために多大なるお手数をお掛けしました」
焔光はいつも通りのシレッとした丁寧な所作で頭を下げた。隣に立つ風花も、お兄ちゃんに倣って上品に一礼する。
「いや、構わないよ。元はと言えば烈真兄上が持ち込んだ、我が家への姑息な嫌がらせだからね。……ただ、いくら事情があったとはいえ、一国の皇帝を風と光の血筋同調を使って、半ば勝手に皇宮から引っ張ってきてしまったのは……流石に後から摂政にこっぴどく叱られて参ったぞ、ははは!」
蒼真は頭を掻きながら、豪快に大笑いした。摂政は皇帝の旧知の仲であり、最も信頼を置く人物だ。いくら三男家の次世代を守るためとはいえ、国家の最高権力者を無断で瞬間移動させたとなれば、政務機関の長である宮廷府の筆頭として頭を抱えるのも無理はない。
「ですが、今回は三大英傑の皆さんもこの場に揃い、立ち会うことになりました。烈真叔父上の不穏な動きも加味して、改めて摂政より正式に「安全保障のための軍隊展開」の許可が下りたらしいですね」焔光の言葉に、蒼真は表情を引き締め、力強く頷いた。
「ああ、その通りだ。明日の模擬戦の場には、摂政直轄の部署から宮廷府警察、皇宮を護る皇帝近衛騎士、そして我が家が誇る「蒼天碧流騎士団」が集結する。ジークが騎士団を率いて演習場の周囲を完璧に固めるし、お前たちの母上であるシルフも、「風」の加護を携えて立ち会うからな」
「ジーク叔父様と母上まで……それは心強いです」
風花が嬉しそうに琥珀色の瞳を輝かせる。
「ふん、これだけの戦力が揃うのであれば、明日はあの薄汚い黒耀騎士団のトカゲどもがどんな悪あがきをしようとも、一歩も逃がさずに風の塵にできますわね、お兄ちゃん!」
「風花、だから物騒なことは言わないの」
焔光は妹の頭を撫でて宥めつつ、明日の外法遮断結界の構築とハメ技の完成度に、さらに確固たる自信を深めるのだった。
同じ頃、学園の迎賓館の一角にある応接室には、重厚な気配が漂っていた。
そこに滞在していたのは、四大英傑の一人、【剣聖】一ノ瀬瞬である。深夜の訪問者を迎えた瞬は、鋭い眼光を少しだけ和らげていた。
「——大伯父様、ご無沙汰しております。急なお騒がせの中、こうしてお会いできて光栄に存じます」
丁寧に頭を下げたのは、現・女生徒会長を務める5回生のクラリス・ヴァルハイトであった。彼女は剣聖の母方の妹(叔母)の家系出身であり、瞬にとっては親戚の娘にあたる。
「クラリスか。ずいぶんと夜遅い訪問だな。生徒会長としての公務か、それとも実家のヴァルハイト家としての用向きか?」
瞬の静かな問いかけに、クラリスは少しだけ視線を伏せた。
「どちらも、にございます。……大伯父様、明日の結界なき模擬戦のことですが……烈真殿下の黒耀騎士団が、一回生の焔光様を標的にしているのは明白です。我が異母兄であるアルベールも、烈真派閥の意向を汲んで焔光様を貶めようとしていましたが……今日のレクチャーでヴァルター殿にあれほど無惨に壊されてしまいました。ヴァルハイト家としても、烈真派閥のあまりの暴走に戸惑いを隠せません」
クラリスは熱烈な「ノエル信奉者」でもある。彼女にとって、愛するノエル様がなぜ焔光を溺愛しているのか、未だに受け入れがたい嫉妬の種であった。ノエルから笑顔の圧をかけられているため手出しはできないが、内心では焔光を「ノエル様を惑わす不届き者」と苦々しく思っている。
「大伯父様は、何故あの焔光様のために、鍛神様と共にわざと立ち会われるのですか? いくら愛弟子であれ、彼はギフトの出力もまともに出せない、皇族の期待外れなのでしょう……?」
その問いに、剣聖・瞬は深く息を吐き、どこか哀れむような目で姪のクラリスを見つめた。
「クラリス。お前たちヴァルハイト家は、金と利権でメディチスに目を眩まされ、本質を見る目を失ったようだな。瞬き一つ、見誤るなよ。明日、お前はその目で「真実」を見ることになる。……夜も更けた、もう戻りなさい」
「大伯父様……?」
クラリスはそれ以上の追及を許さない瞬の威圧感に気圧され、「失礼いたします」と胸のモヤモヤを抱えたまま退室していった。
クラリスが去った静寂の応接室。部屋の影から、二つの人影が音もなく姿を現した。焔光の兄弟子である一ノ瀬蓮と、姉弟子の神楽凍華である。
「やれやれ、困ったものですねぇ、師匠。アルベールもクラリスも、焔光の本性を何も分かっていない」
蓮が肩をすくめて苦笑する。凍華も氷のように冷徹な瞳を揺らしながら、静かに剣の柄に手を置いた。
「聖なる巫女の血を引く従姉妹の忘れ形見……私たちの可愛い弟弟子に、ちょっかいを出す不届き者です。明日、ヴァルターが焔光の手品で心が折れた瞬間、私がその五体を完全に凍りつかせて差し上げますわ」
「ふっ、手加減してやる必要はない。焔光の描いた完璧なハメ技のシナリオ通り、あの愚か者どもを完膚なきまでに叩き潰してこい」
瞬の言葉に、二人の弟子は不敵な笑みを浮かべて深く一礼するのだった。
一方、迎賓館の美しく手入れされた庭園では、月明かりの下、二つの影が静かに言葉を交わしていた。
四大英傑の一人、【鍛神】千手破岩。そしてその弟子であり、焔光の妹弟子である14歳の天才少女、ノア・メイリンである。
「なぁ、師匠。明日の作戦、焔光の兄様が言った術式さ……あれ、絶対にただのダメージ緩和術式なんかじゃないよね?」
ノアはツインおだんご頭を揺らしながら、活動的な制服のポケットに手を突っ込んで破岩を見上げた。彼女のギフトは「機」と「無(次元干渉)」であり、空間の歪みや気の流れに極めて敏感だ。
「ガハハ! 気づいたか、ノア」
破岩は豪快に笑い、庭園の石柱に背を預けた。
「あいつが朧とエドガーが作ったなんて言ったあの術式、その本質は、あいつ自身の持つ「絶技」……つまり、俺たち四大英傑の力をベースにした、次元干渉による「絶対防御障壁」だ。黒耀騎士団のクソ雑魚どもの攻撃なんか、次元の隙間に吸い込まれて1ミリも届きゃしねぇよ」
「やっぱり! 兄様の気の出力、いっつも修行の時におかしいと思ってたんだ。あんなチートな力を隠して「期待外れ」って噂されてるの、本当に笑っちゃうよね」
ノアは焔光の圧倒的な器と優しさに深く惚れ込んでいた。だからこそ、技術者としてのプライドをかけ、明日は自身の「次元工廠」から巨大な魔鋼製の可変式重兵器を引き出し、有象無象の騎士たちを派手に蹂躙してやろうと、不敵に胸を躍らせていた。
「いいか、ノア。あいつは世間の謀略から身を隠すために、徹底的な無能を演じてる。明日はその仮面を汚さないよう、俺たちの手で最高の舞台を整えてやるんだ。烈真の野郎が外法の呪符なんて持ち出してきたら、俺がその次元ごと叩き潰してやるからな」
「うん! 兄様の平穏な学園生活は、ウチらでしっかり守ってあげなきゃね!」
規格外の師弟は、月夜の庭園で、明日の「お仕置き」への期待に胸を膨らませていた。
同じ頃、貴賓館の最上階にある最高格式の客室。その扉の前には、皇宮直属特務機関「鵺」の精鋭たちが、一切の気配を消して立ち塞がっていた。殆どは、生前の勇帝(黎真)に命を捧げた伝説の【白鳳天翼騎士団】の生き残りたちである。
そこへ焔光と風花が歩み寄ると、鵺のメンバーたちは無言のまま、しかし最大級の敬意を込めて深く深く頭を下げ、即座に扉を開いて二人を通した。彼らにとって、焔光は亡き主の唯一無二の遺児であり、命を懸けて守るべき至高の主君そのものだからだ。
室内に入ると、そこには皇国の頂点たる現皇帝、応心がゆったりと椅子に腰掛けていた。その全身から漂う「皇帝覇気」の絶対的な威圧感は、孫たちの姿を見た瞬間、嘘のように霧散していった。
「皇帝陛下、此度は私たちのために、このような遠方までご足労いただき、誠に恐縮にございます……」
焔光が完璧な皇族の礼を取ろうとしたが、応心はそれを手で制し、破顔した。
「よいよい、焔光、風花。硬い挨拶は抜きにせよ。周囲に目が無い時は、普通に祖父と呼びなさい」
そこには、冷徹な統治者ではなく、ただただ孫を溺愛する優しい老人の姿があった。
「烈真の愚か者が、学園や織姫(学園長)に向かってあのような不敬を働くとはな。利権を蒼真家に奪われた焦燥があるとはいえ、皇族の誇りを忘れたあの男には、明日、徹底的に現実を突きつけてやらねばならん。焔光、明日の模擬戦、お前の好きなようにやりなさい。万一の時は、このおじい様がその覇気ですべてを平伏させおさめてやるからな」
「ありがとうございます、おじい様」
応心の深い慈愛に、焔光と風花は胸を温めながら、感謝の一礼を捧げて退室した。
皇帝の居室を出た焔光は、風花を一度、孔明たちの待つ部屋へと戻し、自身は再び迎賓館の裏手へと向かった。そこで待っていたのは、先ほど庭園でノアと話していた鍛神・千手破岩だ。
「よぉ、焔光。おじい様への挨拶は済んだか?」
「はい、破岩師匠。おじい様も明日の舞台を楽しみにしてくださっています」
焔光がシレッと答えると、そこへ応接室での会話を終えた剣聖・一ノ瀬瞬も、静かな足取りで合流してきた。
「瞬師匠も、お疲れ様です。クラリス先輩とはお話しできましたか?」
「ああ。相変わらず、目の前の利権と嫉妬で盲目になっている。……それよりも、焔光。明日の模擬戦、大賢の動向はどうなっている?」
瞬の問いかけに、焔光は少し苦笑いを浮かべた。
「ノエル様ですか……。彼女、僕が明日の代表メンバーに自分を入れなかったことに、ものすごくもやもやされていて。「どうして私を焔光くんの隣に立たせてくれないの!?」って、世界の危機レベルの暗黒微笑の気を放ちながら怒っていまして。今は風花と二人で「お兄ちゃん(焔光くん)の隣に立つのは私よ!」って、部屋の裏でフンスフンスと凄まじい火花を散らしていますよ」
「ガハハハ! そりゃあそうだろうな! あいつの焔光への恋心の成長っぷりは、大賢特有の秘術の気をも共鳴させて暴走してっからな! 明日の試合中、客室からあいつが嫉妬のあまり天災規模の魔道でもぶっ放さねえか、俺ァそっちの方が心配だわ!」
破岩が大爆笑し、瞬も呆れたように小さく首を振った。
「やれやれ、大賢ともあろう者が、恋煩いで世界の真理を歪めかねんとはな。……だが焔光、お前のその無垢な優しさが、かつて英傑の重圧に苦しんでいたノエルを救ったのも事実だ。明日はあいつの鬱憤を晴らすためにも、烈真の騎士団を完璧に、シレッとハメ殺してやるといい」
「ええ。どんな嵐が来ようとも、僕たちの手品で全てを綺麗に片付けてみせます」
二大英傑に挟まれながら、15歳のチート皇子・焔光は、いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべ、静かに明日の決戦へと想いを馳せるのだった。




