完璧な配役と安全装置
皇帝の親征とも言える凄まじい転送劇によって、次男・烈真を文字通り恐怖のどん底に叩き落とした大会議室の嵐から数時間。夜も更けた頃、学園の片隅にあるひっそりとした食堂に、皇国の命運を左右しかねない「怪物」たちが一堂に会していた。
円卓を囲むのは、学園長であるオリヴィア・シルフィード(織姫)に、エドガー、朧の教官陣。そして専属執事の孔明、専属侍女のミーナ、双子の妹の風花。
さらに、焔光が明日の代表にと推薦した身内たち——剣聖の弟子であり焔光の兄弟子である一ノ瀬蓮(学園4回生)、姉弟子の神楽凍華(学園3回生)、鍛神の弟子で焔光の妹弟子であるノア・メイリン(学園1回生)。
そして極めつけは、この国における最高武力の象徴たる【剣聖】一ノ瀬瞬、【鍛神】千手破岩、そして焔光を激愛する現【大賢】エミール・ノエルの三英傑であった。
「……始めるか」
朧が短く呟くと同時に、彼女と孔明が同時に「闇」のギフトを発動させた。
無音の波紋が食堂の壁を伝い、光や音、気配、さらには「因果(予知能力など)」すら完全に遮断する二重の特級結界が張られる。これで、外からは中で何が起きているか、どんな密談が行われているか絶対に感知できない、完全なる「隔離空間」が完成した。
「遅い時間に集まってもらってすみません」
結界の完成を見届けた焔光が、いつも通りのシレッとした、しかしどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開いた。
「明日の「結界なき模擬戦」ですが、僕と風花、ミーナ、それから蓮兄弟子、凍華姉弟子、ノア妹弟子の6名で挑もうと思います。はっきり言うと、普通に戦っても勝てるとは思っているんですが……」
焔光は紅茶を一口啜り、瞳の奥に不敵な光を宿らせた。
「今回は学園を散々侮辱されましたし、アルベール先輩たちもあんな目に遭いましたからね。少し「お仕置き」を兼ねて、あっちの主力らしいヴァルターとゲオルグに、ちょっとした手品を仕掛けようかと」
「手品、か。面白いことを言うじゃねぇか、焔光」
鍛神・破岩がニヤリと下品に笑い、剣聖・瞬も静かに目を細めて少年の言葉に耳を傾ける。
「まず、戦闘前に朧さんとエドガー先生が共同開発した、「ダメージ緩和術式」を、僕たち全員の制服に施します」
焔光の言葉に、エドガーが火のついていないクシャクシャの煙草をガリリと噛み締め、朧が額を押さえて苦笑いをもらした。
「……おいおい、焔光。俺ぁそんな大層な術式、逆立ちしたって開発できねぇよ」
「私の因果遮断でも、不可能だ。だが……まあ、形の上では私たちが開発したという『設定』に乗ってやろう」
「すみません、お二人の名前をお借りします。これ、凄くて。今日僕が観戦して分析した限り、黒耀騎士団の攻撃が絶対に通らない優れ物ですから」
事もなげに言い放つ焔光に、蓮や凍華は「さすがは俺たちの弟弟子だ」と頼もしそうに微笑み、大賢ノエルは「流石は私の焔光くん……!❤」と胸をときめかせて熱い視線を送っている。
「具体的な作戦ですが、戦闘が始まったら、まずは風花とノアちゃんで、ヴァルターとゲオルグ以外の有象無象の団員たちを完膚なきまでに蹴散らしてください」
「お任せください、お兄ちゃん! 害虫駆除の「風」なら、いくらでも吹かせて差し上げますわ!」
「うん! ウチの「武装格納庫」から可変式重兵器を引っ張り出して、一瞬で消し飛ばしてあげる!」
風花がフンスと鼻気を荒くし、ノアが不敵にツインおだんご頭を揺らす。
「次にミーナ。君には、あの「木」と「雷」の2属性を使うゲオルグを、その身体強化された神速の足技で徹底的に翻弄してほしいんだ」
「はっ、仰せのままに、焔光様」
ギフト「木」の生命力を身体強化に転化する専属侍女・ミーナが、真剣な面持ちで頭を下げる。
「そして、ヴァルター以外の雑魚が全員倒れたら……ミーナ。わざとゲオルグの「迅雷の茨」に捕まって、彼のご自慢の数万ボルトの電撃を、まともに喰らってみてほしい」
その言葉に、室内が一瞬だけ凍りついた。ゲオルグの電撃は掠っただけでも即死級の威力を誇る。しかし、焔光の目はどこまでも静かで、確信に満ちていた。
「僕の施した術式があるから、絶対にダメージは無い。数万ボルトの電流を笑顔で受け流されたら、あの残虐な戦闘狂は確実に精神的ショックを受ける。そこを、一撃で倒して」
焔光はミーナの真っ直ぐな瞳を見つめた。
「——ミーナ。僕の言葉を、信じられるかい?」
ミーナは一瞬だけ目を見開いたが、次の瞬間には、その細い胸に手を当て、一切の迷いのない、至高の忠誠を宿した笑顔を浮かべた。
「当然にございます、焔光様。私の命は、とうの昔にあなた様のもの。あなた様が「効かない」と仰るのなら、神の雷であろうとも、私の肌を焦がすことすら叶いません。……喜んで、あの戦闘狂に絶望を教えて差し上げましょう」
「ありがとう、ミーナ。頼んだよ」
焔光は優しく頷き、次に兄弟子たちへと視線を移した。
「蓮兄弟子と凍華姉弟子は、元英傑候補のヴァルターを適当にあしらって、最後まで残しておいてください。奴一人になったら、僕が「お祖母様(皇后ベアトリス)から賜った、防御スクロールを発動させて、奴の「溶爆城壁」の最大火力を完全に無効化します」
実際は、焔光自身のチート能力である勇帝の亜空間や鍛神の無効化をシレッと混ぜるのだが、表向きは皇后のアイテムのせいにする算段だ。
「自分の最大奥義を、一回生の子供のスクロール一枚で完全に掻き消されたら、あのプライドの塊のヴァルターは完全に心が折れる。そうして大ショックを受けたところを、お二人が格好良く叩き伏せてください」
「ククク、いいな。元英傑候補の誇りとやらを、目の前で粉々に粉砕してやるか」
「ええ、私の氷の剣技で、その折れた心を完全に凍らせてあげるわ」
蓮と凍華が、楽しそうに武器の柄を撫でる。
「朧さんと孔明、エドガー先生は、周囲の観客席や学園の施設に被害が行かないように、裏での結界の補強をお願いします」
「ああ、任せとけ。サボる天才の俺でも、特等席で黒耀騎士団がハメ殺されるのを見られるなら、いくらでも重い腰を上げるさ」
エドガーがニヤリと笑い、織姫学園長も「素晴らしいわ、焔光。これなら烈真へのこれ以上ない皮肉とお仕置きになるわね」と、深く満足そうに頷いた。
「——それから、もう一つ。少し不穏な報告があります」
焔光が少し声音を落とすと、室内の視線が再び引き締まった。
「鵺」からの最新の報告によると、烈真叔父上が、失脚したメディチス財閥の闇ルートから、あの「魔獣召喚符」を発展させたらしい、身体強化用の呪符?を大量に取り寄せているみたいです」
「何ですって……!?」
織姫は眉をひそめた。あの汚染事件で大失敗を犯した魔獣召喚符の系譜を、まだ使おうというのか。
「いくらなんでも、国家転覆に繋がりかねない同じ過ちを、この学園の演習で犯すとは思えませんが……あの男の蒼真家への執念と焦燥は、すでに常軌を逸しています。万が一、模擬戦で行き詰まった騎士団がその呪符を暴発させたり、異形の力に手を染めたりする可能性は否定できません」
焔光はシレッとした顔のまま、エドガーと朧、そして孔明を見つめた。
「ですので、万が一の時は……エドガー先生の防御トラップや魔導兵器が「術式ミスで大暴発した」という見せ方にしてください」
「おいおい、また俺のせいにするのかい?」
「すみません、先生。エドガー先生の暴発の衝撃という名目で、朧さんと孔明が瞬時に演習場の周囲に「外法遮断の特級暗黒結界」を張る。そうして、関係者以外には、中で一体何が起こっているのか、どんな惨劇が起きているのかを完全に分からなくしてください」
焔光の瞳の奥に、一瞬だけ、四大英傑すべての力を凌駕する「本物の支配者」の冷徹な光が宿った。
「結界の中さえブラックボックスにしてしまえば、あとは僕が、スクロールで呪符の力を消し去るか、英傑の師匠介入で解決した事に。解決したのは全部、師匠や暴発を無理やり抑え込んだエドガー先生、なかで闘った学生代表って事で」
「あははは! 傑作だな!」
鍛神・千手破岩が大爆笑して焔光の肩を叩いた。
「烈真の野郎、自分がハメ殺されるために安全結界を外せなんて抜かしたわけか! 結界を外した結果、自分の騎士団がただの手品で自滅し、外法の呪符を使えば暗闇の中で跡形もなく消される! 最高の見世物じゃねぇか!」
「ええ……本当に、焔光の思慮深さには恐れ入るわ。これなら、お兄様(皇帝)の前で烈真が言い訳する余地すら残らないものね」
剣聖・一ノ瀬瞬も、愛弟子の完璧すぎるハメ技の構築に、深く、満足そうに顎を引いた。
「よし、明日の配役は決まりましたね。みんな、大人の汚い謀略なんて、僕たちの手品でシレッと片付けてしまいましょう」
少年が微笑むと、夜の食堂を満たす「最強の気」が、かつてないほどに静かに、そして凶暴にまとまった。
明日、安全装置を外された演習場で待っているのは、黒耀騎士団によるレクチャーではない。平凡を装う、世界最強のチート皇子が仕掛ける、残酷で完璧な「お仕置き」の舞台であった。




