レクチャーと牙を剥く暴論
聖アウグスト皇立魔導武官学園の第一演習場
漆黒の魔鋼装甲を身にまとった「黒耀騎士団」が放つ、威圧的な気流に支配されていた。
学園の全生徒が見守る中、演習場の中央に立った次男・烈真は、集まった学生たちを見下ろしながら、傲然と声を響かせた。
「我が実家の失態への「お詫び」として、今回は特別に我が騎士団の精鋭が直々に戦闘術を教授してやろう。まずは、この学園の最高峰たる、最上級生6回生の実力を試させてもらう。未来の皇国を背負う者たちが、どれほどの練度にあるか……黒耀の騎士たちよ、容赦は不要だ。存分に導いてやれ」
烈真の合図とともに、6回生の精鋭6名が演習場の舞台へと上がった。彼らは最上級生としてのプライドを胸に、各自の武器を構え、ギフトの気を練り上げる。だが、その決意は一瞬にして絶望へと変わることになった。
舞台に上がった黒耀騎士団の団員たちは、実戦の修羅場を潜り抜けてきた本物の人斬りたちだ。
合図と同時に放たれたのは、容赦のない実戦の暴力だった。6回生たちは学園で培った綺麗な魔導や剣技を展開しようとするが、騎士たちの不意を突く泥臭い体術や、最適化された無駄のないギフトの出力によって、体勢を維持することすら許されない。
「くそっ、速すぎる……!?」
「魔導の詠唱が間に合わな——っ!」
小細工なしの圧倒的な練度差の前に、6回生たちは次々と武器を弾かれ、泥を這うようにして叩き伏せられていった。骨の折れる鈍い音が演習場に響き、最上級生たちがボロボロになって舞台から転がり落ちていく。その凄惨なワンサイドゲームに、観客席の1回生や下級生たちは完全に言葉を失い、恐怖に身を震わせていた。
そんな中、先の討伐戦での負傷からようやく体力を回復させてきたアルベール・ヴァルハイトが、満を持して舞台へと足を進めた。ヴァルハイト家は東のアズラエル辺境伯家の要職であり、烈真派閥の次世代を担う存在としての自負がある。彼は、倒れ伏す同級生たちを鼻で笑いながら、自身のギフト「雷」の気を最大に出力した。
「ふん、他の無能どもと一緒にされては困るな。アズラエル辺境伯家が要職、このアルベールの真の破壊力を見せてくれる!」
バチバチと激しい紫電がアルベールの全身を駆け巡る。彼が対峙したのは、黒耀騎士団の主力であり、元・四大英傑候補のヴァルター・アズラエル(32歳)であった。(アズラエル傍系出身)
「……ほう。誰の前でアズラエルの名を騙る?生意気な餓鬼が、俺の前に立つか」
ヴァルターの目に、極彩色の不快な光が宿る。かつて剣聖に敗れ、英傑の座を逃したことで性格が歪みきったこの男にとって、アズラエル辺境伯家の後ろ盾を勝手に誇示するアルベールのような存在は、不愉快極まりない虫ケラに過ぎなかった。
「ハァッ!」
アルベールが叫び、一般属性最強クラスの破壊力を自負する高出力の電撃を放った。速度、威力ともに6回生の中では群を抜いている。電撃の嵐がヴァルターを目がけて一直線に突き進んだ。
しかし、ヴァルターは避けることすらしなかった。
「——その程度か」
ヴァルターの周囲に一瞬にしてせり上がった「土」の強固な岩壁が、アルベールの雷撃を完全に受け止め、地面へと受け流したのだ。
「なっ、僕の雷を、防いだ……!?」
「おいおい、そんなもので終わりか? 期待外れの餓鬼の相手をする前に、少しは楽しませてくれよ」
ヴァルターの「火」と「土」の2属性ギフトが真価を発揮する。しかし、彼はアルベールを一撃で倒そうとはしなかった。わざと圧倒的な力の差を誇示するように、ジワジワと、残酷に攻め立てることを選んだのだ。
ドロドロに溶けた溶岩の弾丸が、アルベールの四肢を掠めていく。
「熱っ、あつ、熱いいいっ!?」
「ほら、どうした! 東の盾を自称する男が、この程度の熱で泣き叫ぶのか!」
ヴァルターは「溶爆城壁」の出力を精密にコントロールし、アルベールの退路をジワジワと狭めていく。一歩動けば超高熱の岩壁が爆ぜ、肉を焼き、精神を削る。
アルベールは必死に雷撃の障壁を展開するが、ヴァルターの放つ実戦仕様の重苦しい「気」の前に、その障壁は容易く押し潰されていく。
「ひ、うあ……っ!」
恐怖に顔を歪め、完全に戦意を喪失したアルベールを、ヴァルターはまるで玩具のように弄んだ。わざと急所を外し、じっくりと熱線で皮膚を焼き、爆風で吹き飛ばす。
演習場の舞台の上に、かつての傲慢なアルベールの姿はなかった。ただ、圧倒的な暴力の前にボロボロにされ、恐怖で涙と鼻水を流しながら這い回る、無惨な敗北者の姿だけがそこにあった。
「ふん、興が削削れたわ。所詮は温室育ちの腑抜けだな」
ヴァルターが冷酷に言い放ち、軽く足を振り抜くと、アルベールの身体はゴミのように舞台の下へと蹴り飛ばされた。白目を剥き、全身が煤塗れのボロボロになったアルベールの姿に、観客席の生徒たちは悲鳴すら上げられずに静まり返っていた。
最上級生が一人残らず文字通りボロボロにされ、血と硝煙の臭いが充満する演習場。
その惨状を、1回生の席からシレッとした顔で見つめていたのは焔光だ。
(うわぁ、アルベール先輩、信じられないくらいボロボロにされちゃってる。あのヴァルターって人、完全に性格がねじ曲がってるなぁ。僕が剣聖の弟子だからって、次は僕をあの溶岩でジワジワ痛めつける気満々だ。本当にめんどくさいなぁ……)
隣を見ると、案の定、風花が「フンス! フンス!」と、周囲の空気を凝固させるほどの凄まじい暴風の気を漏らしていた。その琥珀色の瞳は、舞台上のヴァルター、そしてお偉そうにふんぞり返っている烈真を、今すぐ細切れの肉片に変えようと狂暴に輝いている。
「……お兄ちゃん。あの無礼な黒い芋虫ども、私が今すぐ風の刃でミンチにして差し上げてもよろしいかしら?」
「風花、落ち着いて。ここは学園だから、暴れちゃダメだよ」
焔光は妹の手を優しく握り、その異常な気流をシレッと宥める。その様子を少し離れた席から見ていたシャーロットは、「ひぇっ……!」と怯えながらも、平然としている焔光の姿に、やはりこのお方は底が知れないとガチ恋の胸をときめかせていた。
一方、演習場の貴賓席では、この惨劇を見届けた次男・烈真が、立ち上がって不敵な笑みを浮かべていた。
その視線の先にいるのは、この学園の学園長であり、自身の叔母でもあるオリヴィア・シルフィード(織姫)だ。織姫は厳格な表情を一切崩さず、冷徹な瞳で烈真を見据えていた。
烈真はわざとらしく肩をすくめ、織姫に向かって大声で言い放った。
「——いやはや、驚きました。学園長(織姫叔母様)、この学園の最高峰たる最上級生を集めてこのザマとは。これでは、彼らが学園で学んでいる意味が全く無いと言わざるを得ませんな」
周囲の教師たちや、宮廷府の役人たちが一瞬にして緊張に身を固める。烈真の言葉は、学園の教育体制、ひいては皇族である織姫の運営能力へのあからさまな侮辱であった。
「彼らがこれほどまでに脆いのは何故か。……答えは簡単だ。「生死を掛けた緊張感が無い」からだ。学園が用意した生温かい結界、安全が保障された演習場での模擬戦。そんな揺り籠の中にいるから、本物の騎士の前に出た瞬間に、体勢も維持できずに家畜のように怯えることになる」
烈真は一歩、織姫へと近づき、その蛇のような瞳をぎらつかせた。
「ゆえに、提案、いや——「決定」としよう。明日行う第二段階のレクチャーは、学園の代表者を選出させ、我が黒耀騎士団の精鋭との実戦形式の模擬戦とする。そして……」
烈真は冷酷極まりない笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「——その模擬戦は、演習場の「安全結界を完全に外した状態」で行うものとする」
「なっ……!?」
周囲の教师たちから驚愕の悲鳴が上がった。安全結界を外すということは、ギフトの出力がそのまま肉体を破壊し、最悪の場合は命を落とすことを意味する。学園内の演習では絶対に許されない禁忌だ。
「烈真。お前、自分が何を言っているのか分かっているのかえ?」
織姫の低く、凄みのある声が響いた。彼女の「風」の気が、烈真の周囲の空間をピキピキと圧迫する。だが、烈真はカトリーヌ妃(烈真の実母)を通じて宮廷府の正式な承認を盾にしているため、全く動じる様子がない。
「分かっておりますとも、叔母様。これは皇国の未来のための「正しい試練」です。実戦においては、誰も守ってはくれない。……実戦演習なのだから、多少の「不慮の事故はしょうがない」。そうでしょう?まあ、幸い大賢様が学園在籍ですし、いざと言う時の為に大賢様には、救援部隊に居て貰いましょう。そうそう、叔父として皇族は経験の為に参加は必須とするように依頼致します。」
不慮の事故。それは、合法的に焔光を殺害、あるいは再起不能にするという、烈真の明確な殺意の表明であった。しかも英傑である大賢も代表から外すという思惑もあり。
安全装置を外された狂気の舞台。黒耀騎士団の牙が、いよいよ学園の「代表者」として指名される焔光へと、容赦なく突き立てられようとしていた。しかし、烈真もヴァルターも未だに気づいていない。安全結界という「枷」が外された時、本当に命乞いをする破目になるのが、一体どちらであるのかを。




