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オールゼロの英傑継承者〜魔導学園で「期待外れ」皇子は、すべてを亜空間で無効化(ミュート)する〜  作者: はる吉
第1章:入学

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腐臭の林と不可視の制圧

鬱蒼とした林の奥へ進むほど、空気は重く、湿り気を帯びていった。足元のぬかるみは歩を進めるごとに深く沈み込み、鼻を突く腐敗臭が五感をじわじわと蝕んでいく。

「――出たぞ! 警戒しろ!」

先頭を進んでいた6回生の精鋭の一人が鋭く叫んだ。泥水の中から、ボタボタと汚臭にまみれた液体を滴らせながら、青黒く変色した死体が次々と這い上がってくる。メディチス財閥の工場隣の林に出没するという魔獣、ウォーター・ゾンビの群れだ。水属性の呪力を帯びたその肉体は、生半可な物理攻撃では傷口から泥水が溢れ出るだけで、即座に再生してしまう厄介な性質を持っていた。

「くそっ、攻撃が効かねえ! 斬っても突いてもキリがないぞ!」

「水呪の気が体にまとわりつく……! 身体が重いっ!」

最高学年であるはずの6回生たちは、想定以上の呪力の密度とウォーター・ゾンビの異常な再生能力を前に、アルベールを除いて大苦戦を強いられていた。

「ハハハ! 泣き言を言うな雑魚どもが! 一般属性最強たる俺の「雷」の敵ではないわ!」

アルベール・ヴァルハイトだけは、全身にパチパチと高出力の電撃をまとわせ、迫り来る死体どもに剣を叩き込んでいた。激しい雷光が炸裂するたび、ウォーター・ゾンビの肉体は蒸発し、辛うじて討伐が成立している。だが、その戦い方はただ無駄に魔力を放出し力任せにぶつけているだけで、お世辞にも洗練されているとは言えなかった。

一方、彼らのはるか後方では、まったく質の異なる「蹂躙」が行われていた。

「師(剣聖)の技を語る不届き者の後ろで戦うのは不愉快ですが……この程度、一太刀にも及びませんね。――【火明・一閃】!」

3回生筆頭の神楽凍華(かぐらとうか)が、紅蓮の気をまとわせた刀を静かに一閃させる。凄まじい指向性を持った熱線が林の空間を十字に切り裂き、前方にいた数体のウォーター・ゾンビを一瞬にして灰へと変え、周囲の泥水ごと蒸発させた。文句なしの圧勝である。他の3回生たちも、剣聖の弟子の圧倒的な戦い振りに触発され、それぞれ一体を数人で丁寧な立ち回りで善戦していた。

そして、最年少である1回生の精鋭たちの戦場は、もはやお祭り騒ぎに近い状態だった。

「お兄ちゃんに不快な臭いを近づける不届き者は、全員バラバラに吹き飛びなさい! ――【風烈嵐刃】!」

風花が琥珀色の瞳を鋭く輝かせ、両手を広げると、周囲の空間に不可視の鋭利な風の糸が張り巡らされた。近づくウォーター・ゾンビたちは、その糸に触れた瞬間、肉体を無数に切り刻まれてバラバラの肉塊へと還っていく。

「我が主の進路を汚す泥人形ども、すべて物理的に粉砕いたしますわ」

専属侍女のミーナは、植物の生命力を練り上げ、植物の蔦と気を纏わせた拳で、突撃してくるウォーター・ゾンビの頭部を文字通り一撃で「すり潰し」て回っていた。その隣では、専属執事の孔明が、焔光から貰った「無音の腕輪」を嵌めた手首を静かに動かし、発動させた「闇」の壁で死体を次々と圧殺、あるいは影の力により動けなくしていく。

「これなら面制圧も容易いですわ! 舞い散れ、新緑の刃! ――【翠葉嵐斬】!」

シャーロットが周囲に大量の木の葉を発生させると、それらは鋼鉄の刃と同等の硬度を持ち、突風とともに嵐となってゾンビの群れを肉片へと切り刻んでいく。エドガーが評価した通りの圧倒的な面制圧能力だ。

「ボクの重兵器の錆にしてあげる! 「次元工廠」、展開! ドカンといっちゃえー!」

ノア・メイリンが亜空間から呼び出したのは、巨大な魔鋼製の可変式重導大槌だ。小柄な体躯からは想像もつかない超高火力で地面ごとウォーター・ゾンビの集団を叩き潰し、林の奥にクレーターを作り出していた。1回生チームもまた、傷一つ負わない完全なる圧勝であった。

「おい、6回生のボロ雑魚ども。足手まといだ、さっさと林の外へ撤退しろ」

林の木陰からダルそうに現れた担任のエドガー・レオンハート達教師が、ボロボロになったアルベール以外の6回生たちを容赦なく掴み上げ、林の外へと強制的に退避させ始めた。教師として、これ以上の被害を出すわけにはいかないからだ。

そんな凄まじい戦闘の最中、焔光は一人、シレッとした顔で林の空間に満ちる「水と呪いの気」の揺らぎを観察していた。

(おかしいな。この呪いの気、ただ魔獣が自然発生した時のものじゃない。何かもっと、人工的で泥臭い化学物質のような匂いが混ざっている……。気の流れの源流は――あっち、メディチス財閥の工場側だ)

焔光は周囲の戦闘を凍華や風花たちに任せ、気配を完全に遮断する「無」の絶技を用い、音もなくその場を離脱した。向かった先は、工場の敷地との境界線。周囲を観察してると、同じく事態の異常性を察知して動いていたエドガー、そして九条朧(おぼろ)が現れた。

「やっぱり気づいたか、焔光の坊ちゃん」

エドガーが火のつかない煙草を噛みながら、スクエアメガネの奥の瞳を細める。

「工場の地下排水口から、とんでもねえ量の汚染物質と、意図的にそれを錬成した『水呪の気』が林に直接垂れ流されてやがる。メディチス財閥の工場排気による汚染を隠蔽するために、わざと魔獣を発生させて学園に処理させようとしたな。最悪の場合、これを蒼真家のガキどもの失態に仕立て上げる算段だ」

「完全に一線を越えていますね」

朧が冷酷な笑みを浮かべ、懐から通信の魔導具を取り出した。

「これより皇宮直属特務機関『鵺(ぬえ)』部隊、および宮廷府の警察機構を即座に召喚。この林と、メディチス財閥の工場一帯を完全に包囲し、証拠を差し押さえる準備にかかります。学園長(織姫)、ベアトリス皇后殿下、蒼真殿下から緊急事態の発動許可はすでに得ています」

「じゃあ、エドガー先生は、最低限の証拠データ採取して下さい。工場の中の『ネズミ』のお掃除は、僕がやっておくよ。ここの責任者の支店長は、学園の討伐作戦により、工場に来てるから、そこに採取してから来て。朧さんは外の包囲と全証拠の差し押さえをお願いします。」

焔光はいつもの頼りなげな笑みを浮かべたまま、一人で巨大な魔鋼工場の敷地内へと足を踏み入れた。

工場内には、メディチス財閥が事前に雇い入れていた、東辺境伯領の暗殺者たちが息を潜めて配置されていた。学園の生徒たちがウォーター・ゾンビと交戦している隙に、焔光と風花を確実に仕留めるための刺客たちだ。

だが、彼らは気づくことすらできなかった。

通路の影から、あるいは天井の梁から飛びかかろうとした瞬間、焔光の第二ギフト【無】の絶技が発動する。

『鍛神』の技術――相手のギフトの気流を読み、完全に無効化する力。

『剣聖』の技術――一太刀で気配すら残さず空間を切り裂く指向性。

シュッ、シュッ、と極小の空気の爆ぜる音だけが工場内に響く。焔光が手にした、鷹の翼の装飾が施された短槍が一閃、光弾が射出するたび、暗殺者たちの武器やギフトの障壁は紙切れのように無効化され、その肉体は当たった衝撃を「消滅」の領域まで調整された光によって、細胞一つ残さず静かに、そして完全に消し去られていった。十数名の凄腕の暗殺者たちが、悲鳴を上げることすら許されず、文字通り「最初からいなかったこと」にされていく。

暗殺者たちをシレッと全滅させ、また事情を知らない警備の者は、気絶させた焔光は、そのまま最上階にある支店長室の重厚なドアを蹴り開けた。

「な、何奴だ!? 警備はどうした!?」

デスクに座っていたメディチス財閥の支店長が、驚愕して立ち上がる。その傍らには、書類を抱えた冷徹な目の秘書が控えていた。

そこに焔光に追いついたエドガー「改めて見ると、規格外過ぎだろ、お前の力…。」

「あ、先生、ナイスタイミング。」

「さて、こんにちは、支店長。此方は、学園のエドガー先生、僕は生徒の焔光です。討伐戦では、指名して頂いたんでしたっけ?、ああ、そうそう、来る途中で、殺気を放つ怖い人には退場、ただの殺気ない警備の人たちは、みんな少しおねんねしてもらっています。」

焔光はシレッとした顔で歩み寄り、支店長のデスクに一通の書類(エドガーから渡された排水口から採取した汚染物質の魔力データ)をトン、と置いた。

「工場排気と地下排水による、深刻な環境汚染。そして、それを隠蔽するために人工的に魔獣(ウォーター・ゾンビ)を発生させた罪。言い逃れはできないですよ。すでに学園側からの応援と宮廷府の警察、そして「鵺」がこの工場を完全に包囲し、全ての証拠を強制調査で押さえているからね」

「貴様……「期待外れ」の無能皇子が、何をトチ狂ったことを――」

支店長が激昂し、自身のギフトを発動させようとした、その瞬間。

――ドォンッ!!!

焔光の全身から、言語絶するほどの圧倒的な「神域の気」が、津波となって室内に解放された。四大英傑の気をベースに持つ、世界最強のチート出力。その凄まじいプレッシャーの前に、空間そのものがギチギチと悲鳴を上げ、建物のガラスが蜘蛛の巣状にひび割れていく。

「ひ、ひえっ……あ、ああ……っ!?」

支店長は言葉を失い、あまりの恐怖に腰を抜かして床に崩れ落ちた。目の前にいる少年が、噂通りの無能などではなく、自分たちの命など指先一つで消し去れる「本物の怪物」であると本能で理解したのだ。完全に恐怖で鎮圧され、支店長はガタガタと震えながら涙を流すことしかできなかった。

「よし、これで大人しくなったね。……あ、今回のこの一連の摘発と汚染の調査は、すべて僕の担任教師「エドガー・レオンハート先生」と皇宮直属特務機関「鵺(ぬえ)」の九条(くじょう) 朧(おぼろ)さんがやった事、僕はただ、後々ややこしくならない様に、皇族の1人としてたまたま立ち会った、無害な皇子だからね。なんせ、カトリーヌ妃(かあさま)の実家で、指折りの財閥の件だしね。」

焔光は一瞬でプレッシャーを霧散させ、いつもの頼りなげな笑みに戻って人畜無害を装った。すべてをエドガー、朧の手柄にすることで、自身の「徹底的な隠蔽」を維持する算段だ。

しかし、その場にはもう一人、焔光の想定を超えた「狂信者」、既に精神が壊れている為に強者でも無いのに、動ける者が残されていた。

「お、おのれ……! 我がメディチス財閥の栄光を、このような学園の落ちこぼれ風情に泥を塗られてたまるかぁぁぁっ!!」

腰を抜かした支店長の背後で、完全に目が血走り、精神を崩壊させた秘書がヤケクソ気味に絶叫した。秘書は懐から、アルベールに手渡したものと全く同じ、いや、それ以上に巨大な【魔獣召喚符】のコントロール用親符を取り出したのだ。

「こうなれば全員道連れだ! 林のアルベールが持つ符の術式を、こちらから強制的に「暴走」させてやる! 工場ごと、学園の精鋭どもごと、ウォーター・ゾンビの呪術の海に溺れて死ねぇぇぇっ!!」

「あ、しまっ――」

焔光が手を伸ばすよりも早く、秘書の手の中で黒い羊皮紙がどす黒い漆黒の炎を上げて燃え上がった。

瞬間、工場全体の、そして外の林全体の「気」が、これまでにない禍々しい咆哮を上げて大爆発を起こし始める。林の奥でアルベールの懐の符が、制御を失って暴走術式を発動させたのだ。

林の泥水が津波のようにせり上がり、世界を呪いで塗りつぶすための、本当の「絶望」が目を覚まそうとしていた。

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