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オールゼロの英傑継承者〜魔導学園で「期待外れ」皇子は、すべてを亜空間で無効化(ミュート)する〜  作者: はる吉
第1章:入学

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操り人形と、不穏な商人

東の玄関口を領地とするアズラエル辺境伯家。そのお膝元にして、国家予算の三割を動かす巨大組織、メディチス財閥の都市支店が主催する豪華絢爛なパーティー。

そのきらびやかな会場に、ヴァルハイト当主夫婦、そして長男アルベールと長女クラリスの一家は「賓客」として招待されていた。

会場には高級な魔導光のシャンデリアが輝き、溢れんばかりの美食と美酒が並ぶ。

ヴァルハイト家は東辺境伯家の要職であり、本来なら招く側の人間だ。だが、実情はメディチス財閥からの巨額の寄付と物流網の無償提供という「金縛り」によって、完全に抱き込まれている。貴族として丁寧に接待されてはいるものの、ヴァルハイト当主夫婦の笑顔の裏には、どこかへつらうような薄ら寒い緊張感が漂っていた。

「――おや、これはアルベール様。本日お会いできるとは、実に光栄にございます」

高級なシルクの衣装を身に纏ったメディチス財閥の幹部(支店長)が、下品なまでにぎらついた笑みを浮かべ、アルベールの元へと歩み寄ってきた。その背後には、かつて中庭でシャーロットを「成金の猿真似」と煽り立てた支店長の娘の姿もある。

「一般属性最強の「雷」のギフトをお持ちのアルベール様です。その圧倒的な破壊力があれば、皇室、それも三男(蒼真)家の風花様などよりも、遥かにお強いのでしょうね。ましてや……あの長男(焔光)様など、力はもちろんですが、知略の面でもアルベール様に遠く及ばないかと。我ら財閥としても、次期皇太子たる烈真様を支持する身として、非常に頼もしく思っております。学園での華々しいご活躍のエピソードなどあれば、是非ともお聞かせ願いたいものですな」

慇懃無礼な態度で、だが確実に獲物を追い詰めるような、ねっとりとした煽りとプレッシャー。

それは、先日アルベールが手紙で突き上げられた「早く三男(蒼真)家のガキどもを失脚させろ」という財閥からの明確な「催促」であった。

その言葉を聞いた瞬間、ワイングラスを手にしていたクラリスの背筋に冷たいものが走った。隣に立つ父親と母親も、顔を引きつらせてアルベールを見つめる。

(お兄様……お願いですから、ここで余計なことは仰らないで……!)

クラリスは内心で激しく祈った。あの武術大会での惨敗、休暇中の路地裏での空回り、そして親衛隊へのズレた扇動の失敗。すべてを知るクラリスからすれば、兄の実力などメッキの剥がれた張り子の虎に過ぎない。ここで誇張をすれば、取り返しのつかない事態になる。

しかし、アルベールの致命的なまでの「プライド」が、その忠告を無視させた。

美酒の酔いと、財閥の幹部たちからの過剰なまでの称賛。そして何より、自分が「無能」と見下す焔光よりも優れていると言われた快感が、彼の自制心を完全に吹き飛ばしたのだ。

「ハハハ! 当然ですな、支店長! 風花など、ただ風を振り回しているだけの小娘に過ぎん! ましてやあの焔光など、座学の知識を齧っているだけの文字通りの「期待外れ」! 先日の学園の武術大会でも、俺の神速の「雷」に腰を抜かし、一歩も動けずに震えていたところを、俺が手加減して命を救ってやったほどですわ! 三男(蒼真)家のガキどもなど、俺の知略と圧倒的な力の前には、ただの赤子同然です!」

フハハハ、と高笑いを上げるアルベール。

財閥の幹部は待ってましたとばかりに、さらに深く、邪悪な笑みを深めた。

「おお、流石はアルベール様! それほどのお力がおありなら、我らが抱える小さな「問題」など、造作もないことですな」

幹部は芝居がかった仕草で手を叩き、アルベールの顔を覗き込んだ。

「そう言えば……先日、我が財閥から、貴方様の学園へ一通の公式な「魔獣討伐依頼」を提出させていただきました。我が財閥が所有する、この都市の魔鋼工場の隣にある林に、最近不気味な『ウォーター・ゾンビ』の群れが出没しておりましてね。帝国騎士団を動かすほどの魔獣ではございませんが、工場の稼働に支障が出て困っていたのです。……学園で圧倒的な力を持つアルベール様が、1回生たちを引き連れてサクッと解決してくださるご活躍、実に楽しみにしておりますよ?」

幹部はヴァルハイト家当主を見ると「いやあ、羨ましい。立派な子息をお持ちだ。討伐の件は、本店にも報告し、ヴァルハイト家の財閥へのご配慮に感謝を示しますからな。楽しみにしております。」

その瞬間、ヴァルハイト当主夫婦の顔は絶望に染まり、クラリスはあまりの愚かさに目眩を覚えた。嘘だ。全てが都合よく書き換えられた哀れな妄想だ。


幹部の瞳の奥に、何かを含んだような、暗く冷たい光が宿る。

ウォーター・ゾンビ。水属性の呪力を帯びた、生ける死体の魔獣。だが、財閥がわざわざアルベールを指名するように仕向けたこと、そして実家から送られてきたあの不味い【魔獣召喚符】のことを考えれば、これがただの偶然の依頼であるはずがなかった。

「ふ、ふん! ウォーター・ゾンビだと? そんな泥人形ども、俺の「雷」で一瞬にして消し炭にしてくれるわ! 任せておくがいい!」

自ら首を絞めるような大口を叩くアルベール。

メディチス財閥の張り巡らせた見え透いた罠に、操り人形は自ら嬉々として飛び込んでいくのだった。


場所は変わり、聖アウグスト皇立魔導武官学園・最上階にある学園長室。

月明かりだけが照らす静かな部屋の中で、学園長オリヴィア(織姫)は、提出された書類を指先でトントンと叩いていた。

その傍らには、軍服スーツをきっちりと着こなした九条朧(おぼろ)が、影のように控えている。

「学園長。メディチス財閥の支店より、正式な魔獣討伐の要請が届きました。対象は工場の隣の林に出没したウォーター・ゾンビの群れ。実技訓練の一環として、6回生のアルベール・ヴァルハイトを筆頭に、1回生の焔光様、風花様のクラスを指定しての依頼です」

朧の報告を聞き、デスクの前に立つ担任のエドガー・レオンハートは、クシャクシャになった煙草をカリカリと噛み砕きながら、スクエアメガネの奥の瞳をめんどくさそうに細めた。

「メディチス成金どもの、見え透いた嫌がらせだな。あの雷の坊ちゃん(アルベール)をパーティーで煽り散らかして、自分でこの依頼を受けさせるように仕向けたらしい。……なぁにが「騎士団を動かすほどではない」だ。朧の情報じゃ、工場の地下の「気」の揺らぎが妙に歪んでる。ただのウォーター・ゾンビの自然発生じゃねえな」

「ええ、その通りよ」

織姫は窓の外の夜空を見つめながら、妖艶な笑みを浮かべた。彼女の周囲で、微かに風の精霊たちが不穏な歌を囁いている。

「あのアルベールの坊ちゃんが実家から受け取った、あの「不味い符(魔獣召喚符)」。財閥の狙いは、あの子にあの林で符を使わせるか、あるいは財閥側が事前に仕込んだ罠を使って、焔光と風花をウォーター・ゾンビの呪術で確実に「処理」すること。……最悪の場合、アルベールにすべての罪を擦り付けて、ヴァルハイト家ごと蒼真(三男)家を巻き込んで破滅させる気ね」

「ハッ。相変わらずあいつらのやる政治劇は泥臭くて反吐が出る」

エドガーはダルそうにため息をつきつつも、その身から漏れ出る「気」は、かつて宮廷府から「単独工廠(スタンドアローン)」と警戒された怪物の片鱗を覗かせていた。

「どうします、学園長。俺が裏で工場ごと「土」と「機」で埋め戻して、無かったことにしましょうか? 織姫様の命令とあっちゃあ、めんどくさくてもやりますが」

「いいえ、必要ないわ」

織姫は振り返り、最愛の恩人の遺児――焔光の、あのシレッとした優しい顔を思い浮かべながら微笑んだ。

「これは学園に届いた「正式な依頼」よ。メディチス財閥は、学園へ資金提供しているわ。大々的に拒否すれば、それこそ宮廷府や烈真(次男)派閥に突っ込まれるわ。だから、そのままアルベールに引率させて、焔光たちのクラスを行かせなさい」

「……いいんですかい? 勇帝の形見に、もしものことがあったら」

「もしものこと、なんて起きるはずがないでしょう?」

織姫の瞳に、絶対的な確信と、英傑たちの力を知る者としての不敵な光が宿る。

「あの林にどれほどの罠が仕掛けられていようとも、あの子の本質(世界最強の絶技)の前には、ただの児戯に過ぎないわ。むしろ、メディチス財閥がどれほど愚かな地雷を踏み抜いたか、その身を以て知る素晴らしい機会になるでしょうね。……エドガー、朧。あなたたちは裏で、ネズミ一匹逃がさないよう結界の『隠蔽』だけを完璧にこなしておきなさい」

「御意」

「へいへい、了解。……せいぜい、あの雷の坊ちゃんが、自分の仕掛けた泥水で溺死しないことを祈っておきますかね」

大人の謀略網が裏で完璧に敷かれる中、学園の最初の校外実技(※ただし財閥にとっては地獄の始まり)の幕が、静かに上がろうとしていた。

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