我ら親衛隊と、逆効果?
長期休暇が明け、新学期が始まった聖アウグスト皇立魔導武官学園。
活気を取り戻した広大な学園食堂は、昼時ともなれば大勢の生徒たちでごった返す。その喧騒から少し離れた窓際の席で、6回生のアルベール・ヴァルハイトは、まだ微かに痛む脇腹をさすりながら、忌々しげにスプーンを動かしていた。
(クソッ……。長期休暇中の作戦も、なぜか出番すらなく不発。実家からのプレッシャーは募るばかり、このままではメディチス財閥からの評判は下がり、俺の、いやヴァルハイト家の立落にも繋がりかねん……)
焦燥感に苛まれるアルベールの目に、ふと隣のテーブルに陣取る男子生徒たちの集団が留まった。彼らは何やら熱を帯びた声で、熱心に密談を交わしている。
「おい、聞いたか? 今朝の風花様の歩行訓練のご様子を。あの凛とした【風】の気の纏い方、まさに次世代の英傑にふさわしい美しさだったぞ……!」
「ああ! 5回生の大賢ノエル様も至高の存在だが、やはり我らの本命は風花様だ。風花様親衛隊(非公認)として、俺たちは生涯を捧げる覚悟だからな!」
「ぶっちゃけ、将来の皇帝は蒼真家の風花様が就くべきだよな〜。実力も美貌も、次世代の皇太子候補の誰よりも完璧じゃないか?」
それは、風花の圧倒的な才能と美貌に狂信的な憧れを抱く、風花様親衛隊(非公認)を名乗る下級生たちの集団だった。彼らは蒼真家の次世代の象徴である風花を全肯定し、彼女を皇帝の座に据えるべきだと本気で盛り上がっている。
その様子を盗み聞きしていたアルベールは、手元でスプーンをピクリと止めると、その醜悪な顔にどす黒い邪悪な笑みを浮かべた。
(――閃いたぞ。そうだ、この頭の悪い狂信者どもを利用してやればいい!)
アルベールはふらりと席を立ち、さも自然に彼らのテーブルへと近づくと、親しげに声をかけた。
「やあ、下級生諸君。熱心に風花様を称えているようだが……少し耳の痛い「現実」を教えてあげようと思ってね」
「えっ? 6回生のアルベール先輩……!?」
突然の上級生の登場に、親衛隊の男子生徒たちが一瞬身を硬くする。アルベールは彼らを見下ろし、わざとらしく深いため息をついてみせた。
「君たちの言う通り、風花様は素晴らしい才能をお持ちだ。だが、どれほど風花様が完璧であろうとも、あの男が同じ蒼真家に居座り続ける限り、風花様が皇太子、ひいては次期皇帝の座に就くことなど、逆立ちしても不可能なのさ」
「あの男……って、まさか」
「そう、彼女の双子の兄――「期待外れ皇子」と噂される無能、焔光・フォン・アウグストだよ」
アルベールは周囲に聞こえるような大声にならないよう配慮しつつ、だが彼らの心を激しく揺さぶるように、陰険な声を紡いだ。
「皇室の格を重んじる宮廷府や貴族たちが、いくら才能があろうとも「出来損ないの兄」を持つ妹を、次期皇帝として認めると思うかい? 焔光があの調子でヘラヘラと学園に残り、蒼真家の足を引っ張り続ければ、風花様の輝かしい未来はすべて泥に塗れる。……風花様を本当に想う親衛隊ならば、あの無能の存在がどれほど風花様を貶めているか、理解できるはずだがね?」
「そ、それは……」
「確かに、あの兄貴が足を引っ張っているのは事実かも……」
アルベールの巧みな扇動に、親衛隊の男子生徒たちは一瞬、ゴクリと唾を呑んで顔を見合わせた。
(ククク、かかった! この頭の弱いガキどもを焚き付け、学園内で焔光を徹底的に糾弾させ、 親衛隊の暴走という形にすれば、俺の責任にはならない。無能皇子が糾弾されて蒼真家の評判が地に落ち、烈真様も大満足。俺の頭脳、やはり完璧すぎるな!)
アルベールは内心で大勝利のガッツポーズを決め、彼らの肩をポンと叩いてその場を去っていった。
しかし、アルベールは致命的なまでに「決定的な事実」を見落としていた。
風花様親衛隊(非公認)が、なぜ学園内で風花に直接近づくことができずに、ただ遠くから見つめるだけの「非公認」として甘んじているのかという、その根本的な理由を。
「……おい。今の、6回生のヴァルハイト先輩の言葉、聞いたか?」
アルベールが去った後、親衛隊のリーダー格の男子生徒が、ガタガタと全身を震わせながら呟いた。その顔は恐怖で真っ白に染まっている。
「き、聞いた……。あの先輩、俺たちに「焔光様を貶めろ」って言ったんだよな……?」
「馬鹿かあの先輩は!? 死にたいのか!?」
別の男子生徒が悲鳴のような声を殺して机を叩いた。
親衛隊の面々は、つい先日学園の訓練場で起きた【風花様エピソード1】を、生々しく記憶していた。
それは、風花様に近づこうとした、学園で割りかしモテると噂の上級生男子が、親しげに彼女に話しかけ、気安く風花様の肩へ手を回そうとした時のことだ。当の風花様が普段の可憐な笑みを一瞬で消し去り、「お兄ちゃん以外の殿方が私に触れるなんて、世界が腐り落ちるほど不快です。――風の刃でバラバラにしますね?」と宣告。無自覚に練り上げられた暴風が訓練場を包み込み、その男子生徒は衣服を木端微塵にズタズタに引き裂かれ、全裸一歩手前の無様な姿で白目を剥いて保健室へと担ぎ込まれたのだ。
それだけではない。親衛隊は、さらに恐ろしい【風花様エピソード2】の現場にも居合わせていた。
学園の購買で、数人の女子生徒が「焔光様って、座学は完璧なのにギフトの出力が期待外れよね〜。風花様の足を引っ張らなきゃいいけど」と、ほんの少し噂話をした時のこと。それを背後で聞いていた風花様は、琥珀色の瞳を濁らせ、無音の「空中遊泳」で彼女たちの背後に音もなく着地。そして、首筋に触れんばかりの至近距離から、氷点下よりも冷たい声で「今、私のお兄ちゃんを無能と呼んだ不届き者はどなたかしら? その汚い口をお兄ちゃんに向けるなら、害虫として、その肺の空気をすべて引き抜き、二度と呼吸ができないようにして差し上げますわ」と囁いた。風花様から放たれた冷徹なプレッシャーに、女子生徒たちは恐怖で、その場で失禁しかけ、涙ながらに命乞いをする羽目になったという。
親衛隊の面々が集めた数々の風花様エピソード、努力の結晶により、風花様が誰よりも、何よりも、世界の何よりも、兄の焔光を「狂信的に溺愛している」という、あまりにも重すぎる事実を。
「もし、俺たちがアルベール先輩の言う通りに焔光様を少しでも貶めるような真似をしたら……」
「お兄ちゃんをいじめた害虫として認識され、細胞レベルでバラバラに切り刻まれるぞ……!」
「いや、風花様だけじゃない! あの焔光様を溺愛している5回生の大賢ノエル様からも、天災級の魔道により、俺達だけじゃなく、俺達の実家ごと消し去られる……!なんせ国の枠を超えた英傑なんだからな!!」
親衛隊の面々は、アルベールの浅はかな扇動が、自分たちを「世界最強クラスの美少女二人に同時殺害されるデスゲーム」へ強制エントリーさせようとする、凶悪な罠であると完全に誤解した。
「ヴァルハイト先輩……なんて恐ろしい男だ。烈真派閥の威信のために、俺たちを捨て駒にして、世界最強の二人の逆鱗に触れさせようとするなんて……!」
「絶対に騙されるな! むしろ、焔光様に粗相のないよう、遠くから全力で敬意を払うんだ! それが俺たちの命を守り、風花様の(焔光にのみ向けられる)笑顔を守る唯一の道だ!」
「おおおっ!!」
食堂の一角で、親衛隊の男子生徒たちは「絶対に焔光様を怒らせてはならない」という、新たなる狂信的な決意を固め、固く拳を握り合うのだった。
一方、その様子を離れた席から冷たい紅茶を啜りながら眺めていた5回生の生徒会長クラリスは、兄がまたしても新たな地雷を全力で踏み抜いたことを察知し、深く、深い諦めの溜め息をついた。
(お兄様……。風花様を動かしたいなら、まず焔光様を徹底的に「称える」べきですのに。あの親衛隊を逆方向に大爆発させるなんて、本当にお馬鹿さんを通り越して、ある種の才能すら感じますわね……。もう知りませんわ)
クラリスは完全に兄を見捨て、次の書類へと目を移すのだった。




