完璧な作戦(出番すらない模様)
「――そうか! その手があったか!」
学園の保健室のベッドの上で、アルベール・ヴァルハイトはポンと手を叩き、歓喜の表情を浮かべた。
実家から「不味いもの(魔獣召喚符)」を押し付けられた時はどうなることかと思ったが、あんなリスクの高すぎる危険な禁忌に頼る必要など、最初からなかったのだ。自分の頭脳を持ってすれば、より安全に、かつ確実にあの無能を社会的に抹殺できる。
アルベールは、あらかじめ1回生の下級生男子に探らせておいた情報を脳内で反芻し、邪悪な笑みを深めた。
「あの無能皇子、今度の長期休暇中も皇室には帰らず、学園の寮に残り続けるらしいな。……ククク、格好の機会じゃないか」
数日後、体調が回復した彼は生徒会室のソファーに深く腰掛け、傍らに立つ異母妹のクラリスに、自信満々の笑みを向けた。
「いいかクラリス、完璧な作戦を思いついたぞ。まず、1回生の中でお前の息がかかった男子生徒を焔光に近づけさせる。「気になる貴族令嬢にプレゼントを買いたいが、高貴な女性の趣味が分からんから買い物に付き合ってくれ。照れくさいから男同士で。」とでも言わせるのさ。お人好しの無能だ、男同士の買い物と聞けばシレッと付いてくるに違いない」
「……はぁ〜。」
クラリスは早くも頭が痛くなり、冷ややかな視線を兄に送ったが、アルベールは止まらない。
「そして帝都の賑やかな商業街の路地裏に誘い出し、事前に俺が金で雇っておいた腕利きのチンピラどもに絡ませる! 妹も侍女もいない、一人の焔光などただの肉袋だ。チンピラどもに散々ボコボコにさせて、泣き叫ばせたその瞬間――! この俺、6回生のアルベール・ヴァルハイトが颯爽と現れ、一般属性最強の『雷』で不届き者どもを消し飛ばして救出する!」
アルベールは立ち上がり、大仰に両手を広げて自説に酔いしれた。
「どうだ!? 公衆の面前で無様にボコられた焔光の評判は地に落ち、逆に無能を救った俺の評価は爆上がり! 実家も財閥も大満足、ノエル様も俺の頼もしさに気移りするかもしれん! 一石三鳥の完璧な作戦だ!」
「…………」
クラリスは、もはや言葉を失い、心底呆れ果てて兄を見つめていた。
彼女の脳裏には、大賢者ノエルから笑顔で「焔光くんに何かしたら、分かっているわね?」と世界の破滅一歩手前の圧をかけられた記憶が鮮明に残っている。それなのに、この愚かな兄は自分の浅知恵で世界の危機を呼び込もうとしているのだ。
(お兄様……本当に、救いようのないお馬鹿さんですのね……。あの無能皇子の背後にいる大賢様や専属主従が、長期休暇だからといって主を一人にする訳がありませんのに。それに、もし成功しても、万が一にでもお兄様の差し金だとノエル様にバレたら、ヴァルハイト家ごと大災害級の業火に飲み込まれて消し炭になりますわよ……?)
クラリスはそっとため息をつき、頭を振った。
(母上に報告する程も無いわね……どうせ失敗するし。これでお兄様が自滅して、烈真様への不義理を咎められても、私は一切関知いたしませんわ)
これ以上関わると自分まで巻き添えを食らうと悟ったクラリスは、「そうですか。お怪我のないように」とだけ冷淡に言い残し、優雅な足取りで生徒会室を後にするのだった。
そして迎えた長期休暇の当日。
帝都の活気溢れる商業街の一角に、私服姿の焔光の姿があった。
「へえ、このお店がおすすめなんだ。喜んで貰えるといいね」
「あ、はは……。そうですね、焔光様。付き合っていただき、ありがとうございます……」
アルベールに指示された通りに焔光を誘い出した1回生の男子生徒は、罪悪感からか、それとも別の理由からか、終始ガタガタと小刻みに震えながら冷や汗を流していた。
それもそのはずだった。男子生徒の視線の先――焔光の数歩後ろには、休日にもかかわらず一分の隙もない黒い上着をまとった専属執事、孔明が、まるで実体のない影のように静かに従っていたからだ。その切れ長の瞳は、周囲の「気」の動きや人混みの殺気を完全に掌握しており、自分をジト目で見ている…気がする?。
(おかしい。どうして「誰も連れてこないはず」の無能皇子の後ろに、あの不気味な専属執事が平然と付いてきているんだ……!? 話が違うぞ、アルベール先輩……!)
「あ、あの。」意を決して聞いてみる「焔光様、あの…後ろの孔明さんは……?」、
焔光は、少し申し訳無さそうに、「男同士と言う事なら、自分も邪魔にならない様について行っても大丈夫ですよ!って孔明が譲らなくて」頼りない笑顔をしながら「ごめんね〜」と言うのだ。「べ、別に大丈夫なんですが…」
下級生男子は内心で泣きそうになりながら、指示された路地裏へと焔光を誘導する。
「あ、ちょっと待ってて。あそこの露店、風花やノエル様が喜びそうな綺麗な髪飾りが売ってるな。少し見てくるよ」
焔光がシレッとした顔で露店へ歩いていき、男子生徒と孔明が路地裏の近くに残された。その瞬間に、
「おいおいおい、そこの頼りない坊主二人。いいモン持ってんじゃねえか、あァ?」
待機していたアルベールの計画通り、薄暗い裏路地からガラ悪く武装したチンピラ三人衆が、下品な笑みを浮かべて現れた。アルベールが金を積んで雇った、それなりに場数を踏んでいる荒事のプロ達だ。
「小遣い置いていきな〜。さもねえと、その綺麗なツラを――」
チンピラ達の後ろから、
「――主の視界に、ゴミを入れないで頂きたい。」
冷徹極まりない、氷点下の声。
チンピラたちが驚いて振り返るよりも早く、孔明の【闇】のギフトが発動していた。
バサリ、と空間の光が奪われ、チンピラたちの足元から伸びた『影』が、生き物のように彼らの身体を強固に拘束する。
「な、なんだこれ!? 動けねえ――ぶふぉっ!?」
間髪入れず、孔明は影から音もなく出現させた闇の壁を、棒状の打撃武器の如く変形させてチンピラ二人の顎を正確に打ち抜いた。骨が軋む音と共に、脳震盪を起こした二人が白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
「ひ、ひえっ――」
残り一人が恐怖に顔を歪めて悲鳴を上げようとしたが、孔明は一瞬でその背後へと転移し、首筋へ容赦のない手刀を叩き込んだ。
「ガハッ……!」
崩れ落ちる三人。絡まれてから、わずか三秒。骨の髄まで元「鵺」のエース・朧の技術を叩き込まれた孔明にとって、街のチンピラを無力化することなど、呼吸をするよりも容易い雑務に過ぎなかった。
「お待たせ。あ、あれ? その人達、どうしたの?」
髪飾りを選び終えた焔光が、何事もなかったかのようにのんびりと戻ってくる。
「いえ、主。こちらの方々ですが、ふざけ合って、前をみてなかったようで、三人仲良くそこの壁に激突して気絶されたようです」
「そっか。危ないね、ちゃんと前みて歩かないと。君も気をつけなよ?」
「は、はいぃっ!!」
孔明の完璧な嘘(?)と、その背後に渦巻く「これ以上主に余計なことを喋れば、次はお前がこうなる」という冷徹な眼光に射抜かれ、1回生の男子生徒は完全に恐怖で涙目になりながら激しく頷くしかなかった。
一方、その頃。
裏路地のさらに奥、物陰に隠れて「俺の最高の出番」を今か今かと待ち構えていたアルベール・ヴァルハイトは、痺れを切らして時計を確認していた。
「……遅い。遅すぎるぞ。あのチンピラども、まだ無能皇子をボコり始めていないのか? 俺の出番のセリフ、もう百回は脳内で練習したんだが……」
「おっと、そこまでだ!」と、完璧なタイミングでアルベールが最高に格好良く飛び出す姿をイメージをしながら「雷」の気をいつでも解放できるよう無駄に体力を消耗し待機していたが、どれだけ待っても悲鳴も怒号も聞こえてこない。あまりの静けさに不安を覚え、痺れを切らして路地裏を覗き込んだ時には、すでに焔光たちは買い物を終えて楽しげに去っていった後だった。
そして地面には、彼が金で雇ったはずの精鋭のチンピラたちが、まるで芸術品のように綺麗に並べられて、白目を剥いて転がっているだけだった。もちろん、周囲の自然も地形も一切傷ついていない。
「な、なんだこれはぁぁぁぁぁっ!?」
自身の完璧な作戦が、出番すら与えられないまま、影の執事によって一瞬で「なかったこと」にされた現実が理解できず、アルベールは静まり返る路地裏で、ただ一人頭を抱えて絶叫するのだった。




