紅茶に含まれた睡眠薬
親睦会は順調に進んでいた。
会場では生徒たちが談笑し、料理や飲み物が次々と運ばれている。
アイリスとリリアも、先ほどから紅茶を飲みながら周囲の様子を眺めていた。
やがて二人のカップが空になる。
すると――。
「紅茶、お注ぎしますね」
すぐさま一人の給仕の男が近づいてきた。
爽やかな笑顔を浮かべ、慣れた手つきでポットを傾ける。
「ありがとうございます」
リリアがカップを差し出す。
しかし――。
「…………」
アイリスの表情が止まった。
男が注いだ紅茶から漂ってきた香り。
先ほどリムジンで飲んだものとは、明らかに違う。
アイリスはカップを手に取り、ほんの少しだけ香りを確かめた。
「……?」
リリアが不思議そうにアイリスを見る。
「どうしたの?」
「リリア」
「うん?」
「その紅茶、飲まないでください」
「え?」
アイリスは自分のカップを見つめる。
そして、給仕の男へ視線を向けた。
「あなた」
「……はい?」
「その紅茶……先ほどまでのものとは違いますね」
男の笑顔が、一瞬だけ固まった。
「いえ、同じものですよ」
「いいえ」
アイリスは即答した。
「香りが違います」
「…………」
「先ほどリムジンでいただいた紅茶と、先ほどまで会場でいただいていた紅茶。そして今あなたが注いだ紅茶。この三つは同じではありません」
男の表情がわずかに強張る。
アイリスはカップを置いた。
「リリア、その紅茶を吐き出してください」
「えっ!?」
「早く」
「わ、分かった!」
リリアは慌てて口に含んでいた紅茶を吐き出した。
そしてアイリスは、男から目を離さない。
「あなたにも一つ質問があります」
「……なんでしょう」
「その紅茶を、あなたも飲んでいただけますか?」
「…………」
沈黙。
男の額に、うっすらと汗が浮かんだ。
「もちろん……構いませんよ」
「では、どうぞ」
アイリスは男の前へカップを差し出す。
「あなたが注いだ紅茶です。飲めない理由はありませんよね?」
「…………」
男の手が止まる。
さっきまでの爽やかな笑顔は、もう消えていた。
リリアがその様子を見て目を細める。
「アイリス……」
「えぇ」
アイリスは静かに立ち上がった。
「もう十分です」
「……何がです?」
「あなたの反応を見れば、ほぼ確定しました」
アイリスの瞳が鋭くなる。
「この紅茶には、何かが入っています」
「…………!」
「そして――」
アイリスは男の手元にあるポットへ視線を向ける。
「それはおそらく、睡眠薬でしょう」
会場の空気が一変した。
「睡眠……薬?」
リリアが驚く。
「どういうこと?」
「まだ断定はできません。しかし、香りに僅かな違和感がありました」
アイリスは淡々と説明する。
「私は紅茶の香りをかなり覚えています。同じ茶葉、同じ淹れ方であれば、これほど明確な違いは出ません」
「じゃあ……」
「えぇ」
アイリスは給仕の男を見つめる。
「この男は、何かを混入した可能性があります」
「違う!」
男が思わず声を荒らげた。
その瞬間――。
アイリスの口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「なるほど」
「……何がです?」
「まだ私は『あなたが犯人です』とは言っていませんよ」
「…………!」
男の顔から血の気が引く。
リリアも気づいた。
「アイリス……まさか」
「えぇ」
アイリスは一歩、男へ近づく。
「あなたは今、自分から答えを出してしまいました」
そして――。
会場にいる全員へ聞こえるように、静かに告げる。
「では、ここから推理を始めましょう」
「この紅茶に何が入っていたのか」
「なぜ、私たちに飲ませようとしたのか」
「そして――」
アイリスの視線が、男を射抜く。
「誰が、何のためにこの親睦会で犯行を企てたのか」
静まり返った会場。
アイリス・ホームズの推理が、始まった。




