紅茶の香りはだいたい分かりますので
アイリスとリリアはゲーラが用意していたドレスの中から、親睦会に着ていく一着を選んでいた。
色とりどりのドレスが並ぶ中、アイリスは一着を手に取る。
「アイリス、そっちは私のドレスよ。アイリスのはそっちの」
「なぜリリアの物を着てはいけないのです? こちらの方が上品ですし、こちらから選びたいのですが」
「私のでもいいんだけど……」
リリアはアイリスをじっと見つめる。
そして、彼女の体つきを確認すると――。
「多分アイリスの体つきだと、ずり落ちそうだけど……」
「…………」
アイリスの顔が、みるみる赤くなる。
「わ、私はまだ成長期です! いずれはリリア以上の大人の女性になります、きっと……!」
「探偵は推測だけで語るものじゃないよ~」
「ぐぬぬぬ……!」
言い返せない。
しばらく悔しそうに唸っていたアイリスだったが、やがて小さくため息をついた。
「はぁ……まあ、私の物だとこれが一番上品でしょう」
アイリスが手に取ったのは、白と青を基調とした美しいパーティドレスだった。
白をベースに淡い青が優雅に入り込んだデザイン。
派手すぎるわけではない。
しかし、見る者の目を自然と引きつける気品がある。
まるで――最初からアイリスのために仕立てられたかのようなドレスだった。
そして、そのドレスに合わせる髪飾りも一つ。
白いガーベラを中心に作られた、美しい髪飾りだった。
白いガーベラ。
その花言葉は――
『律儀』
『希望』
『期待』
今のアイリスだけではなく、これから先の未来を歩んでいく彼女に向けられたような、そんな花言葉だった。
普段のアイリスはハーフアップロングにしている。
しかし今日は、髪をすっきりとまとめたギブソンタック。
白いガーベラの髪飾りが、その髪に上品に添えられている。
一方のリリアは、アイリスとは正反対の雰囲気だった。
白と黒を基調とした、大人の女性らしさを前面に出したパーティドレス。
普段の彼女からは想像できないほど落ち着いた雰囲気を纏い、まさに『大人の女性』という言葉がよく似合っていた。
髪型もいつものツインテールではない。
今日は一つ結びにして、そのままお団子にまとめている。
「どう? アイリス」
「えぇ。よく似合っていますよ、リリア」
「アイリスも似合ってるよ」
「ありがとうございます」
二人は互いの姿を確認すると、親睦会へ向かう準備を終えた。
そして――約束の時刻。
結城学園の前に、一台の黒い車が止まった。
普通の乗用車ではない。
見るからに高級感のある、大きなリムジンだった。
扉が開く。
そこから給仕服を身にまとった男性が降りてきた。
「アイリス様、リリア様。本日は親睦会へのご参加ありがとうございます。王子邸へ向かいますので、どうぞお乗りください」
「えぇ、ありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします」
アイリスとリリアはリムジンへ乗り込んだ。
車内は広く、まるで一室のようだった。
そして、二人が席に着くと――。
一人の女性給仕が、丁寧な所作で紅茶を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
アイリスはカップを受け取る。
そして――口をつける前に、ふと香りを嗅いだ。
「…………」
ほんの一瞬、アイリスの表情が変わる。
そして、ぽつりと呟いた。
「これは……マリアージュフレール」
「え?」
リリアが驚く。
それ以上に驚いたのは、紅茶を差し出した給仕だった。
「香りだけで、この紅茶がマリアージュフレールだとよくお気づきになられましたね」
「えぇ。マリアージュフレールは、ほんの数回しか飲んだことはありませんが……」
アイリスは紅茶の香りをもう一度確認する。
「ガツンとした香りの強さ。そして濃厚な甘さが強めな味だったと記憶しています」
給仕は感心したように目を丸くした。
「さすがは大企業の跡取り息子……車の中でいただく紅茶がマリアージュフレールとは。恐れ入ります」
リリアもカップを手に取る。
「たしかに、普段私が淹れている紅茶とは似て非なるものね」
「そうですね」
アイリスが頷く。
するとアイリスが少し得意げに続けた。
「それでも、私たちが飲んでいるものもそこそこの高値なのよ」
給仕が答える
「そうなのですか?」
アイリスが頷き続ける
「えぇ。『ダージリンF.O.P.』。F.O.P.はフラワリー・オレンジ・ペコーの略よ。花のような芳醇な香りと、ダージリン特有の爽やかな味わいが楽しめる。結構いい値段がする高い紅茶なのよ」
「流石だね~、アイリス。だからいつも紅茶だけは自分で注文してるのね」
「えぇその通りですですがそれにあった茶菓子やお菓子を作るリリアにはいつも助かっていますよ」
「はいはい」
そんな二人の会話を聞いていた女性給仕が、ふと興味深そうに尋ねた。
「アイリス様は、紅茶の香りだけで、ほとんどの紅茶を当てられるのですか?」
「…………」
アイリスは少し考え込む。
そして、首を横に振った。
「全ては無理です」
「そうなのですか?」
「えぇ。私も飲んだことのない紅茶がある程度ありますから。一つずつであれば、香りからある程度絞り込んで当てられる自信はあります」
アイリスはカップを眺めながら続ける。
「ですが、全てを一気に判別するのは不可能ですね。匂いが混ざってしまいますので」
「なるほど……」
「それでも、主張の強い香りのものであれば当てられますよ」
アイリスは何でもないことのように言った。
「紅茶の香りは、だいたい覚えていますので」
リリアはその言葉を聞いて、苦笑する。
「本当に、アイリスって紅茶のことになると妙に細かいよね」
「探偵ですから。情報は覚えておくに越したことはありません」
「そういうところだよ~」
車は静かに走り続ける。
二人を乗せたリムジンは、これから王子邸へ向かっていた。
――この時の二人はまだ知らない。
これから向かう『新入生の親睦会』が、単なる楽しい交流の場では終わらないことを。
そして、アイリス・ホームズがまた一つの事件へと足を踏み入れることになることになる




