「新入生の親睦会への招待」
美術室で起きた事件から、一夜が明けた。
事件が解決したことで、藤岡正信の裏側も次々と明らかになっていった。
彼は美術部の部費を密かに横領していただけではなかった。
美術部の有望な生徒たちを大学へ進学させる代わりに、大学側から秘密裏に金銭を受け取っていたこと。
そして、その金銭を得るために学園の高価な絵画へ手を出そうとしていたこと。
一つの事件を解決したことで、隠されていた事実が次々と暴かれていく。
事件というものは、不思議なものだ。
一つの謎を解けば、その奥からまた別の謎が現れる。
けれど――今はもう、私が考える必要のある事件ではない。
私はいつものように、自分の席で本を読んでいた。
すると――。
「ホームズ嬢、ノートン嬢」
声を掛けられた。
私とリリアは同時に振り向く。
そこに立っていたのは、一人の男子生徒だった。
整った身なりに、どこか品のある立ち振る舞い。
そして、柔らかな笑みを浮かべている。
「少し時間をいただいてもいいかな?」
「えぇ、構いませんが」
「ええ、どうぞ」
私とリリアが答えると、男子生徒はにこりと笑った。
「ありがとう」
そして、胸に手を当てる。
「僕の名は――王子正樹」
「王子……?」
「そう。王子家の御曹司なんだ」
なるほど。
どうやら、かなりの家柄らしい。
正樹はそのまま話を続ける。
「実はね、新入生同士の親睦会を兼ねたパーティを開こうと思っていてね」
「親睦会……ですか?」
「ああ」
正樹は教室を見渡した。
「この学校には、僕のような内部進学生も多い。でも、君たちのような外部進学の生徒もいる」
「……」
「それに内部進学生は、基本的に卒業後の進路がある程度決まっている者も多いんだ」
家を継ぐ者。
親の会社へ進む者。
家業を引き継ぐ者。
この学園には、そうした生徒も少なくないのだろう。
「だからこそ、外部から来た生徒たちとも交流する機会を作りたいと思っていてね」
そして、正樹は私たちを見る。
「もし良ければ――パーティ用のドレスを着て参加してほしいんだ」
「ドレス……」
私は少し考える。
確かに――。
私たちは外部進学組。
学園に入学してからまだ日も浅い。
事件を通して何人かの生徒とは顔を合わせたが、学年全体のことなどほとんど知らない。
親睦会という目的なら、参加する意味は十分にある。
それに――。
ここしばらく、探偵としての仕事も落ち着いている。
「なるほど」
私は本を閉じる。
「確かに私たちは外部進学の生徒ですし、周りの生徒のことをほとんど知りません」
正樹は頷いた。
「えぇ。親睦会ということであれば、断る理由もありませんね」
そして私は、少しだけ微笑んだ。
「ここしばらくは探偵業務も落ち着いていますので――参加させていただきます」
「本当かい?」
正樹の表情が明るくなる。
「ありがとう、ホームズ嬢」
そして、隣のリリアを見る。
「ノートン嬢はどうかな?」
リリアは少し考えたあと、肩をすくめた。
「アイリスが参加するなら、私も参加するわ」
そして――。
少しだけ不満そうに付け加える。
「それと、あまり苗字で呼ばないでほしいわ」
「え?」
「おじい様が有名だから……あまり好きじゃないの」
リリア・ノートン。
彼女の祖父は、かつて名探偵と呼ばれたゲーラ・ノートン。
その名前は、探偵の世界ではそれなりに知られている。
だからこそ、リリア自身を見てもらえないことがある。
「それは失礼した」
正樹はすぐに頭を下げた。
「では、当日は迎えを呼びますので」
そして、私たちへ笑顔を向ける。
「よろしくお願いしますよ、アイリス嬢。リリア嬢」
「えぇ」
「こちらこそ」
正樹は満足そうに頷くと、そのまま教室を去っていった。
私は、その背中を見送る。
「……」
ふと、隣のリリアを見る。
「そういえば、リリア」
「ん?」
「私たち、パーティ用のドレスなんて持っていませんが」
「ああ、それなら大丈夫よ」
リリアは何でもないことのように答えた。
「おじい様がそういうの、たくさん持ってるから」
「……え?」
思わず聞き返す。
「ゲーラおじさんが?」
「そうよ」
「なんで?」
私が首を傾げると、リリアは呆れたように笑った。
「探偵は潜入調査もするから、パーティ会場に足を運ぶこともあるんだって」
「……なるほど」
「だからって――」
リリアは指を折りながら続ける。
「私たちのドレスを二十着……いや、三十着くらい用意してたわ」
「…………」
私はしばらく黙り込んだ。
そして――。
「さすが元名探偵ですね」
思わず感心してしまう。
「そこは本当に頼りになります」
「そうね」
リリアも苦笑する。
こうして――。
私たちは新入生親睦会へ向けて、準備を始めることになった。
ただの親睦会。
少なくとも、この時の私はそう思っていた。
けれど――。
探偵というものは、平穏な場所ほど疑ってかかるべきなのかもしれない。
そしてこの親睦会が――。
新たな事件の幕開けになることを、私はまだ知らなかった




