「真実の指輪」
この事件の終わりです
藤岡先生――いや、藤岡正信の表情から、徐々に余裕が消えていく。
先ほどまでの冷静さは、もうどこにもなかった。
私はそんな彼を見ながら、腰に付けたキーホルダーへ手を伸ばす。
そして、その中から小さな指輪を二つ取り出した。
一見すれば、何の変哲もない指輪。
しかし――これは私にとって、ただのアクセサリーではない。
「な、なんなんだ、それは!」
藤岡先生が声を荒らげる。
「学校には必要な物以外は持ち込むことは禁止されているぞ!」
私は呆れたように小さく息を吐いた。
すると、隣にいたリリアが私の顔を覗き込む。
「アイリス、溜息つくと幸せ逃げるよ~」
「……余計なお世話です」
私は冷静に言い返す。
そして、藤岡先生へ向き直った。
「確かに、学校生活においては必要ありませんね」
「なら――」
「ですが」
私は指輪を掲げる。
「探偵にとっては必需品です」
そして、淡々と続けた。
「教師からも使用の許可は得ています。したがって、校則上も何の問題もありません」
「……」
藤岡先生は何も言い返せない。
私はそのまま、倒れている黒崎先輩のもとへ向かった。
しゃがみ込み、その手にそっと触れる。
「黒崎先輩」
返事はない。
当然だ。
彼はもう、この世にはいない。
「真実を得るために――あなたに協力していただきます」
私は黒崎先輩の指へ、二つの指輪のうち一つをゆっくりとはめた。
その様子を見ていた響さんが、驚いたように目を見開く。
「……それが、噂の探偵の七つ道具の一つか?」
「はい」
私は頷く。
「これが私の探偵の七つ道具――」
指輪が淡い光を放つ。
「『真実の指輪』です」
「真実の……指輪?」
リリアが呟く。
私は説明を続けた。
「この指輪は、対象となった人間が目にしたものや、耳にしたものをホログラムとして再現する魔法具です」
「対象者は――」
私は黒崎先輩を見る。
「死者であっても構いません」
響さんの表情が変わる。
「死者でも……?」
「実体さえ残っていれば可能です」
私は指輪を見つめる。
「これから再現するのは、黒崎先輩が最後に見たもの」
「そして、聞いたもの」
「相手が放った言葉も、その行動も――」
私は藤岡先生へ視線を向ける。
「すべてです」
藤岡先生の額から、汗が流れ落ちた。
しかし――この道具には、一つだけ問題がある。
「ただし……代償もあります」
「代償?」
リリアが心配そうに聞く。
「ええ」
私は自分の胸元へ手を当てた。
「この七つ道具は、長時間使用すると使用者の精神と身体に大きな負担を与えます」
「だったら……」
「短時間であれば問題ありません」
私は立ち上がる。
「少なくとも、今回の事件を解決するには十分です」
そして、黒崎先輩の手を取った。
もう一つの指輪を、自分の指にはめる。
その手を自分の胸元へと当てる。
「黒崎先輩」
静かに目を閉じる。
「いきますよ」
指輪が、さらに強い光を放つ。
「――真実を解き明かし」
「その時見たものを示せ」
瞬間。
私と黒崎先輩の周囲が、淡い光に包まれた。
そして――。
空中に、一つの映像が浮かび上がる。
ホログラム。
そこに映し出されたのは――事件が起こる直前の美術室だった。
「……!」
誰もが息を呑む。
そこには――。
藤岡先生と、黒崎先輩がいた。
『藤岡先生……その絵画、どうするつもりですか?』
黒崎先輩が、一枚の絵画を指差す。
藤岡先生は何食わぬ顔で答えた。
『あぁ……とある絵画会に展示したいと連絡をもらってね。今から運ぶところだ』
しかし、黒崎先輩は納得しなかった。
『絵画会などに絵画を持ち出す場合は、生徒全員の承諾と印鑑が必要なはずです』
『……』
『それに、その絵画は一枚で三百万円はする代物です』
黒崎先輩は藤岡先生を真っ直ぐ見つめる。
『元の場所へ返してください』
そして――。
『私は先生に報告してきます』
黒崎先輩が背を向けた。
その瞬間だった。
藤岡先生が近くに置かれていた金属バットを掴む。
「――!」
振り上げる。
そして――。
ガッ!
黒崎先輩の後頭部へ、バットが叩きつけられた。
「……!」
映像を見ていたリリアが息を呑む。
黒崎先輩はその場に倒れ込む。
それでも、意識はまだ残っていた。
『こ……んな……こと……許され……』
「お前のせいで……!」
藤岡先生の声が響く。
『……?』
「俺の計画が台無しじゃないか!」
そして――。
ガッ!
ガッ!
ガッ!
何度も。
何度も。
金属バットが振り下ろされる。
やがて――。
黒崎先輩は動かなくなった。
息もしていない。
映像がそこで途切れた。
静寂。
誰も言葉を発することができなかった。
私はゆっくりと息を吐く。
「……っ」
頭に鋭い痛みが走った。
私は思わず額を押さえる。
「アイリス!」
リリアがすぐに私の身体を支えた。
「大丈夫!?」
「問題ありません……」
私は少し苦しそうに息を吐く。
「少し休めば大丈夫です」
そして、藤岡先生へ視線を向ける。
「……そんなことより」
「これが――真実です」
藤岡先生は、何も答えなかった。
ただ、全身から汗を流している。
その顔には、もう先ほどまでの余裕など一切残っていない。
「……」
やがて藤岡先生の身体が震え始めた。
「……くそ」
小さな声。
そして――。
「くそぉぉぉぉっ!」
突然、藤岡先生が走り出した。
「お前みたいな探偵がいなければ!」
拳を振り上げる。
「俺の計画も……全部成功していたのに!」
「アイリス!」
しかし――。
私は動じなかった。
振り下ろされた拳を避ける。
続く二撃目も。
三撃目も。
すべて紙一重でかわしていく。
「残念ですが――」
藤岡先生の腕を掴む。
そのまま身体を捻り――。
「力による制圧は、既に想定内です」
ドンッ!
藤岡先生の身体を床へ押さえつける。
「ぐっ……!」
私はそのまま動きを封じた。
そして響さんへ視線を向ける。
「あなたの罪は、償うべきものです」
「響さん」
「ああ、任せろ」
響さんが藤岡先生へ近づく。
カチャリ。
手錠が掛けられた。
「13時23分」
響さんは、藤岡先生を見下ろす。
「藤岡正信。殺人及び窃盗の容疑で逮捕する」
「……」
藤岡先生は、何も言い返せなかった。
事件は――終わった。
私は再び頭を押さえる。
「……っ」
すると、リリアが私の身体をしっかりと支えてくれた。
「お疲れ様、アイリス」
「えぇ……」
私はリリアに身体を預ける。
「しばらく、支えていただけると幸いです」
「もちろん」
「やはり……七つ道具は、精神的にもダメージが大きいようですね……」
「だから無理しちゃダメだって言ってるでしょ」
リリアに小言を言われながら、私は小さく笑った。
そこへ響さんが歩いてくる。
「お疲れさんだな、お二人さん」
そして、いつものように笑う。
「さすがは名探偵ってところか」
「……ありがとうございます」
「お前たちには、また事件についての詳細やら、色々と聞くことがあるだろうが――」
響さんは私を見る。
「今は休んでくれや」
「えぇ」
私は頷いた。
「次にお会いする時には、事件の資料をまとめてお渡しいたします」
「頼んだぜ」
響さんは背を向ける。
そして、片手を上げた。
「じゃあな、名探偵」
「はい。また」
響さんの背中を見送りながら、私は目を閉じる。
こうして――。
結城学園の美術室で起きた殺人事件は、幕を閉じた。
私はまた一つ、事件を解決した。
けれど――。
この時の私は、まだ知らなかった。
この学園には。
今回の事件以上に複雑で――。
そして、私自身の過去へと繋がる事件が待ち受けていることを。
探偵アイリス・ホームズの物語は、まだ始まったばかりだった。
もう少し内容考えられたかも




