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第8話 『外に出たいという願い』

 その日の地下区画は、やけに静かだった。


「……なんか雰囲気違うな」


 俺が呟くと、隣の騎士が小さく頷いた。


「この時間は人が来ません」


「じゃあなんで今なんだよ」


「……あなたが来たいと言ったからです」


「俺そんな顔してたか?」


「してました」


「マジか」


 隠せてないな俺。



 重い扉の前。


 いつも通り——


 でも、少しだけ緊張する。


 ガチャリ。


 開いた瞬間。


「……来てくれた」


 リゼの声。


 少しだけ、安心したような笑顔。


「約束だからな」


「ふふ、ちゃんと守る人だね」


 鎖が鳴る。


 カチャリ、と。


 ゆっくり近づいてくる。


 もう、昨日ほどの戸惑いはない。


 自然に、距離が縮まる。


「今日もいい?」


「……軽くだぞ」


「うん」


 手を取られる。


 温かい。


 でも——


 今日はそれだけじゃなかった。


「ねぇ」


「ん?」


「お願いがあるの」


 リゼの声が、少しだけ真剣になる。


「……なんだよ」


「私を——」


 一瞬、間が空く。


 そして——


「外に連れていってほしい」


「……」


 言葉が止まった。


「ここじゃない場所を、見てみたい」


 まっすぐな目。


 冗談じゃない。


 本気だ。


「……無理だろ」


 反射的に答えていた。


「ここ監獄だぞ?」


「分かってる」


「しかもお前、厳重管理じゃん」


「分かってるよ」


 それでも——


 リゼは目を逸らさなかった。


「それでも、見たいの」


「……」


「空とか、街とか」


「……」


「普通の人が、普通に生きてる場所」


 その言葉が、妙に重い。


「……なんでそこまで」


 聞いてしまった。


 リゼは少しだけ笑う。


「だって」


「?」


「私、“普通”知らないから」


「……」


 言葉が詰まる。


 軽く返せる話じゃない。


「怖いのも分かってる」


 リゼは続ける。


「ここから出たら、何が起きるか分からない」


「……ああ」


「でも」


 手に力が入る。


 少しだけ強く。


「このまま何も知らずに終わるのは——」


 声が、少しだけ震えた。


「嫌なの」



 沈黙。


 どう答えるのが正しいか分からない。


 無理だと言うのは簡単だ。


 でも——


「……お前さ」


「うん」


「結構無茶言うな」


「自覚はあるよ」


「だよな」


 苦笑する。


 でも。


「……考えとく」


「……ほんと?」


「すぐどうこうは無理だけどな」


「うん」


 リゼの顔が、少し明るくなる。


「それでもいい」


「……」


「考えてくれるだけで、嬉しい」


 その笑顔は——


 ずるい。



「……無謀です」


 横から声。


 騎士だった。


「完全に規則違反です」


「分かってるよ」


「なら——」


「でも」


 リゼは騎士を見る。


「あなたも、外を知ってるでしょ?」


「……」


「私は知らない」


 言葉が刺さる。


 騎士は少しだけ視線を逸らした。


「……それでも」


「うん」


「……危険です」


「知ってる」


 短いやり取り。


 でも——


 否定しきれてない。



「いいじゃない」


 さらに声。


 看守長だった。


「面白そうだし」


「お前は黙ってろ!」


「失礼ね」


 楽しそうに笑う。


「変化が起きるのは歓迎よ」


「研究者かよ」


「似たようなものね」


 軽い口調。


 でもその目は——


 少しだけ鋭かった。


「“男”が現れて」


「“王女”が動く」


「……」


「何も起きない方が不自然でしょ?」


 確かに。


 でもそれは——


 ヤバい方向の話だ。



 再び沈黙。


 そして——


 リゼが言った。


「ねぇ」


「ん?」


「一緒に見たい」


「……何を」


「外の世界」


 まっすぐな言葉。


 逃げられない。


「……分かったよ」


 気づけば、そう言っていた。


「え?」


「約束はしない」


「うん」


「でも」


 息を吐く。


「やれるかどうかは、やってみる」


「……!」


 リゼの目が、ぱっと輝いた。


「ありがとう」


「まだ何もしてない」


「それでも」


 小さく笑う。


「嬉しい」



 その瞬間。


 何かが決まった気がした。


 ただの観察対象じゃない。


 ただのラブコメでもない。


 ここから先は——


 “選ぶ話”だ。



 この監獄島から。


 彼女を連れ出すかどうか。


 そして——


 俺が、どう関わるか。


 物語は、動き始めた。

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