第50話 『名前を賭けた戦い』
襲撃者たちが、一斉に舞台へ飛びかかってきた。
「ユウト!」
「分かってる!」
俺はリゼの手を握ったまま、前へ出る。
腕が熱い。
白い光が、指先からじわりと広がっていく。
でも——昨日みたいに暴走させるわけにはいかない。
ここは中央広場。
観客だらけ。
力任せにぶっ放したら、俺の方が危険物扱いされる。
「右、来る!」
リゼが叫ぶ。
俺には見えなかった。
でも、リゼには見えている。
襲撃者が投げた黒い針。
魔力汚染を帯びた拘束具。
「そこか!」
俺は腕を振る。
白い光が針に触れた瞬間、黒い魔力がほどけるように消えた。
針はただの金属片になって床へ落ちる。
「……すげぇ」
誰かが呟いた。
だが、感心してる暇はない。
「二人目!」
「分かった!」
今度は正面。
襲撃者が鎖を放つ。
ただの鎖じゃない。
黒い魔力が巻きついている。
「捕獲用かよ!」
「当てるな!」
カインの魔導銃が火を吹いた。
青い光弾が鎖の付け根を撃ち抜く。
鎖が弾かれる。
「ナイス!」
「礼は金でいい!」
「今そういう場合か!」
セリアが舞台の前に立つ。
怪我人とは思えない踏み込みで、襲撃者の短剣を弾き飛ばした。
「ここから先へは行かせません」
「邪魔だ、元監獄兵!」
「その肩で何ができる!」
襲撃者が嘲る。
セリアの目が細くなった。
「怪我をしていても」
剣が走る。
一撃。
襲撃者の武器だけを正確に落とす。
「あなた方程度なら止められます」
「かっけぇ……」
思わず声が出た。
「見とれている場合ですか!」
「ごめん!」
リゼが小さく笑った。
「でも、今のはかっこよかった」
「だよな」
「はいはい、仲良しは後で」
看守長が指を鳴らす。
黒紫の鎖が床から伸び、二人の足を絡め取った。
「公開の場で暴れるなら、もう少し芸を用意しなさい」
「ぐっ……!」
「この女……!」
「女に負けるのは初めて?」
看守長が笑う。
「慣れておきなさい。人生、だいたい女に負けるものよ」
「名言っぽく言うな!」
舞台下の一部から笑いが起きた。
観客が、ただ怯えるだけじゃなくなっている。
見ている。
俺たちが逃げるか、立つか。
それを見ている。
⸻
襲撃者の一人が、懐から黒い球体を取り出した。
リゼの表情が変わる。
「ユウト、あれ危ない!」
「汚染具か!?」
「違う、もっと広がる!」
黒い球体が床へ叩きつけられる。
割れた瞬間、黒い霧が爆発するように広がった。
「うわっ!?」
観客席へ向かって霧が流れる。
まずい。
このままだと、無関係な人間まで巻き込む。
「下がれ!」
俺は叫んだ。
だが、人が多すぎる。
逃げ場がない。
「ユウト!」
リゼが手を握る。
「見える?」
「少しだけ!」
「ならやるぞ!」
「うん!」
俺たちは霧の前へ出た。
黒い流れが広場へ広がっていく。
まるで生き物みたいに、人の魔力へ絡みつこうとしている。
「中心は?」
「舞台の下!」
「分かった!」
俺は膝をつき、床へ手を当てた。
白い光を流す。
無理やりじゃない。
黒い霧を全部吹き飛ばすんじゃなく、リゼが見つけた“中心”だけを狙う。
黒い糸。
霧を広げる核。
そこへ光を叩き込む。
「切れろ!」
パキン、と音がした。
黒い霧が一瞬で薄くなり、風に溶けるように消えていく。
広場が静まり返った。
誰も喋らない。
さっきまで俺を値踏みしていた連中も。
通報するか迷っていた連中も。
賞金額を計算していた連中も。
全員が、見ていた。
俺が人を傷つけるためじゃなく、守るために力を使ったところを。
⸻
「……本当に、浄化した」
「しかも広場を巻き込まずに」
「リゼリア様と手を繋いでいたぞ」
「共鳴だ……」
ざわめきが広がる。
その中で、エレナだけが黙っていた。
目は鋭い。
でもさっきまでとは違う。
捕獲対象を見る目じゃない。
記録すべき現象を前にした研究者の目。
そして、たぶん。
少しだけ、人間を見る目。
⸻
「まだだ!」
襲撃者のリーダー格らしき男が叫んだ。
「腕だけでも持ち帰れ!」
「だから発想が怖ぇんだよ!」
男が俺へ突っ込んでくる。
手には短剣。
刃には黒い魔力。
真正面。
避けるには遅い。
「ユウト!」
リゼの声。
でも俺は、動かなかった。
いや、動けなかった。
熱と痛みで足が一瞬固まった。
短剣が迫る。
その瞬間——
目の前に、白い研究服が割り込んだ。
エレナだった。
杖で短剣を弾く。
鋭い金属音。
「……は?」
俺も、襲撃者も、同時に固まる。
「王国研究院が保護対象と認定した人物への私的襲撃を確認」
エレナの声は冷たい。
「妨害行為として処理します」
「研究院が守るのか!?」
襲撃者が叫ぶ。
エレナは淡々と答えた。
「誤解しないように」
「私は彼を所有していません」
その言葉に、広場がまたざわついた。
エレナは続ける。
「だからこそ、あなた方の所有も認めません」
杖の先が光る。
襲撃者の足元に魔法陣。
次の瞬間、男は地面に縫い付けられたように動けなくなった。
「拘束完了」
「お前……」
俺は呆然とした。
「助けたのか?」
「利害が一致しただけです」
「素直じゃないな」
「素直です」
「いや、たぶん違う」
リゼが少しだけ笑った。
「でも、ありがとう」
エレナは一瞬だけ黙った。
「……記録します」
「そこは普通に受け取っていいと思うぞ」
⸻
残りの襲撃者たちは、セリアと看守長、カインによって次々に制圧されていった。
イヴは舞台の端で、最後の焼き串を食べながら見ていた。
「イヴ!?」
「戦闘継続可能人数、十分」
「だから食べてたの!?」
「普通のご飯は優先度が高い」
「この状況でブレないのすごいな!」
ミラは倒れた観客の応急処置をしていた。
「怪我人はこちらへ」
「ミラ、俺も怪我人!」
「あなたは後」
「優先度低い!?」
「立って喋れる怪我人は後」
「医者の判断、厳しい!」
⸻
やがて、広場は静まった。
襲撃者は拘束され、汚染霧も消えた。
観客は逃げなかった。
むしろ、さっきより増えている気がする。
みんな、見届けようとしていた。
この騒ぎの結末を。
⸻
ロザリアがゆっくり舞台中央へ戻った。
「いやぁ、いい見世物だった」
「おい」
「失礼。いい公開証明だった」
「わざと言ってるだろ」
「もちろん」
ロザリアは広場を見渡す。
声を張った。
「見たね?」
「この男は、汚染を浄化した」
「この少女は、その力を暴走させず導いた」
「そして彼らは、観客を巻き込まず、襲撃者を殺さず、場を収めた」
広場が静まる。
ロザリアの片目が、ぎらりと光る。
「ここに宣言する」
「情報屋ギルド第三支部は、ユウトおよび同行者を保証対象とする」
「彼らは商品ではない」
「捕獲対象でもない」
「ノルンにおける交渉主体である」
その言葉が、広場に響いた。
交渉主体。
難しい言葉だ。
でも意味は分かる。
少なくとも、この街では。
俺たちは“物”ではなくなった。
⸻
商人らしき男が声を上げる。
「では、浄化技術の交渉窓口は?」
ロザリアが即答する。
「情報屋ギルド第三支部を通す」
「手数料は?」
「高いよ」
広場に笑いが起きた。
空気が少し変わる。
恐怖と欲だけじゃない。
取引。
駆け引き。
この街らしい熱に変わっていく。
⸻
別の声。
「王国研究院はどうする!」
視線がエレナへ集まる。
エレナは一歩前へ出た。
「王国研究院特務執行官エレナの名において記録します」
「ユウトは現時点で自発的交渉対象」
「強制回収は、少なくともこの場において行いません」
ざわめき。
エレナは淡々と続ける。
「ただし、王国研究院本部の最終判断は未定です」
「最後に逃げ道作るなぁ……」
俺が呟くと、エレナがこちらを見た。
「事実です」
「だろうな」
でも、それでいい。
全部が一気に解決するわけじゃない。
今日勝ち取ったのは、たぶんほんの少しの猶予。
でも、その少しが欲しかった。
⸻
ロザリアが俺に視線を向ける。
「最後に一言」
「え、まだ?」
「締めは大事だよ」
俺は深く息を吸った。
体は限界。
正直、今すぐ寝たい。
でも、ここだけは言わなきゃいけない。
俺は前へ出た。
リゼが隣に立つ。
セリアも、看守長も、カインも、ミラも、イヴも。
みんな後ろにいる。
一人じゃない。
それだけで、声が出た。
「俺はユウトだ」
広場に響く。
「浄化の力はある」
「でも、俺は誰かの所有物じゃない」
「俺を使いたいなら、捕まえるんじゃなく、話をしに来い」
少しざわめく。
俺は続ける。
「世界を救う方法があるなら、俺は協力する」
「でも、人を材料にするやり方には協力しない」
リゼが言う。
「私はリゼリアです」
「自分の意思で、ここにいます」
「ユウトを誰かに渡すためではなく、一緒に未来を選ぶために」
その声は、もう震えていなかった。
⸻
沈黙。
そして——
広場のどこかで、誰かが手を叩いた。
一人。
二人。
三人。
拍手は少しずつ広がっていく。
全員ではない。
冷たい目もある。
計算している目もある。
敵意もある。
でも、拍手は確かにあった。
俺たちを物ではなく、人間として見た誰かがいた。
⸻
その時だった。
広場の奥。
高い時計塔の上に、人影が立っていた。
黒い外套。
白い仮面の欠けた横顔。
「……白鴉」
セリアが低く呟く。
俺も見上げる。
白鴉は、こちらを見ていた。
剣を抜くでもなく。
襲ってくるでもなく。
ただ、じっと。
そして、ほんの少しだけ口元を動かした。
遠すぎて声は聞こえない。
でも、何を言ったのか分かった気がした。
『次は、任務ではなく』
白鴉は背を向ける。
黒い外套が風に揺れる。
そして、一瞬で姿を消した。
⸻
「……まだ終わらないな」
俺が言うと、セリアが静かに頷いた。
「はい」
「ですが、今日は一つ勝ちました」
「そうだな」
リゼが俺の手を握る。
「名前、届いたね」
「ああ」
俺は広場を見渡した。
自由都市ノルン。
値段のつく街。
欲と情報と金で動く街。
そのど真ん中で。
俺たちは、初めて自分たちの名前を売らずに掲げた。
まだ逃亡者だ。
まだ狙われている。
でも今日からは——
ただ逃げるだけじゃない。
交渉し、選び、必要なら戦う。
俺たちは、自分の名前で生きていく。




