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第48話 『自由には値段がつく』

 自由都市ノルン。


 門をくぐった瞬間、俺は理解した。


「……ここ、ヤバいな」


 街の中は、今まで見たどの場所とも違っていた。


 石畳の大通り。


 左右に並ぶ店。


 頭上を走る魔導灯。


 空中には小型の魔導掲示板が浮かび、商品の値段や依頼情報が流れている。


 商人。


 傭兵。


 ローブ姿の魔法使い。


 獣耳の女。


 片腕が機械みたいな男。


 全員が、何かしら訳ありに見える。


「人、多い……」


 リゼが小さく呟いた。


 フードの下から、目だけがきらきらしている。


「監獄島とも、街道の宿場とも全然違う」


「ああ」


 俺も頷く。


「なんか、全員が全員を値踏みしてる感じがする」


「正解」


 カインが嫌そうな顔で言った。


「ここでは、金、情報、力、信用。全部が値札付きだ」


「うわぁ……」


「だから自由都市って呼ばれる」


「自由の意味、思ってたのと違うな」


「ここでの自由は、“何をしてもいい”じゃない」


 看守長が口元を歪める。


「“金を払えば見逃される”って意味よ」


「嫌な自由だなぁ……」


 その時、背後から門番の声が飛んだ。


「お客さんたち」


 振り向くと、さっきの魔導レンズの女門番が、退屈そうに手を振っていた。


「これ、忘れ物」


「何?」


 カインが受け取ったのは、薄い金属板だった。


 人数分。


 七枚。


「一時滞在証」


 門番はにやりと笑う。


「三日間有効。失くしたら罰金。期限切れも罰金。街中で身分確認に応じなかったら罰金」


「罰金ばっかりだな」


「自由には管理費がかかるの」


「名言っぽく言うな」


 俺がぼやくと、門番の魔導レンズがきらりと光った。


「それと、浄化する男さん」


「……」


 全員の空気が一瞬で固まった。


「声がでかい」


 カインが低く言う。


「安心しなさい。ここでは秘密にも値段がつく」


 門番は笑って、指を一本立てた。


「今のところ、私はあなたを通報しない」


「今のところ?」


「だって、通報料より面白くなりそうだもの」


「最悪の理由だな」


「でも忠告は無料でしてあげる」


 門番は身を乗り出した。


「この街では、あなたを売る人間より、あなたを買いたい人間の方が多い」


「……買う?」


「保護、雇用、研究、囲い込み、契約、脅迫。言い方はいろいろ」


 門番は肩をすくめる。


「でも中身は同じ。あなたの価値に群がる」


 リゼが俺の袖を握った。


 セリアの手が剣へ近づく。


「だから早めに“看板”を取ることね」


「看板?」


「後ろ盾よ」


 門番は街の奥を指差した。


「ノルンで何者でもない人間は、すぐ誰かの商品になる」


 そう言って、彼女はまた退屈そうな顔に戻った。


「ようこそ、自由都市ノルンへ。いい買い手が見つかるといいわね」


「買われる前提やめろ」


 俺のツッコミに、門番は楽しそうに笑った。



 門から離れて、大通りを歩く。


 さっきの言葉が妙に残っていた。


 後ろ盾。


 看板。


 つまり、この街ではただ逃げ込むだけじゃダメだ。


 誰かに認められるか、利用されるか、利用し返すか。


 そういう場所なのだ。


「カイン」


「何だ」


「さっき言ってた交渉の場って、どう作るんだ?」


「中立評議会に話を通す」


「評議会?」


「ノルンの上位組織だ。商会、傭兵団、魔導組合、情報屋ギルド、医療院、亡命貴族派閥。そういう連中の代表が集まってる」


「めちゃくちゃ面倒そう」


「実際、めちゃくちゃ面倒だ」


「じゃあどうする?」


 カインは渋い顔をした。


「まず、保証人を立てる」


「保証人?」


「ノルンでは、身元不明の大物案件を評議会へ持ち込むには保証人が必要だ」


「誰かいるのか?」


 カインは黙った。


 嫌な沈黙だった。


「……いるけど、会いたくない人?」


「大正解」


「またかよ」


 看守長が楽しそうに言う。


「元カノ?」


「違う」


「借金相手?」


「少し違う」


「命を狙われた?」


「それは複数いる」


「多すぎる」


 カインは深いため息をついた。


「情報屋ギルドの支部長だ」


「偉い人?」


「偉くて、性格が悪くて、俺に貸しがある」


「ならいいじゃん」


「俺もあいつに借りがある」


「あー」


「しかも向こうの方が金額換算で高い」


「行きたくない理由が分かった」



 とりあえず、俺たちは目立ちにくい裏通りへ移動することになった。


 だが、ノルンの裏通りは、裏通りなのにやたら賑やかだった。


 怪しい薬屋。


 武器屋。


 情報屋。


 安宿。


 屋台。


 どこからか肉の焼ける匂い。


「……またいい匂い」


 リゼが小さく反応した。


「さっき食べたばかりだろ」


「匂いは別腹」


「そんな言葉どこで覚えた」


「今作った」


「才能あるな」


 イヴが横で真剣に頷いた。


「匂いは別腹。記録した」


「記録しなくていい」


 セリアが周囲を警戒しながら言う。


「食事より先に、安全な宿を確保すべきです」


「正論」


 俺が頷くと、看守長が笑った。


「でも正論だけじゃ人は動けないのよね」


「何が言いたい?」


「空腹の美女二人を連れて宿探しを続けると、士気が下がるわよ」


 リゼとイヴが同時に屋台を見た。


 確かに。


 めちゃくちゃ分かりやすい。


「……一本だけな」


 俺が言うと、リゼの顔がぱっと明るくなった。


「ほんと?」


「声抑えろって」


「うん!」


 イヴもじっと俺を見る。


「私も?」


「もちろん」


「普通の旅、良い」


「まだ普通ではないけどな」


 屋台で焼き串を買う。


 代金はカイン持ち。


「俺の財布がどんどん軽くなる」


「後で返す」


「お前、今無一文だろ」


「出世払いで」


「賞金首の出世払いほど信用ならないものあるか?」


「ないな」


 俺たちは小さく笑った。



 その瞬間。


 背後から声がした。


「見つけた」


 全員が止まる。


 セリアが即座に半歩前へ出る。


 カインが魔導銃に手を伸ばす。


 看守長の目が細くなる。


 振り向くと、そこにいたのは小柄な少女だった。


 年齢は十代半ばくらい。


 大きな帽子。


 茶色の外套。


 首から情報屋ギルドらしき紋章を下げている。


「カインさん」


「……げ」


 カインが本気で嫌そうな顔をした。


「げ、って何ですか。失礼ですね」


「なんでここにいる、ニア」


「支部長から伝言です」


 ニアと呼ばれた少女は、にっこり笑った。


「“街に入った瞬間から見えている。逃げても無駄だから、さっさと顔を出せ”とのことです」


「最悪だ」


「それと」


 ニアは俺を見た。


 じろじろと。


「あなたが噂の浄化する男さんですね」


「……ユウトだ」


「名前も聞いてます」


 にこり。


「支部長が、ぜひお会いしたいそうです」


「それ、拒否権は?」


「ありますよ」


「あるんだ」


「拒否した場合、あなたたちの滞在証情報と手配書の照合結果が、三分後に街中へ流れます」


「ないじゃん拒否権!」


 ニアは笑顔のまま首を傾げた。


「自由都市ですので」


「この街の自由、マジで性格悪いな!」



 俺たちは、ニアに案内されて裏通りのさらに奥へ進んだ。


 道はどんどん狭くなる。


 壁には古い依頼書。


 怪しい合図。


 暗号みたいな落書き。


「ここ、情報屋ギルド?」


 リゼが小声で聞く。


「そうです」


 ニアが振り返らずに答えた。


「正確には、ノルン情報屋組合第三支部。通称“蜘蛛の巣”です」


「蜘蛛の巣……」


「入った情報は逃がしません」


「名前からして嫌だな」


 カインがぼそっと言った。


「だから来たくなかった」


「カインさんは未払い情報料が多いですからね」


「今それ言うな」


「事実です」


「味方がいない」


「情報屋に味方を求めるのが間違いです」


 ニア、かなり辛辣だった。



 やがて、地下へ続く階段に出た。


 扉の前には、巨大な男が二人立っている。


 この世界で男は珍しいはずなのに、ノルンでは普通にいる。


 とはいえ、二人とも体格が異様にいい。


「男だ……」


 リゼが小さく呟く。


「ああ」


「外の世界、本当にいるんだね」


「俺だけじゃないって、変な安心感あるな」


 すると門番の男の一人が俺を見て笑った。


「兄ちゃん、ここじゃ男も女も珍しくねぇ」


 もう一人が続ける。


「珍しいのは、値段のつかねぇ奴だけだ」


「また値段かよ」


「ノルンだからな」


 合言葉みたいに言うな。



 扉が開く。


 中は、地下なのに広かった。


 酒場。


 書庫。


 掲示板。


 交渉席。


 煙草の匂い。


 インクの匂い。


 嘘と本音が混ざったような空気。


 奥の一段高い場所に、一人の女が座っていた。


 赤い髪。


 片目に黒い眼帯。


 派手な服。


 笑っているのに、目がまったく笑っていない。


「カイン」


 女が言った。


「久しぶりだねぇ」


「……ロザリア」


 カインの声が低くなる。


「元気そうで何よりだよ」


「おかげさまで死にかけだ」


「そりゃいい。死んでないなら貸しを回収できる」


「やっぱりそれか」


 ロザリアと呼ばれた女は、俺たちを順番に見た。


 リゼ。


 セリア。


 看守長。


 ミラ。


 イヴ。


 最後に俺。


 そして、にやりと笑った。


「豪華な荷物を連れてきたね」


「荷物じゃない」


 俺は即座に言った。


 ロザリアの片眉が上がる。


「おや」


「俺たちは商品じゃない」


「ふぅん」


 ロザリアは肘をついた。


「いいねぇ。その言葉、この街で何日持つか試したくなる」


「趣味悪いな」


「情報屋だからね」



 ロザリアは指を鳴らした。


 周囲の喧騒が少し静まる。


「さて、浄化する男ユウト」


「……本当に何でも知ってるな」


「情報屋だもの」


「俺たちは評議会に話を通したい」


「知ってる」


「保証人が必要なんだろ」


「そうだねぇ」


 ロザリアは笑った。


「私が保証してやってもいい」


「条件は?」


「話が早い男は好きだよ」


 ロザリアは身を乗り出した。


「三つある」


「また三つか……」


「一つ。カインの借金を一部肩代わり」


「俺に来た!?」


「二つ。君の浄化能力を、私の前で一度見せる」


「……」


「三つ」


 ロザリアの笑みが深くなる。


「自由都市ノルンで、君たちの看板を立てるための“見世物”になってもらう」


 空気が凍った。


 リゼが低く言う。


「見世物?」


「言葉が悪かったかい?」


 ロザリアは笑う。


「なら、公開交渉と言い換えよう」


「何をする気だ」


 俺が聞く。


「簡単さ」


 ロザリアは卓上に一枚の手配書を置いた。


 そこには、俺たちの情報が載っている。


「王国研究院は君を欲しがっている」


「貴族院も欲しがる」


「傭兵も賞金稼ぎも動く」


「だったら先に、この街全体へ宣言するんだよ」


 彼女の眼帯の奥が、ぎらりと光った気がした。


「ユウトは誰の商品でもない」


「ただし、交渉には応じる」


「そして、その窓口はこの情報屋ギルドが握る」


「……つまり」


 カインが苦い顔をする。


「お前が仲介手数料で儲ける」


「当然だろう?」


 ロザリアは笑った。


「自由には値段がつくんだよ」



 俺は黙った。


 ムカつく。


 かなりムカつく。


 でも、門番が言っていた“看板”という意味は分かった。


 誰かの商品になる前に、自分たちで看板を立てる。


 捕獲対象ではなく、交渉相手として。


 そのためには、この女の力が必要かもしれない。


「……リゼ」


 俺は隣を見る。


「どう思う」


「嫌」


 即答だった。


「でも」


 リゼは少しだけ考えた。


「逃げ続けるだけじゃ、また誰かに捕まる」


「ああ」


「なら、ちゃんと言うべきだと思う」


「何を」


「あなたは物じゃないって」


 その言葉で、腹が決まった。



 俺はロザリアを見る。


「条件は飲む」


「いいねぇ」


「ただし、訂正しろ」


「何を?」


「見世物じゃない」


 俺ははっきり言った。


「俺たちは、自分の名前で交渉する」


 ロザリアは一瞬、目を細めた。


 そして楽しそうに笑った。


「ますますいい」


「気に入ったよ、ユウト」


「じゃあ保証してくれるんだな?」


「ああ」


 ロザリアは手配書を指で弾いた。


「明日の正午、ノルン中央広場」


「そこで君の名前を、この街に売り出してやる」


 売り出す。


 その言い方はやっぱり気に食わなかった。


 でも、今は飲み込む。


 俺たちは逃亡者から、交渉者になる。


 その第一歩だ。



 その時、地下酒場の入口が騒がしくなった。


 誰かが駆け込んでくる。


「支部長!」


「何だい」


「王国研究院から、正式通達です!」


 ロザリアが手を伸ばし、通達文を受け取る。


 目を通す。


 そして、にやりと笑った。


「面白くなってきた」


「何だよ」


 俺が聞くと、ロザリアは通達文をこちらへ投げた。


 そこには、こう書かれていた。


『王国研究院は、浄化個体ユウトの自由都市ノルン滞在を認識した』


『速やかに身柄を引き渡すことを要求する』


『拒否する場合、王国はノルンとの魔導取引を一時停止する』


 カインが舌打ちした。


「圧力をかけてきたか」


 ロザリアは笑う。


「最高だねぇ」


「どこがだよ」


「これで明日の公開交渉は満員だ」


 リゼが俺の手を握る。


 セリアが静かに剣へ手を置く。


 看守長が不敵に笑う。


 イヴが無表情で焼き串の残りを食べている。


「イヴ、今食う?」


「普通のご飯は優先度が高い」


「ブレないな」


 少しだけ笑えた。


 でも、胸の奥は冷えていた。


 明日。


 中央広場。


 俺たちはこの街に、世界に、自分たちは商品じゃないと宣言する。


 その代償が何になるのか。


 まだ誰にも分からなかった。

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