第47話 『自由都市への道』
自由都市ノルンへ向かう道は、思っていたより普通だった。
森を抜ける小道。
朝露に濡れた草。
遠くで鳴く鳥。
荷車の轍。
そして——
「……痛ぇ」
全身ボロボロの俺。
「普通の旅、初手から怪我人付きだね」
リゼが俺の横で苦笑する。
「普通の旅って、こういうもんじゃないの?」
「違うと思います」
セリアが即答した。
「少なくとも、全員が追跡対象で、研究院と王国に狙われている旅は普通ではありません」
「だよなぁ」
普通とは何か。
この世界に来てから、ずっと分からない。
ただ一つ確かなのは——
「腹減った」
「また?」
リゼが呆れた顔をする。
「生きてる証拠だろ」
「それ言われると否定できない」
そんな会話をしていると、前を歩くカインが足を止めた。
「ちょうどいい。街道沿いに小さな宿場がある」
「飯ある?」
「ある」
「神」
「ただし、目立つなよ」
「無理じゃね?」
俺は後ろを振り返る。
リゼ、セリア、看守長、イヴ、ミラ。
全員、方向性の違う美人だ。
しかも一部は負傷者。
どう見ても訳あり集団。
「目立つ要素しかないんだけど」
「だから変装する」
カインは荷物から外套を何枚か取り出した。
「顔を隠せ。特にリゼとユウト」
「俺も?」
「お前が一番危ない」
「だよな」
俺はフードを被った。
リゼも同じように被る。
だが——
「……どう?」
フードの下から、金髪が少しこぼれている。
目も隠しきれていない。
普通に可愛い。
「目立つ」
「なんで!?」
「素材が強い」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
リゼが少し照れる。
すると看守長がにやにやした。
「朝から仲良しねぇ」
「今の会話で!?」
「褒めたでしょ」
「いや、事実を言っただけで」
「それが一番効くのよ」
リゼの耳が赤くなる。
「効いてない」
「効いてる顔だな」
「ユウトまで!」
少しだけ笑いが起きた。
逃亡中。
怪我人だらけ。
目的地も遠い。
それでも、こういう瞬間があるから歩ける。
⸻
宿場は、小さな市場みたいな場所だった。
旅人用の屋台。
馬車置き場。
簡易宿。
人の声。
焼いた肉の匂い。
「……いい匂い」
リゼが一瞬で反応した。
「分かりやすいな」
「だって……!」
「声抑えろ。目立つ」
「うぅ……」
でも視線は完全に焼き串へ向いている。
イヴも隣で同じ方向を見ていた。
「あれが普通のご飯?」
「たぶん普通寄り」
「保存パンより柔らかい?」
「多分な」
「興味深い」
観測核、食欲に目覚めつつある。
「買うか」
俺が言うと、リゼとイヴが同時にこっちを見た。
「いいの?」
「食わないと歩けないだろ」
「ユウトも食べる?」
「食べる」
ミラが横から薬袋を突き出した。
「その前に薬」
「飯前に?」
「胃を守る薬もある」
「準備良すぎる」
「請求するから」
「急に現実」
⸻
焼き串を買って、端の席に座る。
リゼは恐る恐る一口かじった。
次の瞬間、目が輝く。
「……おいしい」
「よかったな」
「外のご飯、全部おいしい」
「そのうちハズレ引くぞ」
「それも経験?」
「たぶん」
イヴも一口食べる。
無表情のまま、数秒沈黙。
「……理解した」
「何を?」
「普通のご飯は、保存パンより優先度が高い」
「学習が早い」
セリアも静かに食べていたが、看守長に乾燥肉を追加で押し付けられていた。
「食べなさい。血が足りてないわよ」
「あなたに心配されるとは」
「失礼ね。私だって仲間のメンテナンスくらいするわ」
「メンテナンス……」
「言い方は悪いけど、気遣いだと思うぞ」
セリアは少しだけ笑った。
「では、いただきます」
⸻
その時だった。
市場の中央にある掲示板の前で、ざわめきが起きた。
「おい、新しい手配書だ」
「研究院絡みらしいぞ」
「浄化する男だってよ」
俺たちは、全員同時に固まった。
「……早くない?」
俺が小声で言う。
カインが顔をしかめる。
「予想より早い」
「最悪?」
「まあまあ最悪」
「更新するな」
掲示板には、魔導紙が貼られていた。
そこに浮かぶ文字。
『重要参考人』
『浄化反応を示す異界由来の男』
『元王女リゼリア同行の可能性あり』
『発見次第、通報』
幸い、顔までは出ていない。
だが特徴はかなり近い。
「賞金は?」
看守長が小さく聞く。
「お前、そこ気にする?」
「相場は大事よ」
カインが目を細める。
「……高いな」
「マジか」
「この額なら、素人も動く」
「つまり?」
「これからは研究院だけじゃない。賞金稼ぎ、情報屋、傭兵、街の小悪党まで来る」
「俺、人気者すぎない?」
「悪い意味でな」
⸻
リゼが俺の袖を掴む。
「大丈夫」
「俺が言う側じゃないのか?」
「今日は私が言う」
「そっか」
「大丈夫」
その声は、少し震えていた。
でも逃げてはいなかった。
「ノルンまで行こう」
「ああ」
俺は頷く。
「行こう」
⸻
早めに宿場を出ることにした。
食料と水だけ買い足し、人気の少ない道へ戻る。
背後では、まだ手配書の話題で人が騒いでいた。
俺たちはもう、ただの逃亡者ではない。
賞金の付いた獲物でもある。
世界は、俺たちの名前を知り始めている。
たとえ歪んだ形でも。
⸻
昼過ぎ。
森を抜けた先に、広い街道が見えた。
その向こう。
巨大な壁。
何本もの塔。
空に浮かぶ魔導灯。
そして、壁に掲げられた旗。
「見えたぞ」
カインが言った。
「自由都市ノルンだ」
リゼが息を呑む。
「大きい……」
「街というより、国みたいだな」
「実際、半分国だ」
看守長が言う。
「王国にも帝国にも属さない。金と情報と交渉で成り立つ街」
「つまり面倒くさい街?」
「最高に面倒くさい街」
「やっぱりか」
⸻
門の前には、長い列ができていた。
商人。
旅人。
傭兵。
獣人らしき人影。
ローブ姿の魔法使い。
明らかに訳ありっぽい連中もいる。
「ここなら目立たないかも」
リゼが言う。
「逆に目立たないやつがいないな」
「それがノルンだ」
カインが苦笑する。
俺たちは列に並んだ。
心臓が妙にうるさい。
手配書は出たばかり。
門番が知っている可能性もある。
⸻
やがて俺たちの番になった。
門番は片目に魔導レンズをつけた女だった。
退屈そうに俺たちを見る。
「人数」
「七人」
カインが答える。
「目的」
「商談と治療」
「身分証」
「一部紛失」
「よくある嘘ね」
「よくある本当でもある」
門番はカインをじっと見た。
それから俺たちを順番に見る。
リゼのところで少し止まり。
俺のところで、さらに止まった。
「フードを取って」
空気が固まる。
リゼの手が俺の服を掴む。
セリアの指が剣に近づく。
看守長の笑みが消える。
「聞こえなかった?」
門番が言う。
「フードを取って」
俺は息を吸った。
逃げるか。
誤魔化すか。
従うか。
その時、門番が小さく笑った。
「まあ、いいわ」
「え?」
「ノルンでは、顔を隠したい客ほど金を落とす」
門番は机の下から一枚の紙を出した。
「入市税、七人分。あと訳あり税」
「訳あり税!?」
「うちは自由都市よ」
門番はにやりと笑った。
「自由には料金がかかるの」
カインが深いため息をついた。
「やっぱりこの街、嫌いだ」
「払えるのか?」
「払うしかない」
カインが財布を出す。
だが、門番は俺を見たまま、さらに言った。
「それと」
「まだあるのかよ」
「最近、面白い手配書が回ってきてね」
心臓が跳ねた。
門番の魔導レンズが、淡く光る。
「浄化する男」
リゼの手に力が入る。
門番は続ける。
「もし見つけたら、通報しろってさ」
沈黙。
門番は、俺を見ている。
完全に。
そして——
小さく笑った。
「ようこそ、自由都市ノルンへ」
門が開く。
「ここでは、通報するにも値段交渉が必要よ」
背筋が冷えた。
助かったのか。
それとも、もっと面倒な場所へ入っただけなのか。
分からない。
ただ一つだけ確かなのは——
この街は、俺たちを簡単には逃がしてくれなさそうだ。




