第42話 『一人目の異界適応者』
『おかえりなさい』
頭の中に、声が響いた。
『二人目の、異界適応者』
「……二人目?」
俺は思わず呟いた。
透明な棺の中。
銀髪の女が、ゆっくりと目を開けていた。
瞳は白く光っている。
俺の腕と同じ色。
いや——もっと濃い。
もっと古い。
もっと深い。
「おい、カイン」
「……俺を見るな」
カインの顔色が悪い。
「知ってるのか?」
「知らない」
「本当に?」
「研究院にいた俺でも、こんな施設は資料でしか見たことない」
それはつまり。
とんでもなくヤバいものが目の前にある、ということだった。
⸻
リゼが俺の袖を掴む。
「二人目って……」
「俺以外にも、異世界から来た奴がいるってことか?」
答えは、棺の中から返ってきた。
『正確には、いた』
「……いた?」
『一人目は、失敗した』
透明な棺が、白い光を放つ。
中の液体が抜けていく。
銀髪の女の体が、ゆっくり起き上がった。
「ちょ、待て」
俺は慌てて視線を逸らした。
薄い研究服みたいなものは着ている。
着ているが、濡れて体に張り付いている。
色々と、かなりまずい。
「見るな!」
リゼが俺の目を塞いだ。
「見てない!」
「絶対ちょっと見た!」
「事故だ!」
「事故って言えば何でも許されると思わないで!」
こんな状況で何をやってるんだ俺たちは。
セリアが真面目に布を差し出した。
「まず保温を」
「そういう冷静さ助かるけど、空気が変な方向にいってる!」
看守長は腕を組んで笑っている。
「いいわねぇ。旧研究領域でラブコメできる胆力」
「したくてしてるんじゃねぇ!」
⸻
銀髪の女は、差し出された布を受け取った。
肩にかける。
そして、初めて肉声で言った。
「ありがとう」
声は柔らかい。
でも、どこか機械みたいに整っていた。
「名前は?」
俺が聞くと、女は少し考えた。
「……イヴ」
「イヴ?」
「そう呼ばれていた」
「人間なのか?」
その問いに、イヴはすぐには答えなかった。
代わりに、自分の胸元に手を当てる。
「元は、人間だった」
その言い方が、嫌だった。
嫌な予感しかしない。
⸻
ミラが一歩前に出る。
「体温、脈拍、魔力波形。全部おかしい」
「医者目線で?」
「医者目線で言うなら、立っているのが異常」
「俺たち、異常者だらけだな」
「あなたが中心だけど」
「それも嬉しくない」
イヴは俺を見ていた。
白い瞳。
まるで、俺の中身まで覗いているみたいだった。
「あなたは、まだ壊れていない」
「まだ?」
「その力は、使えば使うほど世界に近づく」
「……世界に?」
イヴは頷く。
「魔力汚染は、ただの毒ではない」
塔の壁が光る。
古い記録映像のようなものが空中に浮かび上がった。
白衣の研究者たち。
崩れる街。
黒く染まる空。
倒れる男たち。
泣き叫ぶ女たち。
そして——白く光る、一人の男。
「……これが一人目?」
リゼが小さく聞く。
イヴは頷いた。
「彼は、最初に異界から来た適応者」
「その人はどうなった」
「世界を救おうとした」
「……」
「そして、世界に飲まれた」
⸻
記録映像が切り替わる。
白く光る男が、黒い魔力汚染を浄化している。
最初は小さな村。
次は街。
次は都市。
人々は彼を英雄と呼んだ。
救い主と呼んだ。
でも——
映像の中の男は、少しずつ変わっていった。
光が強くなる。
目が白く染まる。
表情が消える。
そして最後には、人間に見えなくなっていた。
「……嘘だろ」
声がかすれた。
腕が熱い。
俺の白い光が、映像に反応している。
まるで、同じ道を辿れと言われているみたいに。
「これが、俺の未来ってことか?」
イヴは首を横に振った。
「可能性」
「否定しないんだな」
「嘘は言わない」
「最近そういう奴ばっかだな……」
⸻
リゼが俺の手を握る。
強く。
「違う」
「リゼ」
「あなたはそうならない」
「根拠は?」
「私が止める」
まっすぐな目だった。
「勝手に世界の材料になんてさせない」
セリアも剣を支えに立つ。
「同感です」
看守長が肩をすくめる。
「私も、研究材料が勝手に壊れるのはつまらないわ」
「お前は言い方」
「味方って意味よ」
カインがため息をつく。
「ま、今さら降りられないしな」
ミラも淡々と言った。
「壊れかけたら治療する」
「治療で済むのか?」
「努力はする」
「そこは言い切ってほしかった」
⸻
イヴは、そんな俺たちを不思議そうに見ていた。
「あなたは、一人ではないのね」
「まあな」
「一人目は、最後まで一人だった」
その言葉が、妙に刺さった。
英雄。
救い主。
世界を救う材料。
聞こえは違っても、結局は全部同じだ。
一人に背負わせる言葉だ。
⸻
「で」
俺はイヴを見た。
「お前は何なんだ」
「私は、一人目の失敗から作られた観測核」
「観測核?」
「適応者が世界に飲まれないよう、監視し、補助し、必要なら停止する存在」
「停止って」
カインが顔をしかめる。
「殺すって意味か?」
イヴは否定しなかった。
「必要なら」
空気が一瞬で冷えた。
セリアが剣を握る。
看守長の指先に魔力が灯る。
リゼが俺の前に立とうとする。
「待て」
俺は全員を止めた。
「今は敵じゃない」
「なぜ分かるの?」
リゼが聞く。
「敵なら、起きた瞬間にやってる」
イヴは俺を見て、少しだけ目を細めた。
「判断が早い」
「褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
⸻
その時。
塔全体が低く震えた。
ゴォン——
遠くで何かが起動する音。
壁の魔導回路が赤く点滅する。
『外部侵入確認』
『王国研究院識別信号』
『特務執行官エレナ、接近中』
「もう来たのかよ!」
カインが叫ぶ。
「早すぎる!」
看守長が舌打ちした。
「転移痕を追ったのね」
ミラが冷静に言う。
「この塔に入った時点で、隠れるのは無理」
「詰みイベント多すぎないか!?」
⸻
イヴは黒い塔の奥を見た。
「逃げ道はある」
「マジか!」
「ただし、条件がある」
「またそれか!」
「この塔の最下層へ行く必要がある」
カインの顔が引きつった。
「最下層って……まさか」
イヴは頷いた。
「魔力汚染の初期接触点」
ミラが低く呟く。
「世界で一番濃い汚染領域……」
「そこに行けって?」
俺の声が少し震えた。
イヴは俺の腕を見る。
「あなたなら入れる」
「俺だけ?」
「今のままなら、あなたとリゼリア」
「私も?」
リゼが驚く。
「共鳴している」
イヴは淡々と言った。
「二人なら、扉を開けられる」
⸻
遠くで爆発音。
塔の入口側だ。
エレナたちが扉を破っている。
時間がない。
「選べ」
カインが言う。
「上で研究院と戦うか」
「下の汚染源へ行くか」
「どっちも嫌すぎる」
俺は笑った。
熱で頭がくらくらする。
肩も腕も痛い。
でも、なぜか心は決まっていた。
「下へ行く」
リゼがすぐ頷いた。
「一緒に行く」
「危ないぞ」
「知ってる」
「怖いぞ」
「知ってる」
「それでも?」
「行く」
即答だった。
⸻
イヴが俺たちを見て、静かに言った。
「なら急いで」
「一人目の失敗」
「魔力汚染の正体」
「そして、あなたがこの世界に来た理由」
白い瞳が、俺を射抜く。
「すべて、最下層にある」
⸻
塔がまた揺れた。
入口の方から、エレナの声が響く。
「浄化個体」
「逃走は無意味です」
「あなたは、世界を救う鍵です」
俺は奥へ続く階段を見た。
暗い。
冷たい。
底が見えない。
「鍵だの材料だの、好き勝手言いやがって」
リゼの手を握る。
その瞬間、白い光が強くなった。
「俺は俺だ」
階段を、一歩降りる。
「勝手に使われてたまるか」
⸻
俺たちは、世界の底へ向かって走り出した。




