第4話 『夜の見回りと密室の距離』
その夜。
「来なさい」
俺はまた呼び出された。
「今度は何だよ……」
「夜間の環境観察」
「もうそのワード信用してないからな」
連れて行かれたのは、薄暗い通路。
ランプの灯りが揺れている。
「……で、なんで夜?」
「日中と反応が違う可能性があるからよ」
「俺は実験動物か」
「似たようなものね」
「否定しろ!」
カツン、カツンと足音が響く。
静かすぎる空間。
妙に意識してしまう。
「……なぁ」
「何かしら?」
「さすがに今日は距離保ってくれるよな?」
「どうして?」
「どうしてって……」
その時——
ガチャリ。
背後で扉が閉まった。
「……は?」
振り返る。
閉じ込められた。
「ちょっと待て」
「偶然よ」
「絶対嘘だろ」
部屋は狭い。
逃げ場はない。
ベッドが一つだけ。
「……おい」
「何?」
「なんでまたベッドあるんだよ」
「必要でしょ?」
「だから何に!?」
看守長は平然としている。
そして——
一歩、近づく。
「夜はね」
「……」
「警戒が緩むの」
「誰の?」
「貴方の」
さらに一歩。
距離が詰まる。
近い。
近すぎる。
「ちょっと待て」
「何が?」
「その距離やめろ」
「どうして?」
「だから——」
言い終わる前に。
ぐいっと腕を引かれた。
バランスを崩す。
ドサッ。
気づけば、またベッド。
「……またこれかよ」
「観察よ」
「説得力ゼロなんだよ!」
見下ろされる。
暗い灯りの中で。
目が、やけに真剣だった。
「ねぇ」
「……なんだよ」
「怖い?」
「……ちょっとはな」
正直に答えた。
この状況。
この距離。
この人。
全部が、未知すぎる。
「そう」
看守長は、少しだけ表情を緩めた。
「でも逃げないのね」
「逃げ場ないだろ」
「それもそうね」
小さく笑う。
さっきまでと違う。
少しだけ——柔らかい。
「……あのさ」
「何?」
「なんでそんなに興味あるんだよ」
聞いてみた。
ふと、気になった。
「研究対象だから?」
「それだけじゃないだろ」
沈黙。
数秒。
そして——
「……世界が変わるかもしれないから」
「え?」
「“男がいる”ってだけで」
視線が、真っ直ぐ俺を見ていた。
「この島も、この国も」
「……」
「全部、前提が崩れる」
さっきまでの軽さがない。
本気の目だった。
「だから知りたいの」
「何を」
「貴方を」
距離が、また近づく。
でもさっきとは違う。
ただの興味じゃない。
もっと——
「……やめろ」
「どうして?」
「その顔で来るな」
「どんな顔?」
「反応に困る顔だよ」
看守長はくすっと笑った。
「やっぱり面白いわね、貴方」
「面白がるな」
「だって——」
耳元で囁く。
「ちゃんと意識してる」
「当たり前だろ……!」
「その反応、好きよ」
「やめろって……」
距離が、ほんの少しだけ縮まる。
触れそうで、触れない。
ギリギリの距離。
その時——
ドンッ!!
「看守長!!」
外から声。
銀髪の騎士だ。
「そこにいるんでしょう!?」
「……タイミングいいわね」
「助かった……!」
思わず呟いた。
看守長はため息をつく。
「今日はここまでね」
「今日はって何だよ」
「また続きやるから」
「やるな!!」
⸻
扉が開いた。
騎士が飛び込んでくる。
「無事ですか!?」
「お前マジで救世主……!」
「何されてたんですか!?」
「聞くな!」
看守長は肩をすくめる。
「ただの観察よ」
「絶対違います!」
騎士は俺の前に立つ。
庇うように。
だが——
「……でも」
「なんだよ」
「その……」
ちらっと俺を見る。
そして顔を逸らす。
「無事でよかったです」
「……お、おう」
なんだその反応。
さっきまでと違う。
少しだけ距離が近い気がする。
⸻
その夜。
俺は理解した。
この島の“危険”は——
距離感だけじゃない。
心の距離も、簡単に壊れていく。
そしてそれは——
思っていたよりも、ずっと厄介だった。




