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第26話 『初めて見る空』

 ——風。


 監獄島の中とは、全然違う風だった。


「……」


 誰も、すぐには喋れなかった。



 目の前に広がるのは——


 森。


 そして、その向こう。


 どこまでも続く夜空。


「……すご」


 最初に声を漏らしたのは、リゼだった。



「空……」


 ゆっくり見上げる。


 まるで、信じられないものを見るみたいに。


「広い……」



 その声を聞いた瞬間。


 胸の奥が、少しだけ熱くなった。



「……これが外だ」


 俺が言う。


「うん……」


 リゼは目を離せないまま、小さく頷いた。



「星……」


「ん?」


「動いてない」


「いや普通は動かないけど」


「……ほんとに?」


「監獄島どんな環境だったんだよ」



 リゼが笑う。


 子供みたいに。


「すごい……」


 何度も呟く。


「すごい……」



 騎士は周囲を警戒している。


 でも——


 その顔は少しだけ緩んでいた。


「……本当に出てしまったんですね」


「今さらだな」


「実感がありません」


「それは俺もだ」



 看守長は、大きく伸びをした。


「ん〜……外の空気、久しぶり」


「普通に馴染んでんな」


「一回来てるもの」


「そうだったな」



「……ねぇ」


 リゼが袖を引っ張る。


「なんだ?」


「歩いてみたい」


「今?」


「うん」


 目がキラキラしてる。


 完全に子供だ。



「……少しだけだぞ」


「ほんと!?」


「騒ぐなって」


「やった……!」



 リゼが前に出る。


 一歩。


 また一歩。


 草を踏む感触を確かめるみたいに。


「柔らかい……」


「芝生だからな」


「芝生……」


 覚えるように呟く。



「これも初めて?」


「うん」


「……」


 重い。


 何気ない景色が。


 この子にとっては全部“初めて”なんだ。



「ねぇ見て!」


 リゼが振り返る。


「花!」


「お、おう」


「小さい!」


「花はだいたい小さい」


「可愛い……」


 しゃがみ込む。


 ほんとに楽しそうだった。



「……よかったですね」


 騎士が小さく言う。


「……ああ」


 自然と頷いていた。



 その時。


 グゥゥゥ……



 沈黙。



「……」


「……」



 リゼが真っ赤になる。


「え、今の」


「腹だな」


「ち、違……」


 もう一回鳴った。


 グゥゥゥ……



「……腹だな」


「……うぅ」


 しゃがみ込んだ。


「恥ずかしい……」


「いや普通だろ」


「でもこんな大きい音……」


「腹減ってんのか?」


「……ちょっと」


「ちょっとじゃねぇだろそれ」



 看守長が笑う。


「そういえばまともに食べてなかったわね」


「監獄飯だけだったし」


 騎士も頷く。


「移動でかなり消耗してます」



「……なんか食うか」


「食べる!」


 即答だった。


「元気だな」


「だって外のご飯!」


「まだ何も見つけてねぇよ」



 その時。


 リゼが俺の袖を掴む。


「……ありがと」


「ん?」


「連れてきてくれて」


「……」


 少しだけ、言葉に詰まる。



「まだ途中だ」


 俺は言った。


「え?」


「ここからどうなるか分かんねぇ」


「……うん」


「でも」


 夜空を見る。


「出れたのは、本物だ」



 リゼも空を見る。


 星を見る。


 そして——


 笑った。



「うん」


「本物だね」



 その瞬間。


 遠くで——


 何かが光った。



「……?」


 騎士が顔を上げる。


「どうした」


「光です」


「光?」


「……違う」


 表情が変わる。


「魔力反応」


「……は?」



 看守長が舌打ちした。


「早すぎるわね」


「何が」



「追跡部隊よ」



 空気が変わる。



 監獄島から、終わったわけじゃない。



 むしろ——


 ここからが本当の逃走だった。

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