第14話 『看守長という女』
その夜。
俺は一人で呼び出された。
「……なんで俺だけ」
「たまにはいいでしょ?」
看守長は軽く言った。
「信用してない」
「ひどいわね」
全く気にしてなさそうだが。
⸻
連れてこられたのは、執務室。
昼間とは違って、静かだった。
「座りなさい」
「……はいはい」
椅子に座る。
向かいに看守長。
机越し。
珍しく、距離がある。
「……なんだよ」
「確認よ」
「何の」
「本気かどうか」
「……」
昼の話か。
⸻
「脱出」
看守長が言う。
「本気でやるの?」
「やるって言っただろ」
「軽く言うわね」
「軽くねぇよ」
少しだけ、間が空く。
「死ぬかもしれないのよ?」
「知ってる」
「捕まったら?」
「終わりだな」
「それでも?」
「それでも」
即答だった。
⸻
看守長は、少しだけ目を細めた。
「……変わってるわね」
「そっくりそのまま返す」
「私は普通よ」
「絶対違う」
くすっと笑う。
でも——
次の言葉は、軽くなかった。
⸻
「私ね」
「……?」
「ここから出たことあるのよ」
「……は?」
一瞬、思考が止まった。
「どういう意味だよ」
「そのままの意味」
「脱出したのか?」
「違う」
首を横に振る。
「出て、戻ってきたの」
「……なんでそんなこと」
⸻
看守長は少しだけ視線を落とした。
「外の世界ね」
「……」
「思ってるほど、優しくないのよ」
「……」
「この島の方が、まだマシって思えるくらいには」
「……そんなにか」
「ええ」
淡々とした口調。
でも——
少しだけ重かった。
⸻
「じゃあなんで」
「?」
「なんで戻ってきたんだよ」
「仕事だから」
「それだけじゃないだろ」
沈黙。
数秒。
そして——
「守るためよ」
「何を」
「ここを」
「……」
「この島にはね」
ゆっくりと言う。
「外に出たら壊れる人が多すぎるの」
「……リゼもか」
「特にね」
あっさり肯定した。
「だから閉じ込めてる?」
「違う」
即否定だった。
「守ってるの」
「……」
「少なくとも、私はそう思ってる」
⸻
机の上に手を置く。
少しだけ力が入っている。
「でも」
「……」
「それでも外に出たいって言うなら」
顔を上げる。
まっすぐな目。
「止める理由はない」
「……」
「だから聞いてるの」
「何を」
「あなたが、本気かどうか」
⸻
「……本気だよ」
俺は言った。
「軽くない」
「後悔するかもしれない」
「それでもやる」
看守長の目を見る。
逸らさない。
⸻
数秒。
そして——
ふっと笑った。
「いいわ」
「……何が」
「協力してあげる」
「最初からしてるだろ」
「本気で、よ」
「……」
今までと違う。
軽さがない。
「情報、流す」
「マジか」
「ただし」
指を一本立てる。
「失敗したら全部あなたのせい」
「重すぎるだろ」
「当然でしょ?」
くすっと笑う。
でも——
さっきまでとは違う。
⸻
「ねぇ」
「なんだよ」
「怖くないの?」
「何が」
「私」
「……」
少しだけ考える。
「怖いよ」
「正直ね」
「でも」
「?」
「嫌いじゃない」
「……」
一瞬、間。
そして——
「変な人」
「お前に言われたくない」
⸻
看守長が立ち上がる。
机を回って——
近づく。
「ちょっと待て」
「何?」
「距離」
「久しぶりに近づいただけよ」
「やめろ」
でも止まらない。
すぐ目の前。
「ほんとに本気なのね」
「ああ」
「なら——」
耳元で囁く。
「ちゃんと最後まで付き合ってあげる」
「その言い方やめろ」
「どの言い方?」
「全部だよ」
くすっと笑う。
⸻
その夜。
俺は知った。
看守長は——
ただの変な女じゃない。
この島を知り尽くした、危険な女だ。
そして同時に——
俺たちの一番の“味方”でもある。




