16 応援してくれるよね?
「そ、ソラ!?いつからいたの!?」
本当にいつからいたのか。
直近だとしたら先ほどからトラニ様がドアの前にたっているし、絶対にドアは使っていない。
いやでも、だとしたらどこから?もしかして魔法か?
「ん~?さっきからだよ」
悪びれもなく笑いながら、宙は部屋の中を見渡す。
その視線が、床に散らばった赤い花でピタリと止まった。
照準を定めたかのように細まった目の先は、そのままトラニ様の方へと移動する。
「うわ、派手にやったねぇ」
「これは、」
「ひどいなぁ。この花、そんな気に入らなかった?ラウズトラニ__いや、セイズマズルのトラニ様?」
言い訳らしきものに繋がる予定だった私の言葉を、遮るように宙は言葉を鋭く吐き出す。とてもとても挑発的な空気を纏わせながら。
対して、トラニ様は何も言わない。ただ、静かに宙へ視線を向けている。
その視線を受けてもなお、宙は気にした様子もなく花の残骸のそばにしゃがみ込んだ。
「あの、花…ごめんね。でも、これは事故で、」
「ふぅん。__ねぇ、トキコ。トキコはこの花気に入ってくれてたよね?」
「うん、うん。もちろんだよ。すごく綺麗で__」
「でしょ?」
私の言葉の続きを遮るように、宙は満足げに頷く。
目当てお菓子さえ手に入れれば、他のものなど興味がないと無邪気に切り捨てる子供のように。
「…随分と、趣味の良い贈り物だ」
ようやくトラニ様が口を開いた。
穏やかな声音。けれど、その奥に冷たいものが混じっている。
「ありがと~」
宙はあっさりと返す。
「あ、色々遅くなってごめんね?ソラことニフリナ__スヴァニルの子だよ。よろしく」
「…スヴァニル?ということは、王弟の?」
「うん。久しぶりだね、ラウズトラニ。キミはジブンを忘れているようだけど、ジブンはキミをよ~く覚えているよ」
そういった宙は少し間をあけ、「まぁ、キミは有名人だからね」と笑う。
どうやら、二人は面識があるらしい。
遠い親戚同士で、王宮と神殿__同じ敷地内にあるそれらにいるのならば、顔を合わせていてもおかしくはない。
「そういえば、ありがとうね。トキコと仲良くしてくれて」
「…こちらこそ感謝する」
無表情で応答するトラニ様に、ソラはなにが面白いのかニヤニヤと笑う。
そして、私を見るとなにかを思いついたかのように、その笑みを深め目を細めた。
…なにか、嫌な予感がする。
「ジブンさ、トキコが最近毎日楽しそうで嬉しいよ。__ラウズトラニもさ、トキコが幸せに生きてくれたら嬉しいよね?」
「…もちろんだ」
「あ、やっぱそうだよねぇ。じゃあさ!!」
瞳がキラキラと輝き、まるで舞台役者のように宙は大げさに腕を広げて私の肩を抱き寄せる。
「ジブンがトキコと一緒にこの国から出てくって言ったら、もちろん応援してくれるよね?」
空気が固まる。
トラニ様は目を見開いたまま動かない。
私も、驚きで動けない。
宙だけが、子猫を撫でるような調子で私の頭やら肩を撫でる。
「ジブンにはそれができるだけの自由と、権力がある。___わかるでしょ?」
頭の頂点に頬ずりされて思わず頭をひねろうとするが、頬を包む手の拘束が思いのほか強くそれも叶わない。片手で、そんな力が籠っているとはとても思えないのに動けない。
「なぁに?なんか文句ある?」
トラニ様は、なにも言わない。
それとは対照的に宙の笑みは深まる。
「白鳥はチャンスはあげたよね。でもキミは失敗した。だから次はジブン。フツーじゃん?」
「…」
「警備も全然つけず、あんな国境付近の場所への外出を許可出してあげてさ。…あ、もしかしてあれは失敗じゃなかった?手放すのが惜しくなって”辞めた”だけ?」
「違う、あの時は鶴側の監視が…」
「へぇ~…。監視がついたからなに?どうにかしようと思えばできたんじゃないの?君の立場がどうなるかは知らないけど。あ、それとも君の身分が惜しくなっちゃった?__汚いんだぁ」
…蚊帳の外だ。
明らかにトラニ様は宙の言葉でダメージを受けているけど、私にはそれがなんだか正確になんのことかとらえきれないのでフォローもできなければ、どちらの立場につけばいいのかもわからない。そもそも、宙がなんの話をしているのかすら、ちゃんと掴めていない。
しかし、考えることぐらいはできる。
出奔、警備、国境付近__
その言葉を並べると、ひとつだけ思い当たる出来事があった。
ガラスの山。
あの時の、不自然なほど薄かった警備。
そして、トラニ様の、理由のわからない行動。
あれは偶然でもなければ、あの行動もトラニ様の衝動的なものではなかったのかもしれない。
しかし、白鳥が王家を指すのだとしたら__なおさら、わからない。
王家が私をこの国から追い出したいのであれば、もっと簡単な方法があるはずだ。
わざわざあんな回りくどいことをする理由が、見えない。
「まぁ、なんでもいいんだけど。とにかく__ジブンがトキコと一緒にこの国からバイバイするのキミは認めてくれるよね?トキコのことが大切なんだもんねぇ?」
トラニ様はなにも答えない。
ただ瞳を震わせ、浅く息をはいている。
「ジブンがトキコを救ってあげる。キミには、その手伝いをさせてあげるよ。__ねぇ、嬉しいでしょ?」




