save.02_晴天の雷鳴
エリーゼが召喚された翌朝、2人は酒場で朝食を取っていた。
「……」
「……勇者様? どうかされましたか?」
微かに手を止めたエリーゼにルイスは首をかしげ尋ねる。しかし、エリーゼはすぐに首を横に振り、再び料理を口へ運び始める。
「はっ! もしかして……お口に合いませんでしたか?すみませんっ! 勝手に勇者様の分まで取ってきてしまって……私のお気に入りだったのでつい……」
「いや、違うんだ。美味しいよ、このトースト」
慌てて頭を下げるルイスを宥め、手に取ったトーストをかじる。やたらぎっしりと肉が乗せられたパンはちょうどよく焼かれていて、肉の方もどういう訳かさっぱりしていて朝だと言うのにすんなりと喉を通る。
「そ、そうですか? よ、よかったぁ……」
食事を終え、連絡のため詰所へと向かう途中、エリーゼがルイスの耳元で囁く。
「酒場で昨日の連中と同じ紋様を入れた男を見た」
「えっ!? 昨日の方々の仲間でしょうか?」
「わからない。が、気をつけた方がいい」
エリーゼは周囲を警戒しつつルイスの隣を歩く。
「では、連絡のついでに衛兵の方に報告しましょう」
「昨日の連中の事も聞いてみるとしよう」
2人は足を速め、詰所へと急ぐ。
ルイスが王都へ連絡をとっている間、エリーゼは衛兵に酒場で見た男の事と昨晩の人攫い達がどうなったかを尋ねる。
「なるほど、ご報告ありがとうございます。しかし、残念ながら昨日報告を受け現場へ向かったところ既に姿は無く、既に逃げ去った後でした。既に我々も警戒を強め、捜索していますので勇者様もお気をつけください」
「そうか……」
衛兵の言葉にエリーゼは目を伏せ深いため息をつきその場を後にする。そして詰所の外でルイスを待ち、先程の話を伝えた。
「そうでしたか……でもそうなると」
話を聞いたルイスの表情が曇る。
「ああ、連中が薬屋の女性を再び襲う可能性がある。逆恨みも甚だしいが……」
「急ぎましょう、勇者様!」
2人は急ぎ、泊まっていた宿屋の主人に女性の事を尋ね、今日も薬草を取りに出かけていることを突き止める。街を出て、昨日通った道を進むとすぐに2人の行く手を阻むもの達が現れる。
「おいおい、どこ行くつもりだ?」
3人組の男達。リーダー格と思われる大柄な男が前に立ち武器を構える。
「うちの連中にずいぶんひでぇ事してくれたらしいじゃねぇか。えぇ?」
「……自業自得だ。邪魔をするならお前たちも同じ目に合うことになるが?」
エリーゼは苛立った様子で言葉を返し、剣の柄に手をかける。しかし、そんなエリーゼをルイスが制する。
「勇者様。先に行ってください、昨日の方々が見えませんから……おそらくは」
「だが……いや、わかった。ここは任せる」
エリーゼは一瞬戸惑うがすぐに頷くと、走り出す。その様子にルイスは微笑む。
「おい、行かせるわけ……っ!?」
自分たちを素通りしようとするエリーゼへ襲いかかろうとした瞬間、巨大な氷が行く手を阻む。
「あなた方の相手は私です。追いたければ、私を倒してからお好きなように」
静かに微笑みながら立ち塞がるルイスを尻目にエリーゼは先を急ぐ。宿の主人が言うには、昨夜の森から少し東へ進んだ所にいい場所があったと話していたらしい。その情報を頼りにエリーゼは野をかける。やがて木々の影で身を潜める人影を見つける。
「おい、どうする? 衛兵共がいやがるぞ」
「関係ねぇよ、衛兵共もまとめて殺しちまえ。そのためにコイツを持ってきたんだからな……」
昨日の人攫い達が木々の向こうの様子を伺いながら話している。
(やはり昨日の連中か。それにアレは……)
男が取り出した小型の装置には魔力が込められているのを感じ取ったエリーゼは背後から男の後頭部を殴り気絶させる。
「なっ……またっ!? くそっ……なんでてめぇが……アニキ達は……」
「……私がここにいる時点で答えは出ているだろう」
地に伏した男を一瞥し、エリーゼはもう1人の男へ視線を移す。男は、倒れた男と同じ装置を取り出しエリーゼへと向ける。
「じ、上等だっ……だったら、てめぇから殺ってやるよ! コイツは軍用だ、手に入れるのには苦労したが……ちょうどいい、てめぇで試してやる」
男が装置を起動すると、周囲に稲妻が走り始める。その様子を見て、エリーゼは静かに聖剣に手をかける。
「なるほど……確かに随分と強力な魔法が使えるらしい」
周囲を包む雷が集束しはじめる。そしてそれは、エリーゼへと向けて放たれる。
……はずだった。
「……っ!」
エリーゼが聖剣を抜く寸前、男の持つマギをどこからが飛来した光の矢が貫き、集束していた雷が霧散する。
「なっ……ごばっ!?」
突然の出来事に呆気にとられる男の顔面へエリーゼの拳がめり込む。殴られた勢いのまま地面へと叩きつけられた男は白目を向いて気を失った。
「余計な真似でしたか。流石です、勇者様」
人攫い達を制圧した勇者の元へ、衛兵が歩み寄る。見れば昨日対応した人物であり、先程の光の矢も彼が放ったのだと気付き、エリーゼは伏した男を一瞥して僅かに表情を緩める。
「いや、こちらこそ余計な心配だったようだ。既に彼女と合流してたとは」
「今朝方、出かける所をお見かけしたので念の為同行を申し出たのです」
木々の向こうで衛兵とともに薬草を集めている女性の姿が見える。
「ところで、勇者様はどうしてここへ?ルイス様の姿も見えないようですが……」
「ああ、街で少し……すまないが後を頼んでも?」
「お任せ下さい。この者たちは我々が責任をもって連行しますので」
エリーゼは衛兵達にその場を任せ、急ぎ街へと引き返す。ルイスの事を信用していない訳ではない。しかし、出会ってまもなく、戦っている姿を見たこともない少女に荒事を任せてしまった。その事実にエリーゼはどうしても不安を掻き立てられる。
しばらく走り、やがて街が見え始める。
道端には1人の少女が腰掛けていた。
腰に届かない程度に伸びた金色の長髪を揺らし、ぼんやりと空を見上げている。
「ルイス!」
エリーゼの声に少女は振り向き、立ち上がるとエリーゼの方へとかけよる。
「勇者様! お戻りになったのですね、お怪我はありませんか?」
ルイスはエリーゼの様子を確認し、怪我が無い事にホッと胸を撫で下ろす。同じようにエリーゼもルイスの様子を見て安堵し、軽く息をつく。
「君の方こそ怪我がないようで何よりだ。連中は?」
「はい。先程、衛兵の方々が連れて行ったところです。薬屋の女性はご無事でしたか?」
「はは……どうやら不要な心配ばかりだったようだ。ああ……いや、こちらも既に衛兵達が護衛に来ていたんだ。」
何事も無かったかのように平然としたルイスの様子にエリーゼは笑いをこぼす。
「そうでしたか、大事にならなかったのなら何よりです。それに……私もそれなりに腕は立つのです。魔法学校でもそれなりに成績良かったんですから!」
控えめながら自慢げに語るルイス。
2人はゆっくりと街へと歩く。
「そういえば、王都へ向かう馬車がそろそろ到着するそうです。それで……良ければ出発前にもう一度、街を見て回りませんか?」
「そうだな。せっかくだし、そうしようか」
「はい!」
ルイスの提案にエリーゼは快く応じ、2人は街の中をゆっくりと歩いて回る。
交易路ゆえの賑わいを見せる街並みを見ながら歩いていると、ふとエリーゼが立ち止まる。
「あれは……?」
エリーゼの視線の先には、荷降ろしをする人型の機械がいた。
「あぁ、あれもマギの1種ですね。人型のマギはああいった商い用から家事に軍用まで幅広く利用されているんです。恐らく、魔法使いの商人なのでしょう」
そんなやり取りもありつつ、一通り街を見て回ると、2人は王都行きの馬車へと乗り込んだ。
緩やかに揺れる馬車の中で、エリーゼは窓の外を眺めていた。
見たことのない景色、自分の知る世界とは違う世界……
ぼんやりと外を眺めていたエリーゼの耳に妙な音が聞こえ、ふと空を見上げる。
雲ひとつない晴天の中、響き渡る雷鳴――
「……?」
瞬間、馬車の上を巨大な影が通り過ぎる。
「ああ、まずい……くそっ! なんでこんな時に……」
「っ……!?」
御者の男が叫び、青ざめた顔で空を見上げる。
その叫びに、改めてエリーゼも視線を上げ……
「どうかしましたか?」
「サンダーバードだっ!! 目を付けられてるっ……くそっ!!」
御者の言葉にルイスも空を見上げる。そこには、上空を悠然と旋回する巨大な鳥の姿があった。
「なんだ、あれは?」
「サンダーバード……嵐雷鳥と呼ばれ、嵐の中に住むとされる巨大な鳥の魔物です。こんな晴天の中で姿を現すなんて……」
ルイスは眉をひそめ、考え込む。
「魔晶の影響なのか?」
「……おそらくは」
「おいおい、どうするんだ?まだ王都までは距離があるぞ。言っておくが逃げるなんて無理だぞっ」
慌てる御者を横目にエリーゼは立ち上がると、ルイスへと視線を向ける。
「ルイス。もし、アレが馬車に体当たりしてきたのとしたら防げるか?」
「え? は、はい。防げるとは思いますが、そう何度もは……」
「1度防げるなら十分だ。準備していてくれ」
それだけ聞くと、エリーゼは馬車の屋根へと飛び乗る。
屋根に立ち、聖剣を抜き空を見上げる。雷鳥は馬車を視界に捉えたまま一度大きく旋回すると、急降下を始める。
「どうするつもりだ?」
「勇者様……」
不安を覚えつつも、ルイスは言われた通りいつでも魔法を発動出来るように備え、外の様子を伺う。
揺れる馬車の上で、エリーゼは聖剣を頭上へと構え、その力を解放した。聖剣から放たれた魔力は赫きを伴って、不完全ながら巨大な剣の形を象る。
稲妻を纏い、迫り来る雷鳥へと聖剣が振り下ろされる。
両者がぶつかると共に、激しい炸裂音が響き、雷鳥が纏っていた稲妻が飛散し巨体が地面に叩きつけられると共に後方へと吹き飛ぶ。
「2人とも無事かっ?」
ふらつく馬車の上で、エリーゼが叫ぶ。
「はいっ! 問題ありませんっ!」
「こっちも何とか平気そうだ!」
2人の返事にエリーゼは素早く馬車の様子を確認すると、若干のふらつきは見せたものの車体にも馬にも怪我はなく、飛散した稲妻はルイスが作り出した氷壁によって防がれていた。
それらを確認すると、すぐにエリーゼは視線を馬車の後方へと戻す。
巨体を揺らし、起き上がった雷鳥は自らを吹き飛ばしたエリーゼを睨みつける。
「……」
エリーゼの握る聖剣が再び赫きを放つ、先程よりも鋭く。
1分にも満たない睨み合いの末、雷鳥は遠ざかる馬車から視線を外し、飛び上がると何処かへと飛び去っていく。
雷鳥の姿が消えるのを見届け、エリーゼは馬車の中へと戻る。
「勇者様!お怪我はっ?」
「問題ない、大丈夫だ」
馬車の中へと戻ったエリーゼの元にルイスがかけよる。エリーゼを含め、皆が無事なことを確認すると3人は安堵する。
「それにしても、すごいなあんた!勇者とは聞いていたがまさか、サンダーバードを一撃で追っ払うなんてよ」
御者の男が馬を操りながら、賞賛の声を上げる。ルイスも、その言葉に頷き同意を示す。
「勇者様の持つとされる聖剣。まさかあれほどの物だったとは、驚きました」
「いや、大したことじゃないさ。それより、どうする?追い払ったはいいが、アレが他に被害を出さないとは限らない」
エリーゼは雷鳥が飛び去った方向を眺める。
魔晶の影響で本来の生息域を超えて出てきたのであれば、今回のように誰かを襲う可能性は高い。
「そうですね……王都に着いたら、報告しましょう」
サンダーバードの姿は消え、街道には穏やかな風が吹いていた。
窓の外に見える光景は平穏そのもので、世界の危機など微塵も感じさせないものだった。
それでも、確かに広がる異変の存在をエリーゼは感じ取る。
「魔晶、か……」
脳裏に浮かぶ光景。
それはここでは無い世界での記憶、平穏な日常は突如として崩れ去る。
自らの過去を背負い、エリーゼは馬車の揺れに身を任せる。




