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save.01_はじまりの日

 


 夜の帳の中、開けた地にぽつりと建てられた神殿が月明かりに照らされる。永く使われていないのか石壁は所々崩れて微かな光が漏れている。


「これで……」


 神殿の内部には司祭のような服装に身を包んだ少女が床に描かれた魔法陣の前で膝をついていた。隅に置かれたロウソクの灯りが僅かに周囲を照らしている。


「ふぅ……呑まれし空、混沌が渦巻く大地……」


 少女はゆっくりと深呼吸すると、静かに詠唱を始める。


「繰り返される輪廻の中、螺旋を描く2色は溶解し混ざり合う……」


 少女の言葉と共に描かれた陣はゆっくりと光を灯し始める。


「光をここに。赫きをここに。秩序と安寧を導き、閉ざされた空を開きたまえ」


 陣の放つ光はやがて赤へと変わり神殿を満たす。空気のうねりがロウソクの火をかき消し、少女は目を細める。瞬間、辺りが赫きに呑まれ1つの人影を残し消え去った。


「やった……」


 現れた人影に感嘆の声を上げ、その姿に目を奪われる。肩にかからない程の美しい赤髪を揺らす、長身の女性。軽装に身を包み、腰には剣が掛けられている。


「……っ! 突然の召喚、申し訳ございません。無礼とは存じますが、どうか我々に力をお貸しいただけないでしょうか。勇者様!」


 すぐに我に返り、少女は現れた人物へと懇願する。勇者と呼ばれた女は自らの身体の感覚を確かめ、少女へと視線を向ける。


「勇者? ……私が?」


「は、はい! 伝承では巫女の召喚によって勇者が現れると」


 少女の返答に勇者は困ったような表情を浮かべる。どこかバツの悪そうな様子で考え込み、近くに置かれていた長椅子へ腰を下ろす。


「とりあえず、話を聞かせてもらっても?」


「!! あ、ありがとうございますっ!」


 勇者の前向きな言葉に少女の表情が明るくなる。少女は隅のロウソクに再び火を灯し、勇者の傍に膝をつく。


「それでは……まず、この世界には魔晶と呼ばれる汚染された魔力の結晶が存在します。魔晶は周囲の生物に影響を及ぼし凶暴化させ、場合によっては死に至らしめることもあります」


 少女はゆっくりと語り始める。

 この世界の置かれた現状と問題について。


「魔力を扱うことの出来る魔法使いや魔族であれば魔晶の影響をある程度は抑えることができます。それでも完全に無効化出来るわけではありません」


 少女の表情が僅かに曇る。


「北の大陸にあるヴァルグレイ連邦は魔族が中心となっている国なのですが、人間も多く住んでいたのです。しかし、魔晶の影響もあり最近は一般の方はほとんど居らず、魔法使いの方が僅かに残っているだけになって……」


「……魔族と人間が共に暮らしているのか?」


 静かに聞いていた勇者が僅かに眉を上げ、驚いたような表情を浮かべる。


「はい」


 少女は頷く。


「昔は争っていたそうです。ですが今は多くの地域で共に暮らしています。もちろん全てが上手くいっている訳ではありません……特に最近は魔晶の影響もありますし。それに乗じた妙な集団の噂も増えています」


「……そうか」


 少女が勇者の疑問に答えると、勇者は微かに頷きそれ以上口を挟む様子もなく再び耳を傾ける。


「魔晶の発生は龍脈の吹き溜まり、不活性龍脈口と呼ばれるものが原因とされていて北の大陸には特に多く見られるので被害も多く……最近では各地で魔晶の発生が増えており、問題は増えるばかりとなっています」


 そこまで話すと、少女は深く深呼吸し息を整える。そして、改めて勇者へと顔を向け真っ直ぐに視線を交え


「どうか、私たちに力をお貸しいただけないでしょうか?」


 少女の頼みに勇者は少しの間、目を伏せ考えると再び少女へと視線を戻し


「分かった。私で良ければ協力しよう」


「っ!! ありがとうございますっ!」


 勇者の答えに少女は表情を明るくし、勢いよく頭を下げ感謝を告げる。そんな様子に、勇者は少し表情を緩ませる。


「そ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はルイス・シール、王国魔法協会に所属している魔法使いです……えっと、勇者様は……」


「ああ、私はエリーゼ……いや、エリーゼでいい。これからよろしく頼む」


 思い出したように少女は自己紹介をする。それに答えるように名乗る。一瞬、戸惑うような様子を見せつつもルイスへ手を差し出す。

 ルイスは差し出された手を両手で包むように握り


「はいっ! よろしくお願いします、勇者様!」


「……それで、これからどうするんだ? ここで朝を待つか、近くに町でもあれば……」


 エリーゼは視線を上へ向ける。崩れた天井の隙間から綺麗な星空が見えており、真夜中とまではいかないが遅い時間なのだろうと考え、ルイスへ判断を求める。


「そうですね、ここから少し東に向かうと貿易路になっている街があるのでそこへ向かおうかと。今から向かえば夜中には着くと思いますので」


「そうか。なら、そうしよう」


「はい!」


 ルイスは手早く辺りを片付け、荷物をまとめる。ルイスの身支度が終わるのを待って、2人は神殿から街の方向へと歩き始める。


「街に着いたら宿を取って今日は休みましょう。明日、詰所で王都に連絡して馬車を手配してもらいますので……本当は魔導車がいいんですが……」


「魔導車……?」


 聞きなれない言葉にエリーゼは首をかしげる。


「あ、はい。えっとですね、マギ……魔導機と呼ばれる魔力を動力とした物で色々と便利な物が多いんですが、魔導車もその1つです。馬車よりも早く快適なんですが、魔力で動かしている以上、龍脈口から離れるとなかなか……まったく無いわけではないんですけどね」


「そうなのか……」


 ルイスの説明を聞きながら歩き続ける。

 月明かりが辺りを照らし、獣の気配も無く静かな夜。

 突然、エリーゼが足を止める。


「どうかしましたか?」


「誰かいる」


「え……?」


 エリーゼの視線の先、木々の生い茂る森の堺で3つの人影が走る。追われている様子で先頭を走る人影が森へと入り、続く2人も追って森へ入っていく。


「……穏やかじゃなさそうだ」


「行きましょう、勇者様!」


 エリーゼとルイスの2人は森へ入った人影を追って走り出す。

 暗い夜の闇に包まれた森は視界を妨げ身を隠すのにはうってつけだろう。しかし、不幸なことに暗い森は逃亡を妨げ、先頭を走っていた人影が躓き地に転がる。


「勇者様!」


「わかってる」


 ルイスの声に静かに答えると、エリーゼは一気に加速し、暗い森の中を猟犬の如く疾走する。


「ったく、手間かけさせやがって」


「まぁ、良いじゃねぇか。どうせ連中は生きてる人間なら構わねぇんだ、連れてく前に楽しませてもらうとしようぜ」


 追いかけていた2人の男が下卑た笑みを浮かべ、近づく。逃げていた女性は必死に立ち上がろうとするが、恐怖からか、なかなか立ち上がれない。


「い、いやっ……こないで……」


 動けずにいる女性へと、魔の手が伸びる。

 その瞬間


「いいから大人しく……ごばっ!?」


 男の脇腹へ剣の鞘がめり込み、吹き飛ばす。

 飛び込んできたエリーゼは赤髪を揺らし残る1人へと視線を向ける。


「なっ……なんだてめぇっ!? こんな……ぐはっ!?」


 突然の事に動揺しつつも、腰にさした短剣を引き抜きエリーゼへ向き直った男の鳩尾へ剣の柄がめり込み倒れ伏す。

 倒れた男達を一瞥すると、エリーゼは追われていた女性へ手を差し伸べる。


「怪我はないか?」


「あ……は、はい! 大丈夫です……」


 一瞬の出来事で状況を飲み込めていないのか少し困惑した様子の女性が礼を述べてエリーゼの手を掴むと、丁寧に引き起こされる。


「勇者様〜っ……っと。わぁっ! お見事です!」


 木々の隙間からルイスが遅れてやってくると、既に地に伏した男たちを見て賞賛の声をあげる。


「お怪我はありませんか?」


 ルイスが女性へ駆け寄る。


「大丈夫だそうだ。ところで、この連中はどうする?人攫いのようだが……」


「そうですね……ひとまず縛っておきましょう。この辺りは獣も少ないですし、街に着いたら衛兵に報告すればいいかと」


 そう言うとルイスはどこからか縄を取り出して2人を適当な木へ縛る。その様子を眺めていると


「あの! あなたは……勇者様なのですか?」


 助けた女性がエリーゼへ恐る恐る尋ねる。先程のルイスが呼んでいたのを聞いていたのだろう。


「ん? ああ、そうらしいが……」


「そうなのですね……」


 女性は感心したようにエリーゼを見る。


「先程は本当に驚きました。気付いた時には、あの人たちが倒れていて……」


「いや……大したことじゃないさ、不意打ちだったしな」


 2人が話していると、人攫い達を縛り終えたルイスが戻ってくる。


「ところでこんな遅くに何をされていたのですか?」


「ああ、それは……私、薬屋を営んでいまして、それで薬草を摘んでいたのですが、良さげなものが多く見つかり帰らなければと思いつつもつい……この辺りは魔晶の被害も少なく静かな地域だったので。結局、集めた薬草も全て置いて来ることになってしまいましたし……自業自得ですね。すみません、これからはちゃんと気をつけるようにします」


 申し訳なさそうな表情を浮かべ頭を下げる。


「そうでしたか……」


 ルイスは少し残念そうに眉を下げる。


「よろしければ取りに戻りましょうか?私たちもいますので、今度は危険なことにはならないと思いますし」


「い、いえっ……そんな、気にしないでくださいっ!それより、おふたりはどちらへ? もう夜も遅いですし……お礼と言ってはなんですが、この近くのローグ街に知り合いの宿があるのでよろしければご用意させていただけませんか?」


「本当ですかっ!? ちょうど私たちもそこへ向かう途中だったんです」


 女性の提案にルイスは明るい笑顔を浮かべ、それを受け入れる。そうして3人は森を出て月明かりの下、交易路の街、ローグ街へと足を進める。


 しばらく夜道を歩き、街の前まで到着すると、女性が前へ出て振り返り深々と頭を下げる。


「お二人とも本当にありがとうございました。おかげさまで無事に帰ることが出来ました。先程お話した宿は噴水のある広場から西にある青い屋根の建物です。宿の主人とは顔見知りですので、お話しておきます。本当にありがとうございました、では」


 女性はそう言うと、夜の静けさに包まれた街の中へと走っていく。エリーゼとルイスはその後ろ姿を見送りつつ、自分達も街へと入る。


「少しトラブルはありましたが、無事到着しましたね」


「ああ。それじゃあ、衛兵に報告してから宿へ向かうとしよう」


「はい! この街には何度か来たことがありますから案内は任せてください!」


 ルイスの先導のもと、2人は詰所で人攫いの事を報告すると、用意された宿へ向かい荷を下ろす。


「ところで勇者様。お腹は空いていませんか?」


 部屋で腰を下ろすと、ルイスが声をかける。


「ああ、まぁ……」


「でしたら、少し待っていてください」


 腰に下げていた小さな荷袋の中から何やら箱のようなものを手に取り、ルイスは部屋を出ていく。

 しばらくして、トレーに器を2つ乗せてルイスが戻ってくる。


「どうぞ」


 差し出された器には、淡い琥珀色をした粥のようなものが入っていた。湯気と共に甘い香りが漂い、とろみのある表面が僅かに揺れている。


「これは?」


「乾燥させた果実を砕いて煮たものです。携帯食で保存が効き栄養もあり、なにより美味しいです」


 エリーゼは木匙で一口掬い、口へ運ぶ。

 柔らかな甘みと微かな酸味が口を満たす。


「うん……美味しい」


「本当ですか!? 良かった! 実はこれは私の故郷で作られたもので……最近では各地で人気になってまして」


 ルイスは明るい笑顔を浮かべ、嬉しそうに話す。

 しばらく食べ進め、ふとエリーゼは手を止める。


「ところで、気になっていたんだが……先程のロープやこの食器は一体どこから?」


 ルイスへ疑問を投げる。見る限りこれだけの荷物が入るほどルイスの荷袋は大きくない。それどころか先程は小さな箱だけを持って部屋を出ていったはずだ。


「ああ、それは……」


 ルイスは先程の箱を取り出し床に置くと、そっと手をかざす。すると、カタカタと箱が震えながら広がり始める。みるみるうちに拡大した箱はおよそ人が入れるくらいの大きさにかわってしまった。


「これは……」


「空間圧縮型トランク……だったと思います。賢者様が巫女の為に作って下さったマギなんです」


 ルイスが箱を開くと、中には様々なものが収納されており、外見よりも更に内部の空間が広くなっているように見える。箱を閉じ、ルイスが手をかざすと再びカタカタと震え元の小さな箱へと戻る。


「すごいな……こんなものまであるとは」


「はい! 賢者様はすごい方なんです! 私の所属する魔法教会も賢者様が管理されていますし、マギを発明したのも賢者様なのです」


 ルイスは少し興奮気味に話す。


「あ、ですが少し変わった所もあって、特に年齢については……1000年以上生きているなんて噂もあって、実際に私が幼い頃からいらっしゃいますし、マギが作られたのも随分と昔の話なので」


「……魔族なのか?」


 エリーゼは困惑した様子で尋ねる。


「い、いえっ! 人間です……本人が言うには。と、とにかくもし話す機会があったら年齢については聞かないようにしてください。拗ねてしまうので」


「ああ……覚えておこう」


 2人は食事を終えると、寝支度を整え眠りにつく。

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