特訓(1)
自分や自分たちの事に夢中になっていて、すっかり忘れていた。
アズユールの言う通りだ。
確かに『白き豹の血統』は、『試合』の日程をこちらに合わせると確約してくれた。
けれど、頭領レイラを始めとする優れた冒険者達が、何の用意もしないでただ自分達を待ち受けている──なーんてことがあるはずはないんである。
まずいことになった。
「焦ることないんじゃないか。勝たなきゃいけない勝負でもないんだろう。それに戦いの技術なら、ここで十二分に学べる」
「……でも」
「まだ自信を持てないか。エメリットたちが、1度だって君を1人で戦場に立たせたことがあったかい?」
ない。
ただの1度もない、自ら引き受けた決闘の場を除いては。
ツェトラは反論の余地なく、ゆっくりと首を横に振る。
「別に君を責めたり、論破したかったわけじゃないんだ……言い方がまずかった」
「わかります、大丈夫」
「すまんな……私はどうにも口下手でいけない。爵位の継承権をブン投げて正解だった」
「最初からあきらめていたの? 公爵位は」
「いや。ただ、異母兄上の方が同族の上に立つにふさわしいと思った。私の判断だよ」
「貴族から戦士になったのはアズユールの判断。わたしが冒険者になったのは、エメがヒントをくれて……でも、わたしが判断したこと」
「そう。もっと言えば、君は依頼を選り好みしまくって安全で気楽な旅を続けてよかったんだ。同じ歳くらいの子ども達みたいに楽しく遊び回ったってよかった。でも、そうしなかった。なぜ?」
「自分で決めたから。強くなるって」
「なるほど。それなら、君の頼れる友人の1人として、ぜひ手伝わせてもらいたいな」
「では訓練場に行きますか」
「先に、この街に借りていた家の契約を更新しに行くよ。試合の会場に着くまでだが、私が特訓の相手を務めるとしよう。改めてよろしく、ツェトラ」
「こちらこそ。よろしくお願い致します」
念入りに握手を交わした後、アズユールは転移魔法を行使して、玄関を通らずにツェトラたちの借家を去った。
「あれが、南方の蜥蜴人族の公爵家の……アズユール姫」
「そう、わたしのお友達です。あなたも話をしてみたらよかったのに」
「今ここで戦いたくなっちゃったら、困る」
ビシュラが恥ずかしそうに顔を赤らめて、今の今まで部屋の柱の陰に隠れていた理由を明かす。
どうやら、近くにいた割に話の内容までは聞いていなかったようだ。自身の心を抑えるのに集中していたと思われる。
武芸者と見ればすぐ戦いたくなったり挑んだりするような娘ではないが、自らの性質についてよく理解している。
「そうですね。これから暫く特訓の相手をしてくださるそうだから、お話はその都度ってことで」
「わかりました、ツェトラ。ハガネ師匠がお呼びです。訓練場に行きましょう」
同意を示して立ち上がり、借家の玄関を通って城下町に出る。右の突き当りにある訓練場の大きな建物へと急ぐ。
ハガネは黙って待っていてくれた。
ツェトラが姿を見せると同時にゆっくりと立ち上がり、大きな背中をものすごくかがめて、訓練場の一室に足を踏み入れる。
周囲を見回すに、間違いなく図書室だろう。
複雑に配置された木製の棚には、ぎっしりと本が詰め込まれている。
「好き勝手に読んで自習すべし、などと言ってはクウィディにどやされるな、ふははっ」
「笑えません、師匠……」
再び短く一笑した巨人族の【戦士】が古い言葉で何事かをつぶやくと、その山のような肉体が煙に包まれ、たちどころに人間族に限りなく近い体格へと変わった。
普通の大男(?)と言えなくもない感じになった彼は、有用であると目を付けたらしい本を次々ピックアップする。
数十冊の表紙を見れば、どれもが武術や魔法の入門書である。
「師匠、これらは……?」
「特に人間族や魔族を相手にする場合、まず相手が何者かを鋭敏に察知できねばなるまい。一口に武芸者・魔導師とは申せども、いかなる武器を使い、いかに立ち回るかはそれぞれよ」
動きや立ち回り方のすべてを知る所までは行かなくても、一通りの基本を学んでおくべきだと師匠は仰るのだ。
ツェトラは大いに納得し、ビシュラと手分けして、本の山をアイテムボックスに詰め込んでゆく。
思わず小隊の皆を招くことになってしまったが、まあ【軍師】を目指せば勉強もマニアックな方向に流れて然るべき──ご愛嬌ってことで勘弁してもらえる、とも限らないけれども。
2022/1/26更新。




