鳥人族の街で(2)
『お嬢さん』と呼びかけられて振り向く。
閉園ギリギリ、夕刻の遊園地には相変わらず人がごった返していて、声の主を容易に見つけ出すことはできなかった。
でも今のツェトラは、本と親友を頼りに生きていた時とは、少しだけ違う。
手を繋いでくれているニアに「何かに呼ばれています」と自らの状況を説明し、やはり自分にしか聞こえていないようだと分かると、身体強化魔法をいくつか同時に起動して独自に警戒を強めた。
ニアの手の感触が離れてしまって少し不安になったが、ハイジェがさりげなく近づいてすぐ後ろについてくれた。
魔法の得意な者がバックアップする方が良いと、冷静な騎士が判断してくれたものだろう。
エメに心配をかけなくて済めばよいのだが──と思いつつ、声が熱心に誘う方へ歩き始めた。
『なかなか機転が利くらしいな』
ようやく姿を見せた声の主が、感心したように言った。
戦闘指揮の練習をしているのだと、若干ふわふわした気分で応じる。
声の主は、魔法の使い手であると誇示するかのように、ツェトラの影を奪って話しているのだ。
幻影魔法にかけられたのは初めてだ──勝手に動く自分の影と話すなんて経験は、これからもそう多くないだろう。
あまり長い時間そうしていると精神的におかしくなってしまうことを、相手の方でも知っているようだ。
用件はそれほど長くあるまいと察しつつ、穏やかに続きを促す。
『楽しい時を楽しく過ごせているようだが──ご自分の心に尋ねてみられよ、そろそろ冒険してみたくなってきているのではないかな? 地下迷宮を存分に探索し、龍の王の広大な要塞を攻略し、その主らと楽しく戦いを繰り広げるような日々に身を投じてみたい気分が、少しでもあるのではないか?』
「そういえば、そんな気もしますね」
冒険者ならば──いや、冒険者ならずとも夢多き若者ならば、誰もが心に抱えていてよい衝動だ。
なぜわざわざそんな問いをせねばならぬのかといった心持ちで、影の言葉に頷く。
『よろしい。勇気ある者だと自負するならば、ここよりはるか東の森の果てまで来るがよい。余がそなたの壁となってやろうではないか』
「いずれ伺います。待っていて下さるでしょう?」
『ああ。ぶっちゃけヒマつぶしに付き合ってもらいたいだけなのでな。ツェトリア殿が十二分に修練を重ねられた後であろうと、今すぐであろうとどちらでも構わぬ』
「大仰な仕掛けと思わせぶりな演出に凝った挙句の用件がヒマつぶしですか……」
『納得ゆかぬかね?』
「……まぁ、いいでしょう。依頼料はきっちり頂きますよ、そろそろ路銀が心もとないのです。このうえ東にまで至るとなれば、そりゃもうお財布がすっからかんになってしまうでしょうからね」
『委細承知。……それでは、お待ちしておりますぞ』
声の主が消え失せたと、魔法で強化した感覚がツェトラに知らせた。
勝手に豊かに動き回っていた影がおとなしく自分の足元に戻ったのを確認して、「警護をありがとう、ハイジェ」と魔導師見習いに静かに声をかけた。
「あれって何だったの? 私めっちゃゾクゾクしちゃった」
「うーん……推測はあるんだけど、よく分かんないってことにしとこうかな」
巧妙な『隠形』の魔法を解除して身震いする美少女をなだめるように苦笑して、仲間たちのもとへ合流する。
「大丈夫でしたか」と気遣わしげに声をかけながら、エメリットが手にしていた銀のカップを手渡してくれた。
たぶん大丈夫だった旨を伝えて、安心した親友の笑顔を見ながら、カップの中身を木のスプーンですくって口に運んだ。
夕暮れ時とは言え、蒸されているかのような暑さが未だ残っている。
偏愛の対象に勇んで参入して来そうな(ちなみに今はプリンとチョコレートケーキ)アイスクリームの冷たさが喉に心地よく、甘やかにとろけてゆく。
先のことを考えれば心配も不安も尽きないが、だからこそ面白いとも言える。
帝都に戻ったらまずバルバロイ夫妻にぴったりの仕事を探して(あるいは作って)それからまた冒険に行こう。
上等な準備を重ねて、北方へ赴くのはどうだろう。
自らの影を無断で使ってあらわれた、捨てたはずの本名を知っている何者かとの再会を楽しみにしつつ、仲間たちと連れ立って遊園地内の宿泊施設へと向かった。
2021/12/1更新。




