海岸線(2)
いざ海を目の前にしてみると、なんだか何十年も旅をしてようやく着いたような気がしてくるのが、とても不思議だった。
さきほどエメが言った通り、冒険の旅をしていても掛け値なしに楽しめるイベントなんてのはあまり起きないものだ。
やっと思い切り遊べる場所に来たんだわ、と、多数の人々でにぎわう海岸を見ながら思う。
ここまで来て淑女ぶる必要はない。
小屋に駆け込んできて無事に着替えを済ませた2人の親友たちと一緒に駆け出し、競走で波打ち際に至る(もちろん最下位)。
波を蹴立てて勢いよく海に飛び込むかと思ったが、ニアが急に何かを思い出したように健脚にブレーキをかけた。
3人そろって波打ち際でたたらを踏むような動作をし、一度しゃがみ込む。
「水に入る前の準備を忘れるところでありました……」
ニアが珍しく、ちょっと凹んで言った。
広い領地にいくつかの泉や湖はあれど、海までがかなり遠い帝都にあって──勤勉な騎士団は、泳ぎや釣りや投網、操船などなどの知識・技術も訓練しているらしい。
「そんな仕事まであるのね」
「はい。代々の皇帝陛下を始め、貴族がたも海遊びを所望なさること多数でして」
海浜での戦闘や、漁師たちに成り代わっての漁業、貴族がたのレジャーに付き合う任務までをも想定してのことだという。
なるほど、ニアリングと言う人がまじめ過ぎるほど真面目なのにも頷けるというものだ。
ニアの主導で準備運動を終えて、いよいよツェトラは波打ち際から海に入った。
手を繋いでくれているエメと一緒に、明るく鮮やかにきらめく水面に、ゆっくりと足を浸す。
目が覚めるほど冷たくて、肌にまとわりついてくるような感覚。
どちらも初めて味わうものだ。
沖の方へ進むのを少し待ってもらって新たな感覚に慣れる間に、2人の水着に注目する。
妖魔族の領地で買い求めた異世界のもので、店員から詳しく説明を受けてもよく分からなかった。
専門用語みたいなのが並んでいたこともあって、デザインなどに疑問を挟む余地がなく、水着とは試着したとおりのものなのだと納得してしまった。
この場でも健康的でいつもよりは開放的だなー、とかの印象だけで済ませてしまえば良いものを、ツェトラは何となくそうしたくなかった。
誰でもいいから、自慢の友達が可愛くておしゃれで楽しい服装を喜んで着ているのを知って欲しいんである。
ニアはネイビー・ブルーのハイネックと同色のショートパンツを組み合わせたセパレート型の水着(……と店員に説明された)を着ている。大きめのバストを覆う布地に印刷された大輪の白い花の模様が印象的だ。
一方のエメリットは普段の印象どおり、控えめなデザインの白いワンピース型。
いつもの夏と違って日焼けを少しは気にしているらしく、日差しに晒される面積を減らしたかったようだ。
わたしの好みに合わせようとしているんだろうか……などと、とても自己中心的な妄想を一瞬だけしてしまい、ツェトラは1人で赤面する。
「そろそろ泳いでみましょう、ツェトラ。減るもんじゃないですが、そう見つめられるとさすがに照れますよ」
苦笑したニアに慌てて追従し、最初は足が砂地に届く範囲で泳いでみる。
夏と言えばもっぱら室内で過ごしていたことが災いしたか、それとも生まれつきの不器用さのせいか、やはり最初からうまくは泳げなかった。
団体客から少し離れていたこともあって誰もツェトラの様子を笑ったりしなかったけれども……何というか、『やっぱりこういう感じなんだなー』という感覚がついて回るのを意識する。
何かが最初からうまくできる感覚や、それだけで突っ走れてしまうような自信を、一度でいいから持ってみたいと思わなくもない。
「ずいぶん昔になりますし、ここの海ではないのですが」
「……?」
しばらく経っても泳ぐ感覚がつかめなかったので砂浜に戻って休んでいると、浜辺の露店で買った飲み物を持って、ニアが近づいて来た。
「授業の一環で、海へ泳ぎに行ったことがありまして。私だけがおぼれてしまったんですよね。恥ずかしくて、泳げないのをごまかしていたんです」
当時7歳、夏には湖での水泳の授業もあったにも関わらずの醜態だった、と真面目な女性騎士が笑う。
「その時に、ヴィルジーナ様がお助け下さったの。耳と尻尾を隠していた変身魔法を解いて、海の上を平然と走っていらっしゃった。格好よかったなぁ……」
2021/11/24更新。




