海岸線(1)
怪猿族の村から西、観光業で発展しているという鳥人族の街へ向かうルートも魅力的だったが、ツェトラは小隊の同意を得て、最初の目的を優先することにした。
写真でしか見たことのない海を目の当たりにすれば、何となくモヤモヤした今の気分だって晴れるだろう、と──多少とも希望的だけど、そんな風に考えたのだった。
正直に言ってしまうと、ツェトラは、怪猿族の村に立ち寄ったことをとても後悔している。
ヴェンツェル公が、怪猿族とは交流を持ちがたい旨を教えてくれていたのだ。
にも関わらず、興味を優先して南進する道を選んだのは自分だ。
結果として、わずかに新しい発見を得られはしたが、わざわざ嫌な態度をされに行ったようなものだった。
交流と発展を最初から拒み、緩やかな緩やかな滅びをへらへらと甘受するような──不機嫌な魔族の雰囲気にあてられたからといって、自分がいつまでも不機嫌でいていい理由にはならない。
けれど、何だかんだ言いいながら可愛らしいイヤリングを4人分きっちり作ってくれた職人の言う通りだとしたら。
彼らが本当は陽気な民族なのだとしたら、怪猿族のそういう一面も知ってみたかったと思えてならぬ。
「冒険してても楽しいばかりってわけでもないですね、ツェトラさま」
自分の思いも上手く言葉に出来ないツェトラに代わって、メイドが浅く息をついた。
静かに同意して、
「でも、……わたし達と仲良くしてくれる魔族たちのことだけ知っていればいいだなんて、メルヴェイユ師匠は少しもおっしゃらなかったわ」
と、整理がつかないままの考えを言い訳がましく口にしてみる。
エメやニアには、自分の気持ちを分かって欲しかった。間違った判断をしていないと、自分で思う為にも。
「そうですね……。あたし達の考え方だけが正しいとも限らないですもんねぇ」
エメリットの言う通りだ。
自分の思考が常に正しいとは限らない。
言葉にはしなかっただけで、彼らは彼らで種族の未来について憂い、独自に希望を見出そうとしているのかもしれないではないか。
自分の考えだけが正しいと思って動くなどという愚かな役回りは、どっかの腹黒宰相にでも任せておけばいい。
「エメは人生2周目なのかな?」
「さあ……どうでしょう?」
大人っぽくにっこりと笑ってみせたかと思えば、【格闘士】見習いの馬力とすばしっこさを妙なところで発揮して、メイドが主人を一抱えにしてしまう。
「恥ずかしいよ……」
「観光旅行の主要ルートからは外れてるじゃないですかー」
帝都で買ったガイドブックによれば、帝国が推奨しているのは妖魔族の領地から西へ赴き、南国にも十二分な水源を供給している低山地帯に入るコースだ。
『灼土帝国』の身分ある人々は、妖魔族の美しい領地で珍しい商品を買い求める楽しみを味わい尽くした後、鳥人族の案内で低山ハイキングや山頂の遊園地、キャンプ等を楽しんでから海岸線へと向かうだ。
実際、ここまで来るのに誰ともすれ違っていない。
要するにツェトラの愛すべきメイドは、誰もいない時くらい恥ずかしくてもいいじゃん、と言うんである。
ケラケラ笑ったエメリットに横抱きにされたまま、ツェトラは怪猿族が作った樹木のトンネルを通り抜けた。
「ははぁ……こりゃあ大したショートカットでありますな」
何に呆れたものか、ニアリングが短く息をついて肩をすくめた。
美しくも仄かに暗い木のトンネルを通って少し歩いた先は、まだまだ時間がかかるだろうと思っていた目的地に違いなかった。
海だ。
潮の香りが心地よく鼻をつき、さざ波の音が耳に響いてくる。
真夏の太陽に照らされた南国の海が複雑な乱反射を起こして、小さな星屑が集まって煌いているかのように見える。
あっさり着いちゃいましたね──と残念そうにボヤきながら、エメがツェトラを砂浜に降ろした。
穏やかに吹き付ける海風が、砂地の踏み心地が、ツェトラの気分を一手で爽快にする。
右手に無人の小屋を見つけると一番に駆け出し、利用料を小銭で支払った。
手順もまどろっこしく思いながらアイテムボックスを開くと、妖魔族の領地で買ったおしゃれでかわいい水着にいそいそと着替えて2人を待つ。
2021/11/22更新。




