魔族の領域(8)
短い時間でも深く関わったアズユールとの別れを、ツェトラは決して惜しまなかったわけではない。
だが、妖魔族の公爵が『人材の演出家』と表現したような仕事に身を置こうとするならば、『天運』の"星"を持つ身でなくとも、他者との出会いと別れを次々に繰り返すのが必定である。
「私は湿っぽいのは好かんぞ」と笑った蜥蜴人族の公女を賑やかな宴でもって送り出した翌朝、壮大な人工林に覆われた小国を出立した。
美しきクルト=ヴェンツェル公爵がしたためた紹介状の効力は絶大であった。
周囲を魔族の小国に囲まれ、人間族とほとんど関わりを持たないという『怪猿族』の領地にも、ツェトラ達は立ち入ることを許された。
商売の相手であるヴェンツェル公爵の顔を立てたいから歓迎するという本音が見え隠れする領主との会見をさっさと済ませて、熱帯の植生に囲まれた小さな村を回ってみることにした。
歓迎されない出会いにも慣れっこなので(我ながら嫌な子供だとは思う)、コンラッド公爵の顔を立てて長居はしないと決めている。
『まあ、あれだ……別に人間族が嫌いなわけじゃねーんよ。弾圧されたわけでもこっちから戦いを挑んだわけでもねーし』
子だくさんの領主一族から離れて仮面職人をしている17番目の嫡男コルドンが、口寂しそうに奥歯でグミを噛みながら言った。
"大凧"と呼ばれる馬鹿でかいエイの皮革から作った円形のテントには作業机と簡単な椅子があるだけだ。
灰皿に山のように積み上げられた異世界の紙巻きたばこが非常に好きなようだが、子どもの喉を気遣ってか、わざわざ入念に火と臭いを消してから工房に招いてくれたものだ。
『同族やら他の魔族と関わってる方が楽なんよな。嬢ちゃんの期待に応えられなくて済まねぇが……俺らの世界は狭いんだ』
「追い出されないだけ良いと思います。衛兵の皆さんが持っていた武器は何でしょう」
『ほう、そっちに興味があったか。ありゃあ海岸に住んでる"潮の民"から買った小石を俺が丸く磨いただけのもんだよ』
本来は底抜けに陽気で他人の言う事なんか聞かない性質だという『怪猿族』にあって、猿と人間の中間のような顔に戦時の化粧を施した兵士たちの表情は引き締まり、礼儀正しくも、何らかの武器を持った拳は常に固く握り締められていた。
自らの種族の文化に興味を示したツェトラの態度を好ましく思ったか、コルドンがその武器と、特製のアクセサリをこしらえてやると言い出した。
「お店のようなところはないでしょうか」
『1軒だけならメシを食わせるところがある。俺の名を出せば悪いようにはされん、話でもしながら待ってな』
雑用係として雇っている【悪戯者】に客人をきちんと案内するよう伝えた後、寡黙な職人は口笛を吹き鳴らしながら、手元の彫刻に没頭してしまった。
ダンナは捻くれ者の変わり者なんだよねーと陽気に言う雑用係の案内を受けて歩き、間もなく小さなレストランにたどり着く。
珍しく欠片もいじわるをしない小人族が頑固そうな大将と話をつけてくれて、ツェトラ達はアテにしていた朝食に無事ありついた。
人間が嫌いなわけではないというコルドンの言葉どおりだった。
いかにも頑固そうに見えた大将は安い値段で少しばかり過大なサービスをしてくれる。
ここから西へ行った山地に(ずっと南下すれば海だ)済む鳥人族から買い付ける卵を用いた料理が絶品だ。
それに、こちらから礼儀正しく接すれば、他の客たちも思ったより襟を開いて話してくれる。
彼らも狭い領地での暮らしに慣れており、小さな旅行を楽しむ余裕はあっても、わざわざ冒険者になろうとする人もいないようだった。
メルヴェイユ師が教えてくれた通りだと、ツェトラは思う。『魔族』とひとくくりに分類しても、その実態は非常に個性が強い。
とても一言では表現しようのない人々だと、ここまでの旅だけでも分かるような気がした。
『まじめだな、嬢ちゃんは』
「はぁ……もう生まれつきかなとは思いますが」
『そうだろうよ。──まあ、このまま狭い中でダラダラしてたんじゃ、俺らも遠からず滅んで行くんだろうさ』
ご飯を食べて戻って来た工房で、ツェトラが支払った金額を受け取りつつ、コルドンが寂しそうに言った。
2021/11/20更新。




