魔族の領域(4)
物体(主に無機物)を重くする補助魔法は、今回も使用者の思惑を叶えてくれた。
動きの悪い自動人形のような緩慢な動作になった盗賊団の一人ひとりから、ンディガがごく優しい手つきで武器を奪い取ってゆく。
蜥蜴人族の姫が作業を終えてそっと耳打ちして来ることには、彼らの武器はどう見ても新品であるらしい。
少しも嬉しくないが、どうやら彼らの初陣の相手に選ばれてしまったようだ。
「手前え何しやがった」と、実にゆっくりした速度で盗賊の一人が問うてくる。
動きやすいよう軽装を身に着けているのに、今はその装備品が重くて重くて仕方ないのだ。
籠手とブーツを脱ぎ捨てればすぐ楽になるのだけど、そんなことに考えを及ばせる余裕もないらしい。
「子ども連れの小隊からなら楽にお金を奪い取れると思いましたか? ……ほぅら、もっと身体が重くなっていきますよ」
基本の補助魔法である『質量加算』『質量減算』の便利な点は、初心者でもすぐに詠唱を短縮できるようになる簡単さと、幾らでも重ねがけができる手軽さだ。
とんでもねぇのと関わっちまった──と言いたげに表情を歪める盗賊を、ツェトラは魔法と言葉と多少の演技を用いてさらに追い詰める。
相手に頭を働かせる時間を与えれば、優位な状況は簡単に覆ってしまう。
どんなに簡単な戦いや交渉であっても決して油断してはならぬ──師匠たちの教えがまた活きた。
「わたし達に向けて一発も発砲していない今なら被害を受けたと他へ通報する義務はありませんし、そうしたところで強盗未遂で済めば幸運な方でしょう、すぐに降参するのがみなさんの為だと思います、そうすればわざわざ魔族の公爵たちや、まして帝国騎士団に通報するこちらの手間も省けるというもの……どうします?」
基本として教えてもらった通りに一息に畳みかけて、ワルそうな微笑みと言うやつを精一杯浮かべてみせる。
舞台女優と交渉の専門家を兼ねる超一流の【言葉遣い】ハンナのように上手にはできないが、余裕を失った盗賊達にはそれなりに刺さったようだ。
黒ずくめのリーダーが荒野に膝をつくと、数人の手下も彼に倣った。
ツェトラは内心で安堵したのを決して悟らせないよう、「お退きなさい」と優しく言った。
「それとも、何かご相談に応じられるようなことがありますか?」
ろくでなしの集団だと断じて然るべき相手だ。
国を率いる者や騎士団の上に立つ者ならば、そうした厳しい態度で臨まなくてはならない。
でも、自分はちがう──ならば、姉上たちとは違う立場で彼らと接することもできるのではないかと思った。
他人の持つ物を奪い取らざるを得ないと考えるまで追い込まれた者の気持ちも、少しは分かるつもりだ。
「けっ、同情してるつもりかよ? 何様だってんだ、偉そうに。上から手を差し伸べてやってますよみてぇな面しやがって。お高くとまりやがって……お貴族サマと話すことなんざねぇわ!」
言葉が足りなかったのか、盗賊団の頭目は話し合いを拒絶した。
何か深い事情があるなら知りたかったところだったが……仕方ない。
「同情なんかしません。興味が湧いたから話をしようとしているだけ。盗賊稼業で楽に稼ぎ続けたいだけなら別にそれでいいのです。さあ、わたしの気が変わらないうちに退きなさい!」
鋭く声を上げたのがどれだけ効力を示したかどうかは分からない。
だが、盗賊団は散り散りになって逃げて行った。
子どもに言い負かされる程度の奴らだったのだと思えば、がっかりしないで済む。
熱中した物語のように、独自の信念や正義の許に動く怪盗などがそこらに居るわけがないのだ。
「ツェトラさま」
「大丈夫です、エメ。それよりギルドの誰かに連絡を。追いかけますよ」
「……それは?」
「ついさっき、さっさと帰って憂さ晴らし……と聞こえました。身体強化魔法を学んで正解でしたね」
ウォード2世に敗北を喫して(当然である)からこっち、ツェトラは他からの敵意を感知した時点で身体強化魔法を使うクセをつけようとしている。
魔力で強化した聴覚に、愚か者どもの愚痴が引っかかった。
少なくとも何のことを言っていたのか確かめるまでは、いつものように思案に沈んでいるヒマなどない。
2021/11/12更新。
2021/11/14更新。




