魔族の領域(5)
救援要請に応じて駆けつけてくれた【勇者】ジゼル、小人族の【魔法剣士】キャンデロロと共に、ツェトラ達は盗賊団の足跡を素早くたどった。
魔族の小国をつなぐ大きな道をはずれ、どの国の領土にもなっていない荒れ地の東側にたどり着く。
奇岩怪石を通り抜けた先の岩山で、地下迷宮に通じているだろう洞穴を順当に発見した。
逃亡した盗賊団が『憂さ晴らし』と称して何をするつもりなのか気になっただけでここまで追っては来たものの、ツェトラは先ほどから気分が悪くて仕方なかった。
精神安定のための回復魔法や強化魔法も教わっているが、魔法でどうこうなる問題ではなさそうだ──本能が勘が『行きたくない』と告げている。
洞窟内部は今や、怖気立つような邪悪な気配に満ちているのだ。
「ツェトラ、大丈夫かい。休んでてもいいよ」
「ご迷惑おかけします、ジゼル師……でも、わたしも行きます。確かめておきたいから」
「わかった」
ジゼルはそれ以上、何も言わなかった。
ニアリング、キャンデロロ、ンディガとともに子ども達を守るように円陣を組んで、広い通路を進む。
キャンデロロが扱う探知魔法が冴え渡り、小隊を迷わず洞窟の最奥、開けた場所に導いた。
「とんでもないところで"あたり"を引くなぁ……こういうのはジゼルだけかと思ってたよ」
いつも正直な言動をする小人族が、ボヤきながら橙色の帽子をとって冷や汗をぬぐう。
無理を言ってついて来た手前、どれだけ気分が悪くても、吐きそうでも、ツェトラはそうするわけには行かなかった。
エメが支えてくれる。ニアもンディガも守ってくれる。ハンサムで気障な小人族もいてくれる。
ジゼル師も目の前の光景を凝視しているし、きっと打開策を考えているし、「見るな」とも言っていない。確かめたいと言ったのは自分だ……怖くなんかない。
そんなツェトラの意志と心を折るかのような、異様な光景であった。
遅かったのだ。
壁際に転がった石のような物体を蹴りつけて遊んでいたと思われる盗賊団の連中が、その物体が吐き出したドス黒い蔓のようなものに巻き付かれている。
中には腕や脚を鋭く突き刺されて呻いている者もいた。
やれやれ……と呟いたキャンデロロが電光のごとく動いた。
彼の背丈と同じほどの剣を素早く振り、丸い物体から伸びた蔓を断ち切る。
わけのわからない言葉を発する盗賊達が蔓から解放されるや、すぐさまンディガが彼らを反対方向へとブン投げる。
そうして愚か者どもを救助し終えると、再びツェトラとエメリットを中心に円陣を組み直した。
「見えるかい」と【勇者】に問われたツェトラが、
「はい……あれが『魔物の卵』なのですね」とようよう答える。
「そうだ。魔力が高濃度・高密度で凝り固まった物質のことを、便宜上そう呼ぶ──個人的には反対なんだがね。もう少し遅かったら、あの連中は身体ごと取り込まれちまうところだったんだよ」
「良い判断を、できたのでしょうか? わたしは」
「そうとも。ついでにもうひと判断、任されてみないかい?」
「それは……」
「自然に存在する魔力とか、人間の負の感情を浴びた『卵』からは魔物や魔獣が生まれる。じゃあ、まかり間違って人間の養分を直に吸い取ったら、どうなると思う?」
いちばん多く栄養分を摂取したと思われる『魔物の卵』が、不気味にうごめいている。
他の『卵』から蔓のようなものが伸びて、自らのエネルギーを与えているらしいと分かる。
最も大きく育った『卵』を残して、他はみるみるうちに消え去ってしまった。
選択と集中が、瞬時のうちに行われたのだ。
高級な果実を育てる時のようだ、とエメリットが呟いた。
「もうすぐ生まれるね」とジゼルが言った。
美しいハーフ・ダークエルフの顔に嗜虐的な笑みが浮かんでいる──気がするけど絶対に気のせいだ、そうに決まっている。
「姿形を決めかねてるようだね」
「とっかかりを与えればいいのですか?」
「何か持ってるかい」
ツェトラはひときわ大きく鼓動する『卵』に急かされるかのように、いつも自らの首許を飾らせてきた宝石細工を外す。
なんとなく、そうした方が良いような気がしたのだった。
2021/11/14更新。




