魔族の領域(3)
ウォード公の領地を守る魔法の結界を抜け出て、さらに南へと足を向けあたりからだ。
荒れ放題の荒野に、まだ数は少ないものの、魔物が出現するようになった。
身の上話をするよりも無事に宿泊(予定)地へたどり着くことを優先し、ツェトラたちは意識的にしっかりと息をあわせて順調に戦いをこなした。
家族親族から溺愛されて育ち、『正直に言えば身体と腕力を扱いかねている自覚がある』というアズユールにとっては、軽くこなしているように見える一つ一つの身体の動きが『ドキドキもの』なのだとか。
ウォード1世もその妻たちの一人カトレアも、異母兄ウォード2世までもが、彼女の持つ"星"について積極的に明かさなかった。
末の姫を手許に置いておきたかったからかもしれないな、と、アズユールが懐かしそうに呟いた。
家庭それぞれに思惑や理由があって、子どもに宿った"星"をどう扱うか決めるものなのだな、とツェトラは思う。
周囲を囲んでいた岩石の魔物を一通りやっつけると、アズユールと同じほどの気軽さで、自らも落とし胤の子であることや"星"を持っていないことを話してみた。
『竹』を何本割れば気が済むのか、公女はこともなげに『そうか』と優しく答えただけだった。
悩める者の言葉に耳を傾け、理解したうえで、下手に励ましたり突っぱねたりしない。
彼女のような態度も、苦悩する者を清々しい気分にさせる一手だとわかる。
「見習います、ンディガ殿」
『……そうか』
今度の『そうか』は少しばかり照れているように聞こえた。
『で……私の企画なのだが』
"ンディガ"として振る舞いたいと求めたアズユールが、ついでのように話題を切り替えた。
器用に右手の一指し指を自らの顔の前に立ててみせる。
「歩きながらでも?」
『構わない。まず私が戦いの技を鍛え上げる。どうも私の"星"は、学習や鍛錬の結果が常人よりもかなり早く現れるというものらしいからな。短期間でもあのヒゲ親父が理想とする"ンディガ"となることは不可能ではないだろうと踏んでいる』
「何それ超うらやましい!」
一緒にがんばりましょうね──と励ますつもりが、「本音が出てますよ、ツェトラさま」
笑顔のエメリットに穏やかに指摘されて、口を滑らせてしまったと気づく。
「ごめんなさい、ンディガ殿」
『素直でよろしい。弱いくせに大食の新人が想像以上の力を発揮すれば、グレイダーも多少は驚くだろう。その機を逃さず、人材をよく観察し、弱い者をも自ら育て上げる重要さを知らしめれば良いと思うんだ』
「それだけでいいんですか?」
『彼の夢を応援する者が、彼にもいる。その人を傷つけるのは本意ではない』
「そうでしたか」
『ああ。迂遠だし地味だが、私たちは別にグレイダーを攻撃したいわけでもない。巷では"ざまぁ"と言うのか? あのような爽快感は伴わないかもしれないが』
「爽快感よりも、伝えたいことが相手に伝わることを優先するべきかと考えます。わたし達が手伝えるとしたら……うーん、そうですねぇ」
歩きながら考えて、魔物の群れを2度も倒したあたりでようやく閃いた。
「ンディガ殿、巨人族の戦士と戦ってみたくないですか?」
『なぜ分かったんだ?』
「正体を下手に晒さないための鎧、と言うだけではないのでしょう。彼らが好む武具の意匠です」
『その通りだ──ツェトラのギルドに在籍しているのか』
「いいえ。ですが、わたしの魔法の師の知り合いに居られます」
『口利きを頼みたい、是非に!』
装甲の内側に響いた大声を聞くまでもなく、宿泊地に着いたらアラルガンド師に手紙を送ろうと思っていたところだ。
「では是非に。一緒にがんばりましょうね、ンディガ殿」
今度はちゃんと言えた。
ちょっとした達成感に頬を緩ませていると、明らかな邪魔者の気配がツェトラの良い気分を害した。
またも周囲を取り囲む気配。
魔族ではない。
魔物でもない。
うだるような暑さの中でも律儀に黒ずくめ、黒頭巾を身につけた人間の一団。
盗賊団だ。
「何者だ!? 乱暴狼藉は許さぬぞ!」
ニアリングが騎士らしく大音声を上げて誰何するが、黒ずくめの集団は答えずボウガンを構えた。
一発でも矢を放てば敵とみなさねばならない。
自我なく襲い来る魔物どもは仕方ないとして、できれば人間や魔族とは交戦を避けたい旅である。
ツェトラは魔力の消費量を気遣いつつ、『質量加算』の詠唱を始めた。
2021/11/11更新。




