魔族の領域(2)
"ンディガ"もまた、できるならツェトラ達に同行したいとのことだった。
一つや二つの秘密を抱えてグレイダーの格闘技ギルドに加わったらしいが、目に見える強さだけで人員を評価する鈍感な興行師に対しては、その秘密を明かして見せるだけではインパクトが足りないだろうと言うのだ。
「仕返しを企むほど憎んでいるようにも見えないけど」
『個人の意見ではない。他のメンバーの総意で、現在いちばん評価の低い私が座長を驚嘆させる役目を担当することになった』
「報復したいって言うよりは、気持ちを理解してもらいたいのでしょうか? 正当な評価とか適正な給料が欲しいわけですね。彼のギルドで働くこと自体にはだれも異存も不満も無い、と」
『話が早くて助かる。受けてもらえるだろうか』
"ンディガ"が蒼い装甲に隠した視線を向けて来るのとほぼ同時に、グレイダーと話をつけた2人も目配せをしてきた。
「わかりました」
この場を収めるべく、ツェトラはつとめて明るく言った。
「ちょうど海の周辺に行くまで、臨時の仲間が欲しいと思っていたのです。ンディガ殿のお力を是非、お借りしたいと思います、グレイダー殿」
ちょっと待ってくれと言った興行師が紙を取り出し、さきほどまとめた内容を手早くしたためる。
「じゃあ、うちのギルド人員を預けるぜ。よろしく頼むわ」
ツェトラは書面を受け取る機に乗じて、グレイダーを観察した。
もとから人が好いわけではないのが、にこやかに告げる彼がなお、渋面を隠しきれていないところからも分かる。
少なくとも新人選手を鍛える時間を惜しんでいたり、人員の衣食住にかかわる経費を抑えたいとか言う本音をこちらに明かす必要まではなかったはずだ。
ギルネストやヴァイロンならもっと上手いこと話をまとめるに違いない。
おそらくグレイダーにとって格闘技ギルドとその興業は、長年にわたり情熱を持って企画した事業なのだ。
そうならば、焦りや功名心から余裕をなくしているだけなのかもしれないと思う。理解できないわけではないとも。
が、ツェトラには相手の心を見通す能力がないのでわからない。
お決まりの挨拶を返し、小隊と連れ立って食堂を出るよりほかに、もと姫君のなすべきことはないのだった。
──。
「さて……ンディガ殿」
『何だ、ツェトラ?』
うだるほど暑い南方の夏を、ンディガは当然のように装甲を着たまま過ごしている。
これまでと変わらず他者と接するならば、この性別すら分からない【格闘士】が詳しい事情を話してくれるまで待ち、語られる情報だけを頼りにしていれば済む。
だが、それではメルヴェイユ師からの課題をクリアーすることはできない。
ツェトラは自分のために、自らの後ろを守るように歩いてくれる鎧すがたに話しかけた。
例によって早く親しくなるために名前を呼び捨てにしてくれと求め、快諾を得ている。
「さっそくですが、あなたの企画を共有させてもらえませんか。お手伝いできるのであれば、是非そうしたいの」
『助かる。今夜の宿に着いてからと思っていたが、いつ話しても変わるまい。心の広い雇い主にまで隠しておきたいほどの事情ではない』
ツェトラが想定していたよりも気軽に、蒼い鎧の【格闘士】が込み入った事情まで話してくれた。
『まず、私はウォード1世の末子。いわゆる落とし胤というやつだ』
「いきなり重かった!?」
『父は子だくさんだったが……齢120を過ぎてから新たに子を授かるなど、誰も思わんだろう。公にされなかっただけで18歳まできちんと面倒を見てもらったし、うんざりするほど歳の離れた異母兄とも親しく過ごした。だから、私としてはあまり気にしていない。今や150年余の長き人生に疲れ果てて転生して行った彼を責めようとは思わない。それが、私が父母に向ける愛情だ』
キョウコ師やジュリアス卿の出生地──異世界のニホン国には、『竹を割ったような』という他者を評して使う表現があるらしい。
"ンディガ"ことアズユール公女はまさにそうなのだろう、とツェトラは思う。
彼女は自分と違って、両親のことを許すとか許さないとかの次元で語っていない。
先ほどの言葉どおり、特に気にもならないものごとの一つであるに違いないのだ。
2021/11/11更新。




