魔族の領域(1)
任務終了の報告をカーティスに任せ(もともと彼女が受けた依頼だ)、ツェトラ達は南方での旅行を続けてみることにした。
種族としてかなり頑健な肉体を持つ蜥蜴人族の棲み処はほとんど荒れっぱなしで、水源に至っては公爵の館に整った設備があるのと、城下町のすぐ近くに深い沼がある程度だ。
住人たちが「根性で掘った」と口を揃える人工の沼のほとりには簡単な浄水場が設置されていて、そこから配られる水を畑に使ったり飲んだりしているとのこと。
世話になった宿の主人などは「熱心なんだかテキトーなんだかわかんねぇよな」と笑いながら、違う種族が治める領地までわざわざ行って買い付けた飲み水を売ってくれたくらいだ。
彼らにとってはツェトラたち人間族のほとんどがいわゆる虚弱体質に相当するようで、皆が「このくらい整っていれば十分だ」とウォード1世・2世を称えていたのが印象的だった。
「ツェトラさま、どうしますか?」
「んー、そうねぇ……」
決して広くないウォード2世の領地を3日かけて見て回ったツェトラは、城下に1軒しかない食事処のテーブルで、先ほどから思案に沈んでいる。
選択肢は2つだ。
ひとつは研修期間中にアラルガンド師から教わったばかりの転移魔法を使い、一度『赤き龍の宴』および自宅に戻ること。
もうひとつは、街で得た情報を採用してこのまま南へ突っ切り、いくつかの魔族の国に立ち寄りつつ、海を見に行くこと。
冒険と新たな出会いを求める欲求と、しっかり休める地元に戻りたい欲望を天秤にかけるような気持で、ツェトラは目を閉じた。
「……このまま海まで行こうか」
「賛成です」
「ツェトラさまのお気に召すまま」
好意的な総意を得たツェトラは、さっそくテーブルを離れて出発しようとした。
「お嬢さんがた、お待ちなせぇ」とダミ声がしたのはその時だった。
さては話が決まるのを待っていたな──なんて思いながら振り向くと、中肉中背でド派手なスーツを着込んだ熊みたいな見かけの男と、全身鎧を平然と着た大男が立っていた。
「まず貴公らのお名前を賜りたい」
ニアの冷静な声に応じて、熊みたいなのが浅くうなずく。
「おれは格闘技の興行師をしてるグレイダー。こっちはおれのギルドの【闘士】"ンディガ"だ。お嬢さんがたの戦いを勝手に見せてもらってな、押しかけて来ちまったのよ!」
どこらへんに感嘆するような要素があったのか、ツェトラは興味のままに尋ねてみた。
やはりというべきだろう、エメとニアの戦いぶりと勇敢さが彼らの胸を打ったようだ。
『だが、あの戦略の要はお嬢さんだっただろう?』
ツェトラと向き合っている"ンディガ"が、興奮しきりに話し続けて2人を困惑させるグレイダーの熱い声に紛れて、ちょっと聞き取りづらい古代語で言った。
要という表現の意味をキョウコ師匠に学んでいるから、彼の言わんとしていることは分かる。
「ありがとう。"ンディガ"ってリング・ネームですか?」
『よく分かったな』
「古代語でもあんまり見かけない名前だなーと思ったので」
『さてはお嬢さんは語学マニアか』
「そんなとこです」
大男と少女が小さい声でやりとりを続けるうちに、グレイダーが自らの目的にまで話を至らせた。
いろいろと修飾語やらおべんちゃらやら混じっているが、要するに"ンディガ"をツェトラ達の冒険に同行させてくれないか、と言うのである。
「体良く彼を追放しようという腹心算ではありますまいな?」
ニアが芝居がかった口調で、そうならば決して加担しないと釘をさす。
とんでもない、と興行師が言う。
「決してまだ弱いとか弱いわりに大飯喰らいだとか、軌道に乗るまで経費節減したいとか思ってるわけじゃねぇ!」
「少しは思っておいでなのだな。貴公、下手をすると事業が軌道に乗る前に報復される側に回ってしまいますぞ?」
言葉に詰まるグレイダーを、エメリットが「下手に人材を手放すと大損することになるよ」と穏やかに脅す。
なんだか楽しそうなので交渉を仲間たちに任せ、ツェトラは独自に"ンディガ"の思惑を聞き出そうとした。
2021/11/8更新。
2021/11/11更新。




