思いがけない戦い(3)
もしも、過ごした時間を色で表現するとしたなら。
ツェトラにとってウォード公との一騎打ちは、『黄金の3分間』だった。
短くも色濃く貴重な研修期間で身につけた全てを駆使して戦った。
自分の事情を問われて正直に話し、彼の分厚い鎧に『一度でも剣を触れさせれば勝ち』という大きなハンデも賜った。
それでも今回は戦う前の予想を覆す事ができなかった。
ジゼルから教わった刺突も、モリスが得意とする武器による打撃も通用しなかった。
自分なりに強く決意して、勝てないと思った相手に挑みかかったはずだったのだ。
それなのに、恐怖が先に立ってしまった。
爆発的な腕力と意外なほどの俊敏さでもって存分に振るわれた鋼の大型剣。
それを避けることにだけ気を取られているうちに、蜥蜴人族の鋭い五指の爪が喉元に突きつけられていた。
十二分に手加減してもらっておいてそれだ。
そう考えてちょっと凹んだ気持ちさえ読まれてか、公爵にまたも難しい問題をふっかけられてしまった。
曰く。
たったの3分しか保たずに不様に負けた、と考えるか。
3分間もの間、技を極めた【戦士】と戦い続けられたと考えるのか。
「お嬢はどっちだ?」
と諭すように言って優しく笑んだ異形の公爵の顔は、彼が全力で愛情を傾けているという養子たちを前にした時と、多分だけど同じだった──とツェトラは思う。
「……誇りある戦士ならば、前者でありましょう」
ウォード公の館から少し南に行った場所に位置する城下町のコテージで乳白色の薬湯に浸かりながら、ツェトラの話を聞いたニアリングが静かに言った。
「前向きで向上心のある学徒ならば後者でありましょう。どちらが正しいとまでは、私には申せません」
そう言いつつ、2つの考え方を両立させることもできるのではないか、とも言う。
「3分しか戦えなくて悔しかったから……でも3分は戦えたから、次はもっと頑張る。みたいな感じかな?」
「ええ。限りなく実戦に近かったとはいえ試合ですから、極端に言えば、何度挑んでも構わないはず。公爵閣下もそれをお望みなのではないかと考えます」
「たびたびは来れないと思うんだけど」
「さんざんに待ちぼうけを食わせて差し上げれば多少は留飲も下がりましょう。ちょっと意地悪ですが、それくらいはしてもいいじゃないですか」
「ははっ、なるほどね……ニアはどうだった? もっと堂々と戦いたかったんじゃないかって、気になってるんだけど」
「3対50の乱戦でどうやって騎士らしく戦えましょうか」
「う……そ、それは、そうですが」
「でも、楽しかったですよ。良い判断のもとに動けたと思います」
「そう……?」
指揮を褒められて素直に喜ぶツェトラの髪を、ニアが優しく撫でた。
「いつも気を遣ってもらえて嬉しいです、ツェトラ。私はまだ、今までの自分の生き方を上手に崩す勇気が持てないのです」
困ったような苦笑を見せたニアが、今度は少し離れて、薬湯の中に身を深く浸す。
既にすぐれた騎士である彼女にも葛藤があるのだと考えると、ツェトラは何も言えなくなってしまいそうだった。
「初めてまともに戦ったのだから今日はニアとゆっくり話した方が良い」というエメリットの助言は正しかったのだと思う。
もと姫君は自らも口を噤み、決して広くはない浴室に、心地よい沈黙を招き寄せた。
切り傷や打ち身に抜群の効果があるという薬湯を手酌で救い、肩にかけて楽しむ。
そういえば……わたしってば今、全身がどこもかしこも痛かったんだっけ。
顎のあたりまで湯に浸かった時、ニアがようやく口を開いた。
「ねぇ、ツェトラ。もっと冒険に慣れたら、私やアルト以外の人とも、どんどん小隊を組んでみてくださいね。一生懸命に目標に向けて歩んでいる私たちはきっと、いろんな人の考えに触れて行かないといけないんです。……まあヴィルジーナ様の受け売りなんですけど」
『赤き龍の宴』にいればそうできる、とニアが言う。
槍技の"星"と騎士としての矜持に頼って生きている自分自身も、もっともっと変わって行けるはずなのだと。
普段の無口なキャラクターはどこへやら、熱心に言いたいことを言った生真面目な女性騎士は、照れ臭そうに湯船から出て、照れ臭そうに身支度を整えると、先に浴室から去って行った。
2021/11/8更新。




