思いがけない戦い(2)
蜥蜴人族の公爵ウォード2世に付き従う私兵団は、大きく分けて人狼、人虎、そして蜥蜴人族で構成される。
それぞれが半獣人の代表格として有名な半狼族や半猫族とどう違うのか、ツェトラ達はこれから学ばなければならないが……。
とにもかくにも2つの種族は、集団での狩りを得意とする。
ウォードの号令によって戦いを許された多数の獣人たちは今、3人で背中を預け合って待ち構えるツェトラ達を円形に取り囲んでいる。
ツェトラは自らの視覚を魔法で強化し、つとめて冷静に戦況を見渡そうとした。
斧や槍、鉄製の棍棒を手にし、低い姿勢でじりじりと近寄って来る様子は正直に言って恐ろしいが、そんな事を言っている場合ではない。
50人ばかりの獣人の集団の中に、全身鎧や大斧など明らかに重い装備を身につけた者たちがいる。
素早い動きと打撃に重きを置く格闘術ならば、その一角を打ち崩す事ができるだろう。
少し遅れて発動するよう身体強化魔法を行使して、まずメイドにサインを送る。
魔法金属の手甲と靴を身につけたエメリットが素早く駆け出した。
重装備を施した獣人のうち1人に狙いを定め、加速した勢いとともに全力で蹴る。
一撃で装甲が砕けるのにも構わず迫る大斧を蹴りつけて跳び、小さな【格闘士】見習いがさらに躍動する。
鋼の武具を打ち砕き、軽装の蜥蜴人族を殴りつけたかと思えば、殺到する数人の武具をまとめて回避する。
素早く動き回る獲物に注目する本能を失っていない獣人たちの注意が徐々に彼女に集中して行く。
ほぼ全ての相手の注意がエメリットに集中したタイミングを見計らい、ツェトラは次の指示を出した。
静かに応じたニアリングが獣人たちの背後から槍の石突で頑丈な頭をどんどん叩き、昏倒させる。
騎士らしい振る舞いをモットーとするニアだが、実戦においてだけは例外なようで、相手の隙を衝くような戦い方もまったく嫌がらずにこなしてくれる。
戦士に必要なのはただ勝つこと、負けないことであるとのザンダーやモリスの主張を、素直に実践しているようだ。
ツェトラは戦いの全体を見渡して戦況を見極め、優位戦を維持するべく補助魔法を次々に展開した。
エメの手甲が当たる瞬間に物質を重くする『質量加算』、ニアが槍を振るのに合わせて『質量減算』を使う。
3つも4つも並行して魔法を行使する自分自身や、魔法をかけられる側の負担も考慮に入れねばならないところだが、2人の素早い戦い方を支えるためには『加速』の魔法も欠かせない。
「筋力腕力は大事だが、むやみやたらに身体を鍛えなくても十二分に戦える」というメルヴェイユ師の主義を取り入れ実践するからには、強化魔法の使いどころが戦いの鍵となる。
ツェトラは重要な役目を任されている責任感から、今回も指揮と補助に徹した。
だが、半分ほど獣人たちをノックアウトしたところで、それまで戦いの輪の外にあった大きな気配がゆっくりと動いた。
ウォード公だ。
腕を組んで部下達を大人しく見守っていたが、見ているうちに我慢しきれなくなったに違いない。
部下達を叱りつけようともせず、円形の陣形を保って戦う彼らの頭の上を一息に飛び越して、ツェトラの眼前に立った。
彼が背中にした大型剣を抜き放つわずかな間に、ツェトラも低く跳び退いて間合いを取る。
「ウォード様!?」
「今さら指揮系統を乱してどうこうなるということもあるまいが……俺はお嬢に興味が湧いた! 一騎打ちを所望する!」
もちろん、自信はない。
だが超一流の戦士(見れば分かる)を前にして逃げようとするのは失礼にあたる。
「エメ、ニア! あとはよろしく頼みます! ──お受けします、ウォード様!」
ツェトラは意を決して浅く頷くと、愛用の魔剣を鞘払った。
満足げに頷いた異形の公爵が大型剣を構え、瞬発的な動きを発揮して迫る。
仲間達に向けて行使していた『加速』の魔法を自らにかけ直し、魔剣の頑丈さを信頼して受けた。
正面から競り合ったのでは必ず負ける。
強化魔法をいくら使おうと、独力では勝てない相手だ。
こういう時、ヴィルジーナ陛下ならどう対処されるのだろう。キョウコさんは? ロル・フィンは?
とりあえず冷静になれ、と自分に言い聞かせながら、ツェトラはひたすら身体を動かし、魔剣を振った。
2021/11/4更新。




